† 詩集 †

詩 『 波打ち際 』

盲目の少年「ねえ君、海が見えるかい?僕には永遠に繰り返す波の音と、海鳥たちの歌声しか聴こえないけれど」

車椅子の少女「ええ、私は海を見ているわ。貴方の暗い眼の代わりに、私は貴方に世界の美しさについて語る義務があるもの。尤も、私はこんな足だから、そんな世界を一人では歩けないけれど」

盲目の少年「いいかい、君と僕は二人で一つさ。僕の眼の代わりに君は世界を声で創造し、君の足の代わりに僕は世界を歩くことができる。どちらかが欠落してはいけないんだ。僕にとって君は僕以上に大切な存在なのだから」

車椅子の少女「でもね、貴方はそうやっていつも世界を前進しようと志向するけれど、いつか私たちには死が訪れるわ。どちらかが世界に取り残されて、歩くことも歌うこともできなくなってしまうのよ」

盲目の少年「ああ、君の言うとおりだよ。人間はいつか世界で一人になってしまうんだ。たとえ多くの仲間たちに手を繋いでもらっていても、人はたった一人で死を受け容れねばならない。人間は日常の中で死を忘れてしまっているのかもしれないね。誰にも平等に与えられ、望み、怖れ、さまざまな感情を呼び覚ますに死というものに」

車椅子の少女「私たちが幸福な老夫婦になって、こうやって夕暮れの海辺を歩きながら、静かに二人いっしょに死を迎えられたら、どんな幸せだろうって考えるの。こんな私、貴方は嫌いになるかもしれないってすごい不安だけど、私はいつまでも貴方の傍にいたい」

盲目の少年「僕はね、君が望む幸福をいっしょに分ち合いたいんだ。世界の果てまで、君の足でありたい。君は世界の果てまで、僕の眼であってくれるかい?」

車椅子の少女「もちろんよ。でもね、でも…、私、やっぱり生よりも死に魅かれてしまう。こんな私、大嫌いなはずなのに、もしも貴方がいっしょに死を選んでくれるなら、私は…。やっぱり、世界を自分の足で歩きたいのかな。貴方が傍にいてくれているのに、私はどうしてこれほど罪深いのだろう」

盲目の少年「僕もこの眼で見てみたいさ、花や草木や絵画や、星空、大地、それに君の顔を…。でもね、運命は僕に光を与えなかった。君の足がそうであったように。僕たちはしかし、不幸なのだろうか?僕はけしてそうは思わないよ。たとえ鈍い音だけが無限の暗闇の中で鳴り響く悪夢にうなされても、僕には君という光がいるのだから。ねえ君、僕がなにを愛しい君にいいたいかわかるかい?僕は君が大好きなんだ。離れられないほど、好きで好きで胸が焼けるほど」

車椅子の少女「私なんか、だめよ。本当に、私なんか…」

盲目の少年「君は他の者たちとは違う。君の形質は輝き、とどまることのない、輝きなんだ。君はすべての悲哀の輝きなんだ」

車椅子の少女「その言葉は…」

盲目の少年「ああ、君の大好きなボルヘスの詩さ。昨夜、ようやく点字用の本が届いてね、何時間もかけて心の中に彼の詩を刻み込んだんだよ。君のために。でも、今のは僕の言葉さ」

車椅子の少女「君の形質は時間、とどまることのない時間なのだ。君はすべての孤独な瞬間なのだ。貴方はあの美しい《魂》の詩を、私のためにやさしさを込めてアレンジしてくれたのね。ありがとう、本当に、ありがとう…。私、今貴方と《魂》で一つになれた気がする。ううん、きっと一つになれたの。貴方が欲しい。貴方が私を愛しいと思う何億倍も、私は貴方が大好きで堪らない」

盲目の少年「僕も君が欲しいよ。僕なんかには勿体ないほど、君は輝いている。でも、君のことを愛しいと強く思っている他の多くの男の一人で、僕は幸福なんだ。君はあの日彼等から薔薇の花束を貰っていたけれど、きっと天使のような君の笑顔と慈愛に男たちは虜になってしまうんだ。そして、誰よりも君を守ってやりたいと思ってしまう。僕は君の美しい笑い声を遠くから耳にしているだけで幸せさ。君が幸福でありさえすれば」

車椅子の少女「違うの、そんなこと…。私はあの日、薔薇の花束を手にしながら、心の中では泣いていたわ。あの人たちは、私を所有したいだけなの。私の車椅子を馬車に乗せて、両腕で私を抱きながら世界を疾駆したいだけなの。私が世界の美しさに涙を流している間も、あの人たちは違うところを見ているの。ねえ、私には貴方しかいない。貴方だけでいいの。私の《魂》は貴方の《魂》と一つなのよ。こうしてゆっくり黄昏の海辺で、私の足を支えてくれる貴方だけが、貴方だけが愛しくて堪らないの」

盲目の少年「今、どうして君のことを愛しているのかわかった気がするよ。君は似ているんだ。この僕と。純真で傷つきやすく、どんな幸せな瞬間でさえ急速に風化させて、孤独を連れてきてしまう…。ああ、愛しい君、君は誰よりも僕だったんだね」





※十代の頃の作品です。



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