† 宗教学 †

ヴィーナスと「海」の神話について――吉田敦彦『不死と性の神話』第五章「海の恵みの神話」読解

 私には時々、神話や宗教学についての本を読みたくなることがある。
 今回、日本を代表する神話学者で学習院大学名誉教授である吉田敦彦氏の『不死と性の神話』第五章「海の恵みの神話」を読んで印象的だった点を記録しておきたい。この章では、特に「水」にまつわる古今東西の神話について記されている。個人的なエピソードになって恐縮であるが、私には少年時代にボート遊びをしていた際に桟橋から誤って転落し、気付いた母親が腕だけ水面から出ている私を引き摺り上げたという九死に一生を得た体験が存在する。私にとって「水」は聖なるもの(例えばキリスト教においても洗礼者聖ヨハネの“水による洗礼”は生と死にまつわる象徴的な意味を帯びている)であると同時に、「恐るべきもの」でもある。これはルドルフ・オットーが『聖なるもの』で規定した「ヌミノーゼ」の定義を満たすだろう。

 吉田氏の記述に基づくと、後期旧石器時代に属するクロマニョン人たちにとって、真の「母」とは常に大地母神でありながら、「水の女神」の性質をも帯びていたのだという。彼らが住処とした地下洞窟には、往々にして「地下水」の流れが確認されている。実はこれはクマロニョン人たちにとっては「女神の子宮」を象徴し、崇敬されていた。
 「水」と「女神」にまつわる伝承は世界中で多く確認されている。ルーマニア南部で出土した紀元前4500年から6500年前の女神像の特徴は、腰から下が大きな「水盤」(水を入れる容器としての)として表現されていたという。女神の下半身が聖なる「水」を収める「容器」として捉えられていた事実――これはメソポタミア神話の宇宙創世論において、原初にはただ「水」のみが存在したという事実と相関している。あるいは、エジプト神話でも世界の始まりには「ヌン」という大いなる「大洋」のみが広漠と広がっていたという記述が存在する。ヒンズー教神話によれば、シヴァ神が世界を破壊し尽くした後、新世界が再び生成するまでの期間において、やはりただ「水」のみが一面に広がっていると考えられている。このように、世界中の宇宙創世論において、さながら科学的に分析された地球史における「原始のスープ」状態を思わせるような記述が多く見出されるのが印象的である。
 身近な場所に眼を移してみると、例えば長野県の昔ばなしに登場する山姥(山の神でもある)では、お産のために必ず「水」が必要であることが強調されている。山の神ですら、命を新しく生み出すためには「水」を必要とすること。あるいは、沖縄神話の古典である『中山世鑑』(1650)によれば、天帝が「阿摩美久(あまみく)」という名の神を呼んで、海に初めて霊所(聖域)となる島=沖縄を創造したという。ここでも、やはり最初の始まりの島が誕生する前には世界は「水」で覆われていることが判る。我々のルーツに近いとされるモンゴル神話によれば、神が海を鉄の棒でかき混ぜて「球形の大地」をこね上げたという記述が存在する。こうした(1)「水をかき混ぜる」、(2)「最初の島ができあがる」というプロセスは、実は『マハーバーラタ』にも登場する。この古い書によれば、世界が生成する前にはやはり「海」が存在し、神々と悪魔が共に「山という道具」で海を「攪拌」するように命じられたという。重要な点は、「海」は「太陽」、「月」、「星」よりも前から既に存在していたという前提である。吉田氏によれば、こうした「棒」で海を「攪拌する」、「かき混ぜる」という象徴的表現は、明らかに男性器によって「海」を意味する女性器を攪拌する行為――すなわち生殖行為(命の始まり)を表現しているという。

BOTTICELLI Sandro The Birth of Venus c 1485
BOTTICELLI, Sandro
The Birth of Venus
c. 1485


 海という大いなる聖域は「美」の女神であるヴィーナスとも相関する。ヘシオドスが『神統記』で伝えたところによれば、ヴィーナスは切断された天空神ウラノスの男性器が海を漂う過程で流した無数の泡と精液から誕生したという。注目されている美術史家ディディ=ユベルマンも『ヴィーナスを開く』でこの驚嘆すべきエピソードを紹介しているが、物語はそもそも以下の三者によって準備された。まず、大地母神ガイアの長男であり、夫でもあったのがウラノスであった。ウラノスの子供がクロノスである。いわばガイアとウラノスは夫婦関係にあったわけだが、ウラノスがガイアに仕打ちをした。これに憤慨したガイアが子供のクロノスに「鎌」を渡して、ウラノスの性器を切断するように命じた。切断された彼の性器は海に落下し、漂いながら精液を流したが、この泡溜まりから「美」の化身ヴィーナスが生成する。実はヴィーナスが「水」と関連するのはこの直後である。

BOTTICELLI Sandro The Birth of Venus (detail) c 1485
BOTTICELLI, Sandro
The Birth of Venus (detail)
c. 1485


 BOTTICELLI Sandro The Birth of Venus (detail) c 1485
BOTTICELLI, Sandro
The Birth of Venus (detail)
c. 1485


 ヘシオドスのこの異常な記述から明らかになるのは、我々のヴィーナスが「海」の上で誕生したという事実だけではない。キュプロス島に流れ着くまで、実に彼女は海面上で漂いながら成長を続けたのである。神々の中で最も美しくいかなる女神も太刀打ちできないほどの圧倒的な美と性愛の化身が、ひそやかに「海」(地中海とされている)で、孤独に、人知れず成長を遂げていたという事実それ自体が、恐ろしい審美的価値を持っているという他ない。ヴィーナスの少女時代は常に海面上にある。夜の海の圧倒的な暗闇、たった一人で大海を漂うことの孤絶感、そしてやがて辿り着く島の存在を信じる希望、自らの血に流れるおぞましい「野蛮」の痕跡……。いずれにせよ、ヴィーナスは西から東へと風に任せて島を目指した。彼女を助けたのは、西風の神ゼピュロスの息のみである。このようなヴィーナスの凄まじい生誕秘話を鑑みると、彼女が成長しておぞましくも残酷な「戦乱の神」にして美男子マルスと不倫関係に陥るのは、まさに必然である。
 『ホメロス讃歌』には、ヴィーナス(アフロディテ)の絶対的な美貌の有様について詳しく記述されている。それに従えば、彼女の渾名は「キュテレイア」であり、イヤリングは架空の金属「オレイカルコス」と黄金によって合成されたものを付けており、花の形をしていたという。その艶かしい襟首には黄金の首飾りが飾られ、髪の上にはやはり黄金の冠が輝いていた。
 ヴィーナスは、このように「海」と極めて高い親和性を持つ女神である。それだけでなく、ボッティチェルリが描いたように彼女は穏やかな顔をしているとされてきたが、実は戦争においては容赦しなかったマルスに惹かれるような傾向をも併せ持っている。また、ヴィーナスとはまた異なる神であるメティスは、ギリシア神話ではゼウスの初婚相手であったが、彼女もやはり「水の神」であった。




「参考文献」


不死と性の神話不死と性の神話
(2004/10)
吉田 敦彦

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