† オペラ †

トリノ王立歌劇場主催、ジャコモ・プッチーニの代表作《トスカ》を鑑賞する前に読んだ論稿まとめ




 12月5日に東京文化会館で公演されるトリノ王立歌劇場によるプッチーニの《トスカ》を鑑賞する前に、予備知識としてこれまで書かれた海外の重要な《トスカ》論をまとめていこう。我々のこのページを読めば、《トスカ》を愉しむために必要な最低限の情報は得られるだろう(各幕のストーリーラインは劇場のパンフレットで配布される)。
 まず、オペラ研究者として世界的に著名なアッティラ・チャンパイによれば、本作は三百年に及ぶオペラ史のピリオドとして極めて重要な位置を持っているとされる。それは初演の1900年1月14日(ローマ)という年代が、まさに松浦寿輝氏が『平面論』で展開した「映画」の時代へのターニングポイントである「1880年代」以後の最大のオペラであることとも相関しているだろう。いわば、《トスカ》とはオペラというジャンルそのものの「危機」のアレゴリーであり、来るべき「映画」に橋渡しする最高の記念碑であると解釈されている。
 チャンパイは《トスカ》を台本の持つ残酷さから「ショッキング・オペラ」などと表現している。本作を現実の事件をモチーフにして写実性を重視するverismo(ヴェリズモ)の潮流――これに含まれるオペラ作曲家はレオンカヴァルロ、ジョルダーノ、そして代表的存在であるマスカーニの《カヴァレリア・ルスティカーナ》が特筆される――に含ませる解釈も存在しているが、チャンパイによれば、プッチーニはそもそもいかなる様式にも帰属し得なかった点でモーツァルトに比肩し得る唯一のオペラ作曲家であると評される。例えばモーツァルトの《ドン・ジョヴァンニ》や《魔笛》には、ブッファ(喜劇)にもセリア(悲劇)にも容易に分類不可能な特異かつ魅惑的な構造が浮き彫りになっているが、プッチーニはこうした独立自主性という点で同じスタイルを採用している。
 登場人物に眼を向けてみよう。歌姫トスカを愛する画家で自由主義者のカヴァラドッシ(名前の響きからして明らかに画家カラヴァッジョを思わせる)は、チャンパイによれば上流階級の子弟に見られる典型的なタイプの一つであるという。彼は上品な女性崇拝者であり、夢見るようなメランコリーの気質を併せ持ち、かつ絶対的な個人主義に生きている。トスカを愛しているが、その関係はどちらかというと「美的な関心」に基づく不倫的な側面が強い。つまり、二人は完全に互いの秘密を共有し、何でも相談し合える相思相愛の仲であるというわけではないのだ。
 次に、権力政治家の象徴であり、警視総監であるスカルピア男爵について、チャンパイは「全体主義国家の秘密警察の生き写し」とか、およそこれまで存在したオペラ史上の悪役たちの悪魔的な性質が全て収斂している巨悪として規定している。スカルピアはトスカの肉体を支配するため、邪魔者であるカヴァラドッシを残忍な拷問にかける。これは無意味に人間を殺害するサディストとしての性格の現れであり、拷問はむしろ性的満足として、それ自体で悦びの対象である。爵位が付いているので貴族ではあるが、チャンパイはむしろ「市民階級出身の権力者に見られる疾患」を具現した人物と解している。トスカを最後まで執拗に付け狙い、死んでもなおオペラの最後まで悪魔的な尾を引かせる悪の権化である。
 チャンパイは本作の構成方法を、脅迫的な「妨害」に見て取っている。つまり、予期せずモノローグが唐突に中断されるというスタイルである。これは歌唱においてすら生起する。作劇法的観点から言えば、ヴェルディが採用した「相思相愛の恋人+妨害するバリトン」という三人物を中心に据えた構図を受け継いでいるが、人物の細やかな心理描写はいっそう緻密に構成されているという。そもそも、プッチーニは台本にメロディーを接近させる上で、いかに人物の「内面」をダイナミックに音楽化するかという点こそが、まさにオペラ音楽において最も重要であると考えていた。台本には人物の細かい心理描写まで書かれていなくても、プッチーニがそれぞれの人物の「心象風景」に細やかに音を添えたことで、いわば「物語の注釈的機能」を持つに至ったとも考えられている。
 ウィーンの音楽評論家リヒャルト・シュペヒトの《トスカ》論によれば、プッチーニは本作だけでなくその生涯のキャリアにおいてmusica dell'anima(魂の音楽)を目指していたという。元々、この物語(劇作家ヴィクトリア・サルドゥの劇『トスカ』)をオペラ化しようと企図していたのはヴェルディであるが、彼は自分が年を取り過ぎていることを自覚して諦めた。「ポスト・ヴェルディ」時代にあって、この意志を受け継いだのがプッチーニである。シュペヒトによれば、本作に登場する痛ましい拷問場面はともかく、他の面では全プッチーニ作品の中でも最も際立って天才的な場面が存在するという。
 また、イギリスの音楽学者モスコ・カーナーは先述した劇作家ヴィクトリア・サルドゥについても高く評価している。サルドゥは劇の「意表をつく筋の変化」を熟知しており、作劇法において極めて有能な作家であった。サルドゥの作品は当時プッチーニだけでなく他のオペラ作曲家からも好まれ、彼自身も舞台に様々な意見を提案した。因みに、サルドゥはサラ・ベルナールを崇敬しており、作品の多くは彼女のハイライトのために書かれたといっても過言ではないという。《トスカ》は現実の事件をモデルにした「ヴェリズモ・オペラ」に含まれると言われているが、この実際の事件についてカーナーは以下のように報告している。

