† ポール・ド・マン †

注目が集まるポール・ド・マンの代表的論稿『美学イデオロギー』所収「メタファーの認識論」の重要性

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【メタファーの散種性――ロックの場合】


 ド・マンの『美学イデオロギー』に最初に収録されているのが、ロック、コンディヤック、カントのメタファー分析である「メタファーの認識論」である。本論稿で出発点となる最初の問いは、ロックの『人間知性論』における、言葉は「我々の眼を曇らせ、我々の知性を騙す」という曰くありげな見解である。もしそれが事実だとすれば、一体言語の何が我々を盲目にさせているのだろうか? ロックによれば、それは言語に備わるフィギュア(比喩)である。彼は、「比喩的な言葉の応用は…(略)…情念を動かし、それによって判断を誤らせるものに他ならず、したがってまさしく完全な詐欺なのである」とすら述べ、啓蒙思想の美徳の一つとしてメタファーを徹底的に排除しようとする。ド・マンが引用しているのは、実はロックが過剰なまでにメタファーを批判するあまり、自らメタファーに憑依されている刺激的な箇所である。

雄弁術は、麗しき女性のように、圧倒的な美しさを内に秘めており、己に逆らって語ることなどけっして許さない。それ故、人々が欺かれることに快楽を見出している限り、こうした欺く技術を非難しようとしても無駄である。(p66)


 メタファーを女性的だと批判し、柔和さを許さない男性的な論述スタイルに美を見出しているロックは、ここで彼自身メタファーを用いているわけである。この奇妙なパラドックスにも似た効果を放つロックの盲目をド・マンは見逃さない。彼は以下のように仮定を立てる。「ひょっとすると認識はメタファーによって形作られているのではないか」(p67)。その上で、ド・マンはロックを従来の伝統的な思想史のコンテクストに位置付ける解釈を退け、「レトリックの動き」にこそ注目し、トロポロジカル(比喩論的)な読解を企図しなければならないと自らの方法論を読者に宣言している。
 最初の分析としてド・マンがまず注目するのは、ロックのいうsimple ideas(単純観念)の概念である。ロックによれば、「単純観念の名前は全く定義できない」。例えば、「運動」とは何かについて、原子論者は「ある場所から他の場所への移行である」と定義しているのだが、ロックからすればこれはトートロジー(あるいは、「運動」の意味内容を単に「翻訳」しているだけ)に陥った解釈に過ぎず、何かもっと本質を突いた究極的な定義があるはずだと考える。もしも単純観念が同語反復的な「翻訳」でしか語り得ないとすれば、そもそも「翻訳」とは何であるのかを考えねばならない。translate(翻訳する)は、ドイツ語ではübersetzenと表記する。この語は、「変化・移行を示す接頭辞」であるüberと、「移す」を意味するsetzenから構成されており、ギリシア語ではmeta phorein(メタファー)の翻訳語である。つまり、ギリシア語で「メタファー」を意味する言葉が、ドイツ語になると「翻訳する」を意味するübersetzenで表記されるのである。こうしてド・マンは単純観念とは、フィギュラルな言説としてしか表現し得ず、本質において「翻訳」であると規定する。ロックのディスクールは、実は単純観念をフィギュラルな言説によって絶えず複雑化していくプロセスとして解釈される。もしそうであれば、メタファーを「麗しき女性」として危険視したロックは、実は構造的にメタファーに支配されていることになるだろう。そもそも、ロックがこれ程メタファーを批判しているのは、18世紀以来の認識論が「本当のものと比喩的なものとを区別できない子供」(ロック)として批判されており、彼がこの知の窮境を認識していたからである。
 次にド・マンがロックの概念で分析対象にするのは、「実体」の概念である。実体とは、いわば諸々の特性を備える土台であり、複数の特性をまとめて結び付ける結節点として解釈されている。どのような実体も常に、「いかなる〈本質〉がAの持つ〈固有のもの〉か?」という問いの形式を採用せざるを得ない。こうなると、実体を説明するために、まず「本質」とは何か、「固有のもの」とはそもそも何なのか、という二つの「単純観念」の定義が必要になってくるのである。それ故、ド・マンは以下のような問いを定立している。

明らかにされるべき問いは、したがってこうなる。いかなる〈本質〉が人間の持つ〈固有のもの〉なのか? この問いは実際には、〈固有のもの〉という言語学的な概念と、〈本質〉という言語的伝達とは関係なく存在するものとが、果たして一致し得るのか、という問いに帰着する。(p73)


