† 美学 †

「顔」とは何かを考えるための道案内――アレグザンダー・スタージス『顔』


顔 (ナショナル・ギャラリー・ポケット・ガイド)顔 (ナショナル・ギャラリー・ポケット・ガイド)
(2010/03)
アレグザンダー スタージス

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【ウェヌスの〈顔〉は実在するか?】

 ラファエロは「聖女の顔」を描くに際して、「イデア」を用いることを己に課した。彼の描いた女性像はその後のヨーロッパ絵画史において、ボッティチェッリの描いたウェヌスと同じく「女性美」の規範を形成する。反アカデミズムであったルノワールですら、イタリアでラファエロの女性像を目の当たりにしてその重要性を思い知らされたという。ラファエロは友人バルダッサーレ・カスティリオーネに宛てて以下のように述べている。
 

一人の美しい女性を描くためには、数多くの美しい女性を見なければならないであろう。……しかし、美しい女性にはめったにお目にかかることができない。……したがって私は、精神に到来するある種のイデアを用いることにした。それが芸術の卓越をもたらすかは定かではないが、私はそのイデアに到達するために、厳しい修行を積んだのである。(p15)


 15世紀のフランスの詩人フランソワ・ヴィヨンはその詩「遺言」で理想の女性美について以下のように謳っている。ここでは、ラファエロに近い女性像がイメージされている。

その滑らかな顔、淡い金髪、弧を描く眉、程よく離れた両の眼、……その薄く真っすぐな鼻は高過ぎず低過ぎず、優美な小さな耳、くぼみのある下顎、生意気溢れる頬の丸みを帯びた線、そしてその美しい紅い唇。(p27)


 実物を写実的にそっくり描き出すのではなく、「イデア」の力を借りて美的に改良すること――。ヴァザーリは『芸術家列伝』で、ラファエロと同じく「現実に改良を加える」ことを重視していた。

数多くのデッサンをこなさず、古代と現代の選び抜かれた作品群から学びもしなかった者は、……現実を写したものを発展させ、優雅さと完璧さとを付け加えることができない。この優雅さと完璧さにおいて、芸術は自然の領域を超越するにも関わらず。(p16)



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ポンペオ・ジローラモ・バトーニ《「時間」が「老年」に「美」を破壊せよと命じる》

 しかし、女性は老いると「美」を喪失する。これを寓意的に描いたのがポンペオ・ジローラモ・バトーニの《「時間」が「老年」に「美」を破壊せよと命じる》(1746)である。また、クエンティン・マサイスの《醜い老女》は若さ、愛、美のシンボルである「薔薇の蕾」を手にしているが、画家が老年の色仕掛けを皮肉混じりに滑稽に描いたものであると解釈されている。この老女は人間というよりも「猿」に近い頭部を持っているが、この動物は「好色」の象徴であった。
 では、イデアを用いずに写実的に女性を描いた最初の画家は誰だったのだろうか? その重要な先駆はカラヴァッジョの《エマオの晩餐》である。この絵に描かれているキリストは写実的であり、生身の「女性モデル」が実在したことを暗示させる。つまり、カラヴァッジョは「イデア」ではなく、「生身の姿」によってキリストを描き出した。ここに神話を解体する意志の萌芽を見出すことができるが、同様の「顔の理想化」の転覆、ないし剥奪はドガの《スパルタの若者》にも見受けられる。

【肖像画は果たして〈顔〉を描いているか?】

 ホルバインの肖像画を観ていると、モデルとなる人物の「顔」の特徴を上手く抽出して、カリカチュアの技法で描いていたことが判る。また、ボッティチェッリの《若い男》は肖像画でありつつ、明らかに「変形」、「誇張法」を採用している。こうした点から、「肖像画」に描かれている「顔」はモデルの容貌を正確に描いていないことが判る。つまり、肖像画において、生身の顔は存在しない。この事実を更によく伝えるのがゲインズバラの諸作品における貴族の顔のステレオタイプ化である。彼の描く貴族の男性、女性像はどれも似通っており、いわばモデルから「こう描かれたい」という要望を画家が採用し、パターンに当て嵌めて描いたことが窺える。16世紀のイタリアの画家であり著述家であったアルメニーニは、以下のようにこの事実を語っていた。「傑出した画家による肖像画は、他の画家の手になるものよりも、より良き様式とより高い完成度で描かれていると考えられている。しかし、たいていの場合、これらは良く似た肖像画であるかという点では劣っている」。(p45)様々なモデルを使っても描かれる顔が常に似たようなものになるゲンズバラとは対照的に、クラナッハは同じ女性モデルを使って様々な役柄を彼女に与えた。ルネサンスにおいて重要な肖像画家は、ヤン・ファン・エイクとティツィアーノである。
 スタージスの『顔』を読んでいて気付かされるのは、ゲインズバラにおいて極点に達するように地位・身分によって画家が描く「顔の型」が存在したという事実である。「顔」とは、このように高度に社会的な産物であり、それは例えばメムリンクの《聖母子》における聖母の額が、当時の流行を看取して剃られて広くなっている点にも表れている。ブロンツィーノの《若い男》、あるいはアングルの《モワトシエ夫人》のような肖像画には、モデルと表象された「顔」との間に形態的差異があることを感じさせるものである。肖像画――それはいわば、「顔の異化=美化」に他ならない。肖像画を読み解く場合、人物が持つ物、衣服、背景なども重要な社会的ステータスを表出する要素となる。フィリップ・ド・シャンパーニュの《リシュリュー枢機卿》のように、「地位の高さ」がそのまま絵全体のスケールの大きさに表れることもある。また、肖像画の伝統において「喜怒哀楽」の表情がほとんど見られないのは、それが美的規範とされたためである。