事実、サルドゥの全作品は歴史上の事件に基づいているが、すなわち、トゥールーズでカトリック信者「モンモランシーの高官」がプロテスタント信者の農家の主婦に、自分に身を任せるなら夫の生命を保護してやろうと約束した事件である。その細君は同意したが、その報酬として翌朝、夫の死骸が絞首台に吊り下げられているのを発見したのである。『プッチーニ トスカ (名作オペラブックス)』(音楽之友社)p252


 内容は粗筋程度しか判らないが、極めて凄惨な事件である。《トスカ》の主要登場人物四人全員が死亡するという特異な展開は、まさにこの悲劇的な事件に来歴を持っていたのだ。また、サルドゥ自身も人物がドラマティックに死ぬ展開に美意識を持っていたようで、彼は「劇場のカリギュラ帝」という異名で呼ばれることさえあった。ヴェリズモ・オペラは実際の事件をモチーフにして一つの潮流を形成していたが、プッチーニはそもそもマスカーニら代表者への「対決」の意図を持って《トスカ》を作曲した。チャンパイと同じく、カーナーも「《トスカ》は事件をモデルにしているのみで、ヴェリズモを超越した」という解釈を持っている点は記憶に値する。現代の《トスカ》論調として、ヴェリズモを越え出た、様式に区分不可能な普遍性を持つ作品として本作を捉える向きが有力なのである(だからこそチャンパイもモーツァルトとプッチーニを比肩している)。
 《トスカ》オペラ化のプロセスには多くの人物が関与している。オペラはたった一人の天才によって仕上げられるジャンルでないのは言うまでもないが、サルドゥの劇をまずオペラ台本作者のルイジ・イッリカとジュゼッペ・ジャコーザがオペラ化のために「書き換える」。この台本を元に、プッチーニが曲を付け加えていくわけである。カーナーによれば、結果的にプッチーニの音楽によって、《トスカ》は原作よりも古典的な調和を実現したという。そして、このオペラをもって近代のあらゆるMusic Theater(音楽劇)が開闢する。
 カーナーによれば、トスカ役はサラ・ベルナール、マリア・カラスのような稀有な才能とカリスマ性を兼ね備えた「絶対的プリマドンナ(primadonna assoluta)」にしか務められないという。特に二十世紀においてマリア・カラスはその後の「模範」となったが、こういったオペラ歌手にとってのハードルの高さは、そもそも「トスカ」という女性がわずか十六歳で歌姫になったという人物造型の特異性のためである。
 最後に、ワイマールの音楽史家ヴォルフガング・マルクグラーフによれば、第一幕後半が「劇場展開の頂点」であり、第二幕は作劇法上の完結性という点で「プッチーニ作品の最高峰」とまで高く評価されている点も見逃せない。これらは見所として重要で、最終幕では人物の「孤独と、見捨てられた寂寥感」を見事に音楽化してみせた箇所(カヴァラドッシの《私は絶望して死ぬ》が挙げられる)が特筆される。







 
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