 この先鋭的な問いは、まさにド・マンらしい着目点といって良いだろう。要するに、「実体」概念についての命題も、このような言語学的な解釈を必然的に招来するということだ。ここでド・マンが提示しようとしている概念を我々は以下のような問いに翻訳することもできるだろう。つまり、「愛」とは、「神」とは何か? という問いに対する解答の「形式」の問題である。 もしも「愛とは神である」というならば、この二つの概念がそれぞれの定義として交換可能になり、いずれにしても「神」の定義は「愛」の定義へと掏り替えられることになる。同様に、実体についての問いは、「人間」、あるいは「本質」という観念の結合であり、その本質は実はメタファーにおける「形象」のカップリングの問題なのだ。もしも「人間とは愛する存在である」という命題があるとして、これが「人間」の定義であれば、「愛する」と、「存在」という二つの概念が「人間」という上位カテゴリーに位置する概念によってカップリングしているのである。すなわち、ここでド・マンが記述しているのは、ある概念を「説明」しようとすれば、いつの間にか我々はそれとは異なる概念を持ち出し、別の記号によって説明したつもりになっているという事実である。
 「神とは何か?」という問いに対して、「愛である」と答えることは実は本質的な解決になっていない。それは、「神」の概念に「愛」の概念を結合させ、メタファーの形象的なディスプレイを提示しているに過ぎない。つまり、「神」が「愛」によってrepresent(表象=代理)されているのだ。いつの間にか「神」は「愛」の問題に掏り替り、「別の記号」によってチェンジリング(取り替え子)されている。こうした「哲学的な取り替え子」(ド・マン)こそ、言語によって何かを語る際に生じている出来事の本質なのである。いみじくもクインティリアヌスは、「記号」の定義を以下のように策定していた。すなわち、「それによって〈別のもの〉を意味する」こと。この取り替え子こそ、ド・マンの言語論の中核に位置するものであり、「アレゴリー」の概念として具体化されるものである。
 ここで、ロックの「単純観念」と「実体」についてのド・マンの解釈を整理しておこう。彼は以下のように二つが説明される際の差異について述べている。

単純観念の場合には言葉と事物がただ一続きに連なっているだけだったが、実体の場合には特性と本質はメタファーによって照応一致することになるわけだから、単純観念から実体に話が移るに伴い、倫理的な緊張はかなり高まったことになる。(p76)


 ド・マンがロックを読解しながら提示する要諦となる考えは、比喩はあらゆるテクストにおいてアナモルフォーズ(歪像的変形)しながら全体化していく、という運動に他ならない。ロックはメタファーを忌避し、論理的に一貫した形式を重視していたわけだが、そこで提示される概念はいつしか比喩になり、比喩は概念になってしまうのである。このように、テクストがある喚起的な力を持つメタファーによって散種されているという見解は、ド・マンのルソー読解にも通奏低音として流れているので重要である。ロックが陥っていた比喩の形式の兆候として、ド・マンは「怪物的なメタファー」とも形容されるcatachresis(カタクレシス/濫喩)を挙げている。カタクレシスの文学的な代表例としては、プルーストがシャルリュス男爵の倒錯的な恋愛関係について描写する際の「喩え」として用いた「植物の受粉行為」が妥当するだろう。ある事物を、「別の何か」に置換するという単純明快で、かつ酩酊すら伴う力学が、実は錯綜し複雑化した言語の本質なのである。メタファーはテクストのあらゆるディテールにまで潜んでいる。例えば、ド・マンは「椅子の脚」が人間の脚部を、「山の表面」が人間の顔を連想させる効果としてのprosopopeia(活喩)に注目している。


