† 展覧会 †

ジョルジョ・デ・キリコと「物」の知覚――キリコ展(パナソニック汐留ミュージアム)の記録

《噴水と邸宅の風景のある形而上的室内》(1955)
ジョルジョ・デ・キリコ《噴水と邸宅の風景のある形而上的室内》(1955)

 東京で十年振りに開催されている、二十世紀で最も重要で謎めいた画家ジョルジョ・デ・キリコの展覧会(パナソニック汐留ミュージアム)に訪れたので、その記録を残しておこう。
 今回、私がこれまで画集を閲覧していただけでは全く気付かなかったキリコの極めて特徴的な要素として、アメリカのポップアートとの相関性を挙げることが可能だろう。特にキリコが「イタリア広場」(初期の作品も、70年代の「燃え尽きた太陽」の出現した作品も)を描いた作品群における、その建物の色彩の単純性はポップアートのコミカルで強烈な原色性とけして程遠いものではない。

《燃え尽きた太陽のあるイタリア広場、神秘的な広場》
ジョルジョ・デ・キリコ《燃え尽きた太陽のあるイタリア広場、神秘的な広場》(1971)

ロイ・リキテンスタイン《赤い納屋Ⅱ》(1969)
ロイ・リキテンスタイン《赤い納屋Ⅱ》(1969)

 実際、アンディ・ウォーホルはキリコが作品を何度も「変奏」(それはしかし、完全なコピーではない)し続けている行為を絶讃しているが、ここには単に方法論がウォーホルに近いというだけでなく、その色彩感覚に対してのシンパシーも働いていたのではなかったろうか。
 ウォーホル、ハミルトン、リクテンスタインなどの「第一ポップ世代」については、ハル・フォスターによる詳密な研究が知られているが、特にその中のリチャード・ハミルトン論は、今回のキリコ展と関わるところが大きいだろう。彼らは単なる一個の「商品」を無数に陳列したり(ウォーホル)、掃除機や電化製品と人体が融合したような作品を