† 展覧会 †

《ザ・ビューティフル――英国の唯美主義1860-1900》展の記録(三菱一号館美術館)




 三菱一号館美術館で開かれていた《ザ・ビューティフル――英国の唯美主義1860-1900》を鑑賞したので、その記録を残しておこう。個人的なことになるが、この日(2014年4月5日)、私は住み慣れた大阪から彼女が暮らす東京へ引っ越してきた。その日に私たちは《ラファエル前派展》にも訪れたが、約束の時刻まで時間のあった私は以前も訪れてその美しい建物が印象的だった三菱一号館美術館に立ち寄ることにしたのである。以下、この展覧会で印象的だった作品群について記録を残しておこう。

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フレデリック・レイトン《パヴォニア》(1858ー59)

 唯美主義には三つの共通するモチーフが存在する。それは力強い男性美を象徴する「向日葵」、思索的な女性美を象徴する「百合」、そして伝統的な美のシンボルとしての「孔雀」である。まず印象的だったのは、レイトンの《パヴォニア》(1858ー59)だろう。当時、これを観た人々は新たなイメージとして到来したファム・ファタルの姿に驚嘆したと言われているだけあって、他の唯美主義的な作品群にはない妖艶で、かつ高貴な麗しさに満ちている。レイトンは純粋にこのローマ出身の黒髪の女性ラ・ナンナ(ナンナ・リジ)をモデルとしてのみ扱ったというが、「見返り」で観者を眺めるその姿には東洋的な美を感じさせる。特に「孔雀」の絢爛な扇を右手で密かに上げ、あたかも雄の孔雀の装飾のようにして仄かに微笑む姿を捉えたレイトンは、まさに「美」に奉仕した祭司であるかのようだ。

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フレデリック・レイトン《母と子(さくらんぼ)》(1864ー65)

 今回の展覧会には、唯美主義を主導したレイトンの傑作《母と子(さくらんぼ)》(1864ー65)も出展されていたので特に貴重な機会となった。この作品はワッツ、ホイッスラー、ムーアなどの唯美主義に含まれる画家たちが1860年代から取り組み始めた「無主題」(換言すれば、ただ画面が美しければそれで満たされるという考えに繋がるだろう)の作品群に含まれると言われ、いわば観者に「解釈」を自由に委ねているような絵画である。ペルシャ絨毯に横臥している若き美貌の母の口元に、白桃のような澄んだ膚の幼き娘が桜桃を繊細な指で運ぼうとしている、まさにその母子の耽美的な姿を描いた作品だ。右側には日本の掛軸に描かれた鶴が見え、左側にはディテールまで美しく精緻に描き込まれた白百合が密かにその存在を主張している。この絵の世界には、脅かす外的な脅威など微塵も存在せず、ただ「美」がそれ自体で自足しているようだ。この母子の描写はあまりにも果実的な様相を呈しているので、もしかするとレイトンは女性の肌を「白い果実」として特権化していたのかもしれない。そのような解釈を含む眼差しがなければ、これ程までに果実的な顔の白さと輝きを描くことはできないだろう。

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ジョージ・フレデリック・ワッツ《愛と死》(1877ー78)

 とはいえ、私は最も衝撃を受けたのは、実はレイトンではなくジョージ・フレデリック・ワッツの《愛と死》(1877ー78)だった。この作品を二十代の頃に観る機会を得たオスカー・ワイルドは心を奪われ讃辞を贈ったことでも名高い。この作品は、「愛」を象徴するクピドが、「死」を擬人化した青白い存在の進行を阻止しようとしている場面を描いている。愛の恐怖に脅えた眼差しからしか、死がどのような顔をしているのかは判らない。いわば、愛の戦慄した表情が死の恐ろしさをrepresent(表象=代理)しているのだ。少しずつ歩を進め、確実に死は我々に迫っている。愛は数知れない薔薇を後ろ盾にして死の進行を阻止しようと企図するが、死は常に「下を」向いており、薔薇になど見向きもしない(そもそも、愛に何の関心もないかのような素振りだ)。これ程までに「死」の持つ圧倒的な力を単純明快に、かつ巨大な絵で圧倒的に示し得た作品が他に存在するのだろうか? ワッツの名が唯美主義に含まれているという事実は、この絵画潮流の底の深さを如実に物語っていると言えるだろう。

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ジョージ・フレデリック・ワッツ《内奥の世界の住人》(1885ー86)

 晩期ワッツは象徴主義的な性格を強めていき、その特徴が《内奥の世界の住人》(1885ー86)のような神秘主義的な作品に反映されている。描かれた存在は天使でも妖精でもなく、おそらくは内省的な性格であったであろうワッツ自身の無意識の擬人化だろう。耳元から小鳥の羽を生やし、どこか仏教の「観音菩薩」のような静寂を感じさせもする不思議な存在である。
 唯美主義的な傾向は、無論ラファエル前派のロセッティにも見出される。しかし、私が画廊で感じたのは、むしろロセッティと英国を代表する神秘主義詩人の一人ウィリアム・ブレイクの絵との接点である。例えば、ロセッティの《エルフェンミアの乙女たち》(1855年頃)に描かれた「三美神」的な乙女たちの顔の特徴は、どこかブレイクの挿絵を髣髴とさせるのだが、これは彼が画学生時代にブレイクを読み漁っていたこととも相関しているのかもしれない。また、この展覧会にはクリスティーナ・ロセッティの《ゴブリン・マーケット(妖魔の市)、その他の詩》(1865年)のための表紙絵も出展されている。この作品では、二人の男女、あるいは姉妹が抱き締め合いながら眠っているが、その眠れる眼差しは、同時期に森アーツセンターギャラリーで開催されていた「ラファエル前派展」に出展されていたダンテ・ゲイブリエル・ロセッティの《ベアタ・ベアトリクス》(1864ー70年頃)の表情とほぼ一致している。つまり、ロセッティのこの女性の顔は、まず何よりも「眠る眼差し」(エリザベス・シダルの眠っている頭部をモデルにしているだろう)を描いているのだ。思索的で、深い祈りの中で「内奥の世界の住人」(ワッツ)と対話しているかのような眼差しは、唯美主義が単なる「ただ美しければそれでいい」という信念だけでなく、その奥に美を宗教化したかの如き精神性を宿していたことを窺わせる。
 また、本展にはバーン=ジョーンズのデザインした美しい「孔雀」のブローチや「室内履きの女性靴」、カルロ・ジュリアーノのシンプルだが美しいネックレス、そしてアルマ=タデマが愛する妻のためにデザインした古代ギリシア・ローマ風の「黄金の蛇の腕輪」、「肘掛け椅子」なども出展されていた。こうした装飾品は、唯美主義の絵画空間を本来は飾っている付属物であるが、実際に実物を見るとあたかも絵の中から抜け出してきたような稀有な美的衝迫を秘めている。宝飾品は美を追及するものだが、その中でも特に唯美主義時代のそれらには特異な力が宿っている気がしてならない。
 今回の展覧会は、まさに上品で愛らしい三菱一号館美術館の建築情緒に相応しい秀逸な企画だった。

(2014/4/5鑑賞)




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