† 表象文化論 †

「見る」ことのヴェールとしての「半透明」、「被膜」、「埃」の美学的解釈――岡田温司『半透明の美学』が今、ラディカルな理由

【ディアファネース】

 岡田氏はアリストテレスの『デ・アニマ』におけるギリシア語「ディアファネース」について考察している。「ディア」は「~を通して、~を介して」という意味で、「ファネース」は「現す、現れる」を意味している。ディアファネースには「透明性の様々な度合い」が含意されており、光と対象の「あいだ」に位置するもの、あるいは身体器官とは別の次元で人間の「見る」行為を可能にするものであるとされる。いわば「媒介性」、「あいだ」の存在論として位置付けられるものであり、ディアファネースそれ自体はけして見えない。「色」な見地からすると、ディアファネースは「色を受け取り、これを伝える」ものとも規定される。ディアファネースの度合いに応じて、対象は時に歪んで見えもする。つまり個別具体的なそれぞれの人間において、同一の視覚は存在し得ず、ディアファネースによって常に何らかの「差異化」が起きると考えられる。この一見判り辛いディアファネースが人間の「見る」行為の条件であるとされる時、そこには無論、人間の認知構造によって対象の見え方がそれぞれ変容するという「制度的な眼」(ブルデュー)にも近接した戦略が浮かび上がる。
 以上のようなアリストテレスの定義を解釈して、岡田氏はディアファネースを「自己と他者(世界)を繋ぐ〈あいだ〉」として規定する。概念の類縁性としては、デリダの「イメーヌ」や磯崎新の「間(Ma)」とも相関するだろう。
 聖書においては、「空気」、「雲」などは神と人とのコミュニケーションを媒介する物質的なディアファネースとして登場する。ダンテが天使の特徴について論じた名高い『俗語詩論』では、やはり天使も人に神の意志を伝えるディアファネースとして解釈される。「それは、見えるものの境界をまたいで、見えないものへと媒介するという役割を果たしている」(p41)。『ヨハネの黙示録』では、天の玉座の前には「水晶に似たガラスの海のよう」なものが、あたかも「皮膜」のように張られているという描写が見出される。岡田氏はこのように、神的なものの出現する条件として作動するディアファネースについて、以下のようにその要点を述べている。

光がそれ自体としては眼に見えないように、神もまた不可視の存在なのだが、純然たる可能態としてのディアファネースを介して、あるいはまさにそこにおいて、かろうじて見えるものと境を接しているのである。それゆえ、これらディアファネースな鉱物類(『ヨハネの黙示録』で描かれる神の神殿の外観に飾られている無数の宝石類)は、神と同一でもなければ、神に類似しているわけでもない。むしろ、その換喩的なずれにおいて、あるいは非類似においてこそ、神的なものは表象=代理され得るのである。(p42)


 ここで岡田氏は、ディアファネースの本質を「換喩的なずれにおいて、あるいは非類似」という、その「文彩」的な効果として把捉している。この箇所は一種のド・マン的なレトリカル・リーディングとして機能しており、それは「神」を巡る表現不可能性の命題に一石投じるものである。すなわち、神的なものは、それを表現する書き手が用いる様々な畏怖を伴う審美的表現(修辞)によって、代理的に表象されているということである。神の不在について語った現代フランスを代表する詩人ミシェル・ドゥギーが、ユルスナールの「牛の辛抱強い息」という表現に「神の三十ある名」の内の一つを読み取ったように、神的なものはそれ自体で常に既にメタファーとして現れるのだ。こういうわけで、岡田氏は「表現するもの」と「表現されるもの」の間のずれの効果を、修辞学的にメトニミー(換喩)として把捉することができるわけである。因みに、メトニミーとは「葡萄の木」でキリストの「信徒」を表現するように、聖書で多く採用されている修辞法の一つである。
 優れたアリストテレス研究者であったアヴェロエスによれば、ディアファネースは主体にも客体にも還元され得ないものであり、「あらゆる形相を受け容れる受容体にして潜勢力」と規定される。岡田氏はアヴェロエスの以下のテクストを引用している。