【言語の本質としての「メタファー」――コンディヤックの場合】

 メタファーを忌避しつつメタファーに支配されてしまう原理をド・マンはロックを例に炙り出してきたわけだが、こうした現象はコンディヤックの『人間認識起源論』においても見出される。ド・マンによれば、そこにはゴシック小説のプロット(とりわけメアリー・シェリーやアン・ラドクリフとの相関性)に近い構造が存在するという。コンディヤックもまた「抽象概念」について論じようとしているが、ド・マンはそこにテクストに内在する本質的な文学性を見出している。分析を通して浮かび上がる図式はロックの場合と本質的に同根であり、やはり「物語」が「比喩」に支配されていること、そして「場面」と「全体」は互いに交叉し合い、縺れ合う関係にあることが可視化される。主体、あるいは精神という概念も「メタファーの中のメタファー」として、その幻想性を指摘されることになる。これは、こうした抽象的な概念が、常に「別の記号」によってしか語り得ないことを意味しており、ロックよりもコンディヤックの方がいっそうド・マンにとって「メタファーの理論」として示唆的であると解釈されている。
 主体、あるいは精神――それは常にmodeifications(変様)するものである。つまり、それ自体としてこの二つの概念はあらかじめ「存在」を欠いているのだ。だからこそ、これらの抽象概念を定義付ける際に我々は否応無く比喩論的な機制に支配されるのであり、それによってしかこれらの本質を把捉し得ないのである。「神」を定義付けることが、いつの間にか「愛」という単純観念の説明に「取り替え子」されるように、主体ないし精神という人間存在にとって根幹となる重要な概念も、実は「それとは別のもの」によって代理的に語られ得るに過ぎない。元々face(顔)を持っていないものに、我々が無理にそれを与えようとすると、常に人工的で代理的な「仮面」が生成することになる。比喩の発生プロセスとは、こうした「別の顔を与える」行為に本質を持つのだ。定義付けし得ないものに出会った時、人間はメタファーを用いてそれを位置付けようとする。メタファーとはいわば、そのための道具として解釈されているのである。したがって、どれ程メタファーを排除した論理的なテクストを企図しても、必ずそれらがクリプト化して侵入することになる。何故なら、ある記号を別の記号によってrepresentするというメタファーの根本原理(言語の力学)が、テクストを全体的に支配しているからである。既にロック論で展開されていたように、「比喩はあらゆるテクストにおいてアナモルフォーズ(歪像的変形)しながら全体化していく」わけだが、これをド・マンはdisfigurating(歪像化的)な力という表現で言い換えてもいる。
 言語の本質としての「表象=代理」――これを概念化していたのは実は『判断力批判』である。カントは本書でhypotyposis(直観的描出)という概念を持ち出しているが、これはある抽象概念を「表象」可能なものにするために、その「代理」として「比喩」を持ってくることを意味している。つまり、この概念にこそロック、コンディヤックの分析で展開されてきた言語を隠れて支配しているものの正体を開示しているのだ。ある概念を説明するために、「比喩」を用いる例は特にハイデッガーのテクストにおいて顕著である。例えば『哲学への寄与論稿』において、ホワイトヘッドやフッサールのような緻密な理論構成を見せるディスクールではなく、ヘルダーリンの詩的テクストを概念化するなどの、高度な「比喩」への親和性を見せている。存在論はデリダが述べていたように、神学上の概念を「それとは別の」語彙によって語り直したものである以上、やはり「神」を「存在」に比喩論的にrepresantしていると解釈することが可能だろう。すなわち、ハイデッガーにとっては「存在」という概念それ自体が「神」のメタファーなのであり、いわば詩的テクストと哲学テクストを厳密に区別したロックを倒置する関係図がここで可視化するわけである。(存在論における「メタファー」の濫用というド・マン的なパースペクティブ)

【ド・マンにおける「文学的近代」の開始地点】

 興味深いことに、ド・マンによれば「メタファーを統御できなくなる危険があるかもしれない」という不安を、18世紀という近代の黎明期に活躍したカントも、ロックも、コンディヤックも共有していたという。今ここで、ド・マンが分析した三者の「比喩」についての見解をまとめておこう。まず、ロックはそれを哲学テクストからは追放すべき「女性的なもの」と位置付ける。コンディヤックは抽象概念に限定するものの、彼の著作全体がいわばゴシック小説的な構造を持っている点で文学的である。最後にカントは、レトリックはこちらがしっかり管理さえしておけば、論理的なテクストの構造を侵犯することはないと述べている。そして重要な共通点として、三者はメタファーの力に暗々裏に支配されているのである(あたかも厳格な夫が魅惑的な妻=メタファーの尻に敷かれているかのように)。

いずれの場合もその原因となっているのは、フィギュア(形象)のフィギュラル(比喩的)な意味を、その形象の本来の意味と対置させる二項モデルが、実は非対称的なものだったという事情である。ここから生じる不安がそれとなく表面化しているのが、ロックとコンディヤックの場合である。カントの批判哲学もやはり似たような躊躇によって混乱を来しているのだが、そのことを明らかにするにはもっと紙幅を十分に取って論証する必要があるだろう。(p90)


