† 展覧会 †

《吉岡徳仁――クリスタライズ》展(東京都現代美術館)の記録

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吉岡徳仁《虹の教会》(このフロアは美術館側から撮影可能の指示あり)

 吉岡徳仁については、今回の個展で初めて知ったのだが、世界トップクラスのデザイナーとして活躍しているようだ。参考程度にWikipediaの以下の記述を掲載しておこう。

「代表作」

世界のSWAROVSKIショップのコンセプト及び、銀座のフラッグシップストア「SWAROVSKI GINZA」のデザインをはじめ、20年以上に渡りISSEY MIYAKEの多くのショップデザインを手掛けている。その他、TOYOTA、HERMES、LEXUS、プジョー、NTT、BMWの為の空間デザインや、コスメブランドのRMK、SUQQUのパッケージデザイン、ショップデザインなど、幅広い分野で活躍している。
イタリアの家具ブランド、カッシーナ、ドリアデ、カルテル、モローゾなどと契約し、イタリアで開催されるミラノサローネ(世界最大規模の国際家具見本市)で毎年新作が多数発表されている。
2001年に発表された紙の椅子「Honey-pop」が世界の注目を浴びる。 その他、ヤマギワの照明「ToFU」、au design projectの携帯電話「MEDIA SKIN」、iida「X-RAY」、SWAROVSKI Crystal Palaceのシャンデリア「STARDUST」「Stellar」、スツール「Eternal」、繊維の構造体を釜で焼き上げた「PANE Chair - パンの椅子」をデザインしている。2002年から手がけている光学ガラスのプロジェクトは、「Water block」「雨に消える椅子」、世界最大の光学ガラステーブル「Waterfall」などがあり、「Water block」はパリ、オルセー美術館に常設展示されている。
デザインされた数々の作品は、ニューヨーク近代美術館(MoMA)、ポンピドゥーセンター、ビクトリアアンドアルバートミュージアム、クーパーヒューイット国立デザイン博物館、ヴィトラデザインミュージアムなどの世界の主要美術館で永久所蔵品として選ばれている。
毎年イタリア・ミラノで開催されるミラノサローネでは、Lexus、SWAROVSKI、MOROSOなどのインスタレーションを発表し、デザインの領域を超え、アートとしても世界で高く評価されている。
2008年には、21_21 DESIGN SIGHTにて、吉岡徳仁ディレクション「セカンド・ネイチャー」が開催された。 展覧会では、自然界に存在するさまざまな原理を取り入れる試みや考え方を元に、自身の新作「ヴィーナス - 結晶の椅子」を発表。およそ40万本ものファイバーを天井から吊り下げ空間全体を覆う雲のようなインスタレーション「CLOUDS - installation」も話題となった。
2009年「Story of…」カルティエ クリエイション〜めぐり逢う美の記憶 の総合監修を務め、自身もカルティエの未来をイメージしたパフュームボトル「Moon Fragment - 月のかけら」を発表した。会場となった東京国立博物館 表慶館では過去最高の入場者数を記録する12万人を動員した。
2010年には、韓国・ソウル市で開催された、過去最大規模の個展「Tokujin Yoshioka _ SPECTRUM」は、期間延長された後、盛況のうちに幕を閉じた。展覧会では、自身が20代の頃から構想していた建築プロジェクト「虹の教会」の一部として、教会を象徴する500本のクリスタルプリズムから成る、高さ9メートルのステンドグラスが発表された。
森美術館「ネイチャー・センス展」では、15メートルにも及ぶインスタレーション「Snow」2010(1997〜)が発表された。

※出典:Wikipedia


 今回の《吉岡徳仁――クリスタライズ》展で最も印象的だったのは、やはり《虹の教会》だろうか。説明によれば、アンリ・マティスによる、南仏ヴァンスに存在する「ロザリオ礼拝堂」に二十代前半に訪れて以来、聖堂空間における光の美に強い想いを抱き、それがこの作品に結実したのだという。実際、彼の作り出す虹の光は、暗闇の中で神秘的に壁に浮かび上がるもので、どこか教会の内部に存在しているような感覚に満ちている。それは安らぎを与えるというよりも、むしろ氷結した薔薇《ローズ》にも見られるような冷たさ、どこか遥か未来の氷河期を迎えた文明社会の遺物の如き趣を呈している。洗練されているが、画廊にも霜が張るような冷たさを感じる。
 もしかすると、これは「現在」に属する文明の作品ではないのかもしれない。それは氷や結晶に全てが覆われていたり、十字架も椅子も聖書も消え去って、ただ光の痕跡を滞留させたステンドグラスの残影だけが浮かんでいる、やはり遥か未来の宗教建築空間に近接したイメージなのではないだろうか。薔薇、これは愛や情熱の象徴だが、同時にキリスト教の象徴的解釈によれば白薔薇は「聖母マリア」を意味している。氷結した紅い薔薇はむしろ漂白され、白い結晶に無数に覆われている点で、やはりもう一つの「白」薔薇だと言えるだろう。無論、ここには聖母はいない。だが、かろうじて結晶の奥に薔薇が見え隠れするという彼の作品は、いかなる文明においても本質としての聖性を喪失すべきではないというメッセージを放っているかのようにも感じられる。結晶の奥には薔薇が存在するのだ。どれほど冷たい現実も、その本質は実は恩寵であると主張しているかのように、この薔薇は語ることなくいつまでも結晶の内で眠り続けている。
 個展の作品数は小規模であるが、私自身がカトリックであるためか、空間構成において「聖性」を感じさせる演出が秀逸であったと思う。彼の作風は、おそらく建築家とのコラボレーションでも最良の効果を発揮するだろう。

(2013.10.10鑑賞)






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