光に照らされなければ、(半)透明なものは、色に動かされることも、色を受け取ることもないのと同じように、知性によって完成され照らされることがなければ、思考されたものを受け取ることはない。光は、(半)透明なものを動かすことを可能にすることで、色を可能態から現実態へと変化させるように、活動的知性は、質料的知性が思考を受け取ることができるようにすることで、思考を可能態から現実態へと変化させる。(p47)


 ここでアヴェロエスは、「思考」がしっかりと身を結ぶためには、それが「知性」によって照らされなければならないと述べているが、このことを語るために「半透明なもの」すなわちディアファネースを「比喩」として用いている。ディアファネースが、光を受け取り色を見えるようにする「ように」、思考も知性という光に照らされて初めて現実態になると語られてる。ここでも浮かび上がるのは、やはりディアファネースという用語を使う際のその換喩的特徴である。アヴェロエス自身は、ディアファネース(半透明なもの)を以下のように規定していた。

(半)透明なものが光線を受け取ると、光の強弱に応じて、更に(半)透明なものの濃淡に応じて、そこから様々な色が生じることになる。このことは、太陽の光が雲間から射す時に、様々な色が生まれることから、明らかになる。これらの色は、光の白さと雲の黒さから生じる。例えば、虹の中にある色のように。(p49)


 ここで岡田氏はディアファネースによって人間の「視覚」が初めて成立するというアリストテレスからの伝統的な解釈を紹介している。アヴェロエスだけでなく、キリスト教神学の礎を築いた聖トマス・アクィナスの師アルベルトゥス・マグヌスの以下のテクストも、「半透明なもの」としてのディアファネースに言及したものと解釈されている。

(半)透明なものは、色を持たないために、それ自体としては勿論目には見えない。更に、何も持たないために、あらゆるものを受け容れることができ、その点で視覚において媒介となることができる。それ故、(半)透明なものは、常に外部にある色によって見えるものになる。外部にあるものの色が、(半)透明なものにおいて、精神的で志向的(印象的)なものに変わるのである。(p50)


 既に述べられていたように、岡田氏はダンテの『俗語詩論』に高い関心を寄せている。ダンテの言語論はそれ自体で現代思想にとって興味深いテーマを提供していると目されており、それによれば人間の言語は「動物」(叫び)と「天使」(沈黙の言語としてのテレパシー)のあいだに位置する「半透明性」として規定される。だからこそ、人間の言語は天使のように以心伝心で伝達されるものではなく、ド・マンが述べたように本質的にアレゴリカルな機制によって「意図の伝達不可能性」という事態がごく自然に生起するのである。ド・マンが二十世紀において「アレゴリー」として概念化した言語論を、ダンテはineffabilitade(汲み尽くし難さ)とか、端的にcorpo diafano(半透明な物体)などとして既に感覚的に先取っていたことが注目される。
 岡田氏によれば、二十世紀においてディアファネースの概念と相関する戦略素を提起したのが、「最後の現象学者」とも称されるメルロ=ポンティの「眼と精神」(1960)である。メルロ=ポンティはアリストテレスやアヴェロエスが「太陽光」をディアファネースとして規定していたのとは異なり、人間が水泳する際に可視化される「水中」において見出してる。

私が水の厚みを通してプールの底のタイルを見る場合、私は水や反射光があるにも関わらず、それを見るというのではなく、まさにそれを通し、それらによって、このタイルを観ているのだ。仮にこの歪み、この日光の縞模様がないとしたら、つまり私がそうしたchair(肉)無しにタイルの模様の幾何学だけを見るということになれば、その時私はそれをあるがままに、それのあるところに、つまりその場所そのものとはかけ離れたところに、それを見ることを止めてしまうことになるだろう。水そのもの、水の力、シロップのような眩い要素、それが空間の中にあるとは、私は言えない。水はどこか他のところにあるわけではないのだが、しかしプールの中にあるのもでない。水はプールに住み着き、そこで物質となっているのだが、そこに含まれているわけではない。…見えるもののこの内的躍動、この放射こそ、画家が奥行き・空間・色彩という名のもとに求めているものなのだ。(p161~162)