 ここで予告されているカント論は本書『美学イデオロギー』に収録されているが、ここからのド・マンの展開は私が考えるに、「近代」を捉える上での強力な参照点になる極めて重要な箇所である。ド・マンが思想史の中で「近代」の開始地点を明確に規定する箇所は本論には見受けられない。しかし、本論は幾つもの重大な考察が、その素描を行うことを可能にさせるはずである。以下の箇所を、我々は引用しておかねばならない。ここでド・マンは、もし歴史家がこれまで展開されてきた見解を踏まえた上で「近代」を位置付け直すとすればどうなるか、について述べている。

すると彼ら(歴史家たち)は、我々自身の〈文学的近代〉は、「真の」啓蒙思想との接触をここで再び打ち立てたのだ、という結論を下さざるを得ないだろう。主体のレトリックや表象を信頼し得る正確なものだと根拠もなく断言する19世紀のロマン主義的で実在論的な認識論のせいで、「真の」啓蒙思想は我々から隠蔽され続けてきた、というわけである。(p92)


 まことに恐ろしく示唆的な箇所であるという他ない。これは、ド・マンが急ぎ足で直後に述べているように、「ロックからルソーを経てカントに至る一連の流れがさらにニーチェにまで到達することになる」(p92)点と、「フィヒテやヘーゲルが明確に除外されること」(同)だけを単に意味するに留まらないだろう。これは私が読解していて考えたことであるが、ド・マンにとって〈文学的近代〉とは、「レトリック」が実は啓蒙思想そのものを影で支配していたことを「察知」したことに一つの極点を見出す、そのような視座を前提にしているということではないだろうか。だからこそ、彼はヘーゲルとフィヒテを除外して、「ロックとニーチェはレトリックに対して両義的な態度を取っていた点で互いに類似している」(同)ことを指摘していると考えられる。ここで貫徹されているのは、いうまでもなく「レトリックに言語が支配されている」、あるいは「主体、精神もまた言語の産物である以上、それはメタファーから生成する」という一つの概念をおそらく察知していたであろう思想家に、ド・マンが明確な「近代」を見出しているという事実である。だとすれば、『人間知性論』(1689)がフランス革命の百年前であるという点は、「メタファー」を中心に「近代」的思想家のジェネアロジーを再構成する上でまだ過去に遡及できる可能性を暗示していることを意味している。
 ここで我々は、メタファーの存在を革命以前のアンシャン・レジームに、言語それ自体を市民階級にメタフォリカルに置換してみよう。すると、いわば言語がメタファーに支配されていることに気付いていた思想家の流れをド・マンが何故「〈真の〉啓蒙思想の流れ」とわざわざ呼称しているのかが理解できるはずだ。すなわち、〈真の〉とわざわざ括弧付けられた啓蒙思想は、「フィギュア(形象)のフィギュラル(比喩的)な意味を、その形象の本来の意味と対置させる二項モデルが、実は非対称的なものだった」(p90)という点に暗々裏にであれ、明示的にであれ気付いていた思想を意味している――ここにこそ「近代」の胚種が存在する。そしてこの非対称性は、パース的に言えば「記号過程」に相当すると考えられる。すなわち、「対象」を装飾する上で、その解釈項である「比喩で意味したいもの」を飾り付ける時、読者は「対象」からは逸脱した「別の何か」を常に解釈してしまうという現象である。要するに、ソシュール的なシニフィアン/シニフィエの二項モデルはここで瓦解するのであり、意味するものは常に「他の何か」を読み手に解釈させてしまうということである。メタファーが女性的なのは、その振る舞いが見る者に多種多様な感動を与えるためであり、けして一元的な解釈項に限定されないのだ。言語は常に、このような「別の何か」をイメージさせる魔力を持っており、その根幹を担うのが比喩なのである。
 レトリックは文学の中で単なる「コード」として位置付けられるようなものではない。ド・マン以後、文芸理論の事典が編集し直されるとすれば、レトリック、メタファー、比喩などの項目に最大のページ数が割かれていなければ、言語の本質を捉えていないことになる。最後に、本論の要諦を一文に圧縮すれば、それは以下のようになるだろう。レトリックは文学はおろか、あらゆる言語を支え、支配している。こうして、ヒストリオグラフィ(歴史記述)に滑り込むメタファーという重要なテマティックが浮上してくるわけだ。文学も哲学も歴史学も、比喩論的なモデルに覆い尽くされているという自覚なくして、今後の新しい地平を開き得ないのである。
 
 




「参考文献」



美学イデオロギー美学イデオロギー
(2004/12/10)
ポール・ド・マン

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