【「表情」の美学】

 バロック時代をリードした彫刻家ベルニーニは、聖ラウレンティウスの焚刑による殉教の場面に取り組んでいた際に、「手を炎の中に差し入れ、鏡に映る自分の表情を観察した」(p71)と伝えられている。ルネサンス時代に出土した《ラオコーン》が有する顔の表情も、悲愴なまでの苦痛に歪んでいる。ルネサンス以来の肖像画の伝統においては、「無表情」という表情の様態が踏襲されていた。しかし、肖像画は元来歴史画よりも低いジャンルとみなされており、顔から様々な表情を封殺するジャンルは審美的な威力において弱いと言わねばならない。アルベルティは『絵画論』の中で以下のように「表情」の美的効果について語っている。

物語が見る者を感動させるのは、画中に描かれた人物たちが、彼ら自身の感情をできる限り明確に外観によって表現している時である。……我々は悲しむ者と共に悲しみ、笑う者と共に笑い、そして悲嘆に打ち拉がれた者と共に嘆き悲しむ。(p67)


 これは文学にも妥当する見解であり、我々は感情のない人物よりも「喜怒哀楽」が明確に差異化された人物に一定の親近感を寄せる傾向を持っている。バロック時代を準備したアンニーバレ・カルラッチの《死せるキリストへの哀悼》が我々の魂を揺さぶるのは、そこに描かれた顔の「悲愴」さが美的に急迫するためである。18世紀にデッソワーが図式化した「美的範疇論」によれば、「美的カテゴリー」には少なくとも「美」、「優美」、「崇高」、「悲愴」、「滑稽」、「醜」の六つの属性が存在し、相互に入れ替わったりカップリングしたりする。重要なのは、これらが「表情」の様態論としても解釈可能だということである。我々は優美に微笑むこともあれば、悲愴さに打ち拉がれて涙を流すことも、憤怒と復讐に燃え上がる独特な崇高を感じさせる表情を宿すこともあり得るだろう。美的範疇とは、そのまま「顔」の情動性を抽象化し、それら諸様態に当てられた便宜上の図式なのである。《ラオコーン》がもしも無表情であれば、ミケランジェロが自身の作風を変革させられることもなかっただろう。あれ程までに激烈な悲劇的調子を刻印した表情であればこそ、その美的な「悲愴」がミケランジェロの魂を撃ったのである。顔の「表情」を画学生用の教科書にカテゴライズして掲載したのはフランス美術アカデミーの学長だったシャルル・ル・ブランであった。我々は喜怒哀楽という四種類のパターンを更に細分化した、様々な「表情」の魅力について語ることができるが、一見無表情に近い顔でも、独特な静謐さと悲哀を感じさせる作品も存在する。例えば、ディーリック・バウツの《キリストの埋葬》のヨハネの眼差しには、そうした表情が窺える。

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ジョルジュ・スーラ《アニエールの水浴》

 また、一概に表情が豊かな人物だけが美的に秀でているとも言えない。スーラの《アニエールの水浴》(1884)に描かれた名高い不気味な少年は、巧妙に顔がぼかされ、クリプト化されている。川を虚ろに眺めている彼は孤独に震えているのか、何か邪悪な想いに駆られているのか、観る者の興味を誘う。こうした「顔の曖昧化」、あるいは蜃気楼に包まれた表情もまた、審美的に高い価値を持っていることは言うまでもない。

「付記」

※1 ロヒール・ファン・デル・ウェイデンの《聖フベルトゥスの遺体発掘》に描かれた老人の顔は思索的で我々に深い印象を残す。明らかにモデルを感じさせるほど精緻に老人の顔が描き出されているが、これは虚構の「顔」である。モデルがいる人物に、謎めいた神話世界の(モデル不在の顔を持つ)人物が同居して描かれることもある。

※2 視線の持つ不思議な力という点では、ヴァン・ダイクの《ファン・デル・ヘーストの肖像》を挙げることができる。




 

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