 上記のメルロ=ポンティの「~でもなければ~でもない」という特異な文体は、それ自体で意味の策定を拒むイメーヌ的な思考と相関するだろう。重要な点は、ここでも彼が「見ることそのものを可能にしているもの」、いわば「媒介項」として、「水そのもの」をディアファネース的に把捉している点である。彼はそれをchair(肉)と表現した。「肉は物質ではないし、精神でもなく、実体でもない」と述べる彼は、「見えるもの」と「見えないもの」の中間にある名状し難いものへの呼称として、戦略的にあえて「肉」という名を与えた。「肉的なもの」として論じられるのは、端的に「絵画」であり、例えばセザンヌの作品は「世界の肉」と表現された。岡田氏は「肉」を「半透明な被膜のようなイメージ」として把捉する。いわば、人間はこの「半透明な被膜」=ディアファネースを通すことによって初めて視覚を成立させると考えられているわけであり、これは以下のメルロ=ポンティの意味深長な定式――「ヴェールなしの視覚などない」の具体的な説明として機能している。
 被膜、すなわち「ヒューメン」とも呼ばれるようなものが、「見る側」と「見られる側」の「あいだ」に介在している――岡田氏はそこにアリストテレス、アヴェロエス、マグヌス由来の「ディアファネース」の系譜に繋がる概念を見出しているのだ。メルロ=ポンティの「肉」は、ジャン=リュック・ナンシーの術語を用いればpeau(皮膚)とも表現される。両者の特異な概念を接合させようと企図したロベルト・エスポジトの『イムニタス』の以下のテクストを、岡田氏は引用している。

肉の意味を深く理解しようとするなら、身体の内と外とを同時に――内の中の外、内に広がる外として――思考することが必要となるだろう。肉とは、内側にたわむものを外側にたわませる内部の閾なのである。(p172)

 
 これを安易にドゥルーズのいう「襞」と相関させることなく、岡田氏はメルロ=ポンティの業績を高く評価している。「肉」は内/外のキアスム(交叉配列)、折り畳み合い、交換可能性を意味している。デリダやドゥルーズの「肉」批判を排し、岡田氏はフロイト理論をも「存在としての〈肉〉の哲学」(=ディアファネースの存在論的地平)と解釈できる視座が存在することを我々に教えている。

【埃の美学】

 物に付着する埃は衛生面で忌避されることの多いものだが、美学的な見地から再評価されることの多いジャン・ジュネの名高い『ジャコメッティのアトリエ』で彼は、アトリエの様々な物の表面を覆う「埃」という「被膜」の齎す美的効果について敏感に察知していた。「埃」が物に付着するということは、それだけの期間その物が一定の場所に放置されていることを意味している。静謐な、小さな廃墟性を帯びた場の特異なメルクマールとしての記号的な「埃」――この光景に注目していた作家はジュネだけでなく、バルザックもそうであった。岡田氏は『あら皮』(1831)の以下のテクストに注目している。これは主人公の青年が訪れた骨董屋の場面である。「しかもこれらの骨董品の上には、しつこい埃が薄いヴェールのように覆い被さり、その無数の稜角と多くの曲線がことの他美しい効果を生み出していた」(p114)。その「埃の薄いヴェール」が齎す美的効果は、さながら「終わりのない詩」のようであったとバルザックは審美化している。ジュネ、バルザックの「埃」への関心を受けて、岡田氏は「半透明の美学」、すなわちディアファネースの美学に相関する視座を見出している。「埃」とは、まさに「見る側」と「見られる側」の「あいだ」に、ミクロな次元において実在している生きたディアファネースである。
 「埃」には、時間的な象徴も帯びている。「文明の埃」、時間の表面を覆う埃、人間社会の埃、恋愛関係の埃――「埃」はメタファーとして優れて時間的堆積あるいは「余剰」、「余白」としての意義を秘めている。それは極めて詩的な比喩として機能する。カント美学をラディカルに問い直しているヴィンフリート・メニングハウスの主著『吐き気』のテマティスムからすれば、「埃」は間違いなく「吐き気」、「不快」に連なるものでもある。特に現代社会のように高度に「埃」、「塵」を排除することを重視する時代にあっては、埃の美学は一見アナクロにも捉えられるだろう。だが、ジュゼッペ=マリア・クレスピの《音楽の本の書架》(1725)を観た時、我々は岡田氏が感じているような独特な「安らぎ」に近い静けさをも感じ取ることができるのではないだろうか。そこに「本がある」こと――それも昔から、曾祖父の代より前から、ずっとそこに同じ「本がある」こと――この時間的地層の秀逸なメタファーこそが、まさに「埃」である。バルザックは既にそれを熟知していた。

Giuseppe Maria Crespi (1665-1747), Scaffale di libri (1725)
《Scaffale di libri》(1725) Giuseppe Maria Crespi (1665-1747)

 岡田氏は本書で、まさに「Pulvis(埃)の美学」とも呼ぶべきものを、ディアファネースの存在論の一様態として提示している。これは極めて審美的価値の高いラディカルな美意識であるといえるだろう。ラテン語でPulvis(埃)――プルウィス(イタリア語でポルヴェレ、フランス語でプシエール)。これは本来古代ローマにおける「戦場で舞う砂塵」を意味していたという。埃は「砂塵」のように、漂い、うつろい、かすめ、まといつき、物体の上を「時の厚み」として覆う。埃は物体でもなければ、空気でもない。それは限りなく眼には見えにくい、どこか幽霊的なもの――そこにあるようでいて、ないようでもあるもの――である。かくして、岡田氏は以下のように「埃」を美的なものとして定義する。

このヴェールは、その下にあるものを隠しつつ暴き、暴きつつ隠す。そうすることで、来るべき出会いの瞬間をじっと静かに待っているのである。過去の記憶と未来の期待を、自らの内に秘めて。埃の時間とは、それゆえ「既に」と「未だに」との間で宙吊りにされた、震える時間のことに他ならない。灰色を色の震えと呼んだエニグのひそみに倣うなら、埃は時間の震えである、と言ってもいいだろう。(p122)


 岡田氏のこの「埃の思考」とも呼ぶべき流れに触れていて、私はデリダが論稿「二重の会」において「イメーヌ(処女膜)」を、「散種」においてこの農夫的な種子を農地に散撒くイメージを「概念のイメージ化作用」として採用していたことを想起した。イメーヌであれ、散種であれ、岡田氏の「埃」であれ、ここにはある「概念」を別の審美化された高度に文学的な「比喩」によって置換するメタフォリカルな思考が戦略として作動していると言えるだろう。この発想は我々が今後何かを書く/読む時、極めて有益であることは間違いない。埃とは、まさに岡田氏の思考の内部でアリストテレス経由の「ディアファネース」の美学的展開となっているのである。それは「理論」と「実践」、「詩論」と「装飾」の関係でもあるだろう。岡田氏が「埃」に焦点を当てているのは、ロザリンド・クラウスの以下のデュシャン論を参照しているからでもあるだろう。

時間の銘記の一つとして、埃は、記号論的に言えばインデックスである。この点で埃は写真に似ているが、とはいえ、埃の痕跡は時間のそれである。いみじくもデュシャンは、このインデックス的特徴をぴたりと言い当てて見せた。その《大ガラス》において、様々な段階にある複数の色と透明性を得るために、定着液を塗って、異なる厚さ(更に異なる期間)の諸層の上に埃を堆積させたのである(マン・レイに彼が見せたこの時の写真《埃の培養》はインデックスのインデックスである)。(p141)


 また、岡田氏はヴァザーリの『芸術家列伝』(1568)における三技芸の父たる「ディゼーニョ(デッサン)」それ自体を、「埃の膜の現出」として把捉している。ヴァザーリにとってディゼーニョは、芸術家の内面性や主体性を透明に映し出すものと解釈されていた。これを受けて岡田氏は、建築、彫刻、絵画にせよ共通して重視される「デッサン」は、「紙や他の支持体の上に、埃の膜を現出させてみることなのではないだろうか」(p135)という見解を表明している。確かにレンブラントのデッサンであれ、ルドゥーの建築案であれ、ジャコメッリのデッサンであれ、我々はそこに「埃の膜」で覆われたかの如き灰色がかった「作者の意図/戦略の原案」を読み取ることが可能だろう。それは作者の眼に見えぬ「意図」と、具体化され完成した「作品」を媒介するメディウムであり、ディファネースの優れて「間」的な存在論的様態と深く相関すると言えるだろう。例えばコレッジョの描いたユピテルの名高い「雲」や、キリスト教における「肉」の観念には、共通してヴェール(覆い)としての機能が存在すると解釈されている。

« Au Terminus » dessin d’anne Gorouben (Anne Gorouben)
《Au Terminus》dessin d’anne Gorouben (Anne Gorouben/1959〜)

 埃を物体の表面を覆う「皮膚」として解釈する時、我々は谷川渥氏の「芸術の皮膚論」と岡田氏のディアファネースの芸術論との繋がりについて言及することができるだろう。谷川氏は、肉体を薄く覆うヴェールの如き皮膜をテーマにした彫刻(例えばアントニオ・コラディーニの一連の作品)における「外生的襞」と「内生的襞」の折り畳み合うキアスム(交叉配列)について言及しているが、これは『建築のエロティシズム』において田中純氏が展開したアドルフ・ロースの邸宅シリーズにおける、建築の「外面」(ダンディズムを感じさせる装飾性の排除)と「内面」(迷宮化した子宮的構造を持つ女性原理)の分裂についての考察とも関わっている。三者に共通するのは、共に現出しているもの(外)と、現出させているもの(内)の「間」に着眼するアリストテレスのディアファネース的な思考である。埃に覆われているということは、物体の「外面」が「皮膜」化することによって、最初に外面であったものが「内面」へと織り込まれ(=襞の生起)る現象である。そして埃は限りなく見えにくく、息を吹きかければ中空を舞うような「亡霊」的なものでもある。ここには、「外面」が急速に「内面」へと入れ替わり、かと思えば即座に再度「外面」化するという意味付けられることからの逃走が作動している。「埃」――それは優れた思考のツールの一つになり得るのだ。
 岡田氏がなぜ「埃」という物質が生み出す特異な美的効果に注目するのか、その来歴をディアファネースとの繋がりを中核にしてまとめてきたので、以下では岡田氏が「埃の美学」の系譜に連なる芸術家として言及している人々を紹介しておこう。まず筆頭に挙げられるのが、岡田氏が単著としても研究していたモランディである。彼については『モランディとその時代』の記録にまとめるつもりなので、ここでは彼のテーマの系譜に連なる他の芸術家を紹介しておこう。

「ジョルジュ・スーラ/Georges Seurat(1859年〜1891年)」

 モランディのアトリエには、スーラのあたかも半透明化したような(埃のヴェールを纏ったかのような)デッサンが飾られていたという。岡田氏はスーラという画家の稀有な魅力について、以下のように述べている。

スーラのデッサンの多くは、まさしく半透明の埃の膜でできているかのような様相を呈しているからである。そして事実、それらはこの上なく美しい。(場合によっては、点描によるその色彩作品よりも美しいものもある、と私は考えている)。埃を培養するモランディが愛した、埃の膜のようなスーラのデッサン。(p132)



Georges Seurat - Figure dans l’espace
《Figure dans l’espace》Georges Seurat

Georges Seurat Seated Nude- Study for Une Baignade 1883 Conte crayon on cream paper
《Study for Une Baignade》(1883)Georges Seurat Seated Nude(Conte crayon on cream paper)

Ernest Laurent Seurat 1883
《Ernest Laurent Seurat》(1883)Georges Seurat

 岡田氏によるこのスーラ評は、まさにスーラの今後の再評価にも一役買うものになるだろう。例えば本書で掲載されている《コンサートにて》というデッサンについては、「極薄の膜」と形容されている。点描というそれ自体で輪郭をドット的に解体し、曖昧化した方法が、ひとたびデッサンになると醸し出す稀有な亡霊的感覚――それを「皮膜」的に把捉する岡田氏の美的感性は極めて秀逸である。

「クラウディオ・パルミッジャーニ/Claudio Parmiggiani(1943~)」

 デュシャン以後の現代芸術において重要な存在であるパルミッジャーニは、ディディ=ユベルマンをして「非-場の天才」と賞賛されたアーティストである。パルミッジャーニはモランディを師と仰ぎ、独自の「埃の美学」を提示した。その結実は「埃の痕跡」という特異なテーマを持つ《配置転換》(1970)に見出される。これは、物体の輪郭が壁に、あたかも太陽焼けした跡のように残った状態を再現したものである。パルミッジャーニはこの作品について以下のように解説を試みている。

影の環境。壁から取り除かれたものの影。影の影。それはちょうど、ヴェールの背後に、ヴェールのかかったもう一つ別の現実を見るようなもの。この背後の現実の背後には更に、また別の現実やヴェールがあって、こうして無限に後退していく。イメージを求め、このイメージを介して現実そのものを垣間見るという欲望。わたしは、この影の環境を作品として、つまり霊魂の場としての不在の場として提示した。(p128)


 ここでパルミッジャーニは、物体の輪郭が壁に日焼けの跡のように残存する現象を、「霊魂の場」として把捉している。痕跡であり、実体を喪失した影であるがゆえに、パラドクシカルにもそこにかつてauraが宿っていたことを感じさせる仕掛けである。

《配置転換》、すなわち埃と煙。私は、剥ぎ取られた裸の空間を提示した。唯一そこに存在しているのは、不在であり、過ぎ去った全てのものが壁に残した痕跡であり、この場所に保管されていた事物の影である。この環境を実現させるマチエールは埃と煤と煙であり、それらはまさしく火事の後で見捨てられた場所の雰囲気、つまり廃墟の町の雰囲気を醸し出すのに一役買っている。そこに残されているのは、事物の影だけである。それはまるで、ヒロシマの壁の上で蒸発してしまった人体の影さながらに、消え失せていったフォルムのエクトプラズムでもあるかのようだ。(p129)


 逆説的なことに、パルミッジャーニが「不在の場」として「影の影」を提示しているにも関わらず、岡田氏はそこにある種の「霊魂」を、auraを、感じているようだ。ここには、エクリチュールの次元ではデリダの『火ここになき灰』に連なるような、「埃・煙・煤の思考」とも呼ぶべき制作方法が展開されている。「現前」しつつも「不在」であること、二つの「あいだ」――まさにこれは岡田氏が注目するディアファネースの存在論である。ディディ=ユベルマンは、パルミッジャーニの持つ特異な「文法」について、以下のように評している。「極度の技術的拘束と極度の物理的射倖という、両極のあいだで引き裂かれた弁証法的イメージ」(p131)。

《untitled》(1998)Claudio Parmiggiani
《untitled》(1998)Claudio Parmiggiani
Claudio Parmiggiani
《untitled》(2008)Claudio Parmiggiani

 



「参考文献」


半透明の美学半透明の美学
(2010/08/28)
岡田 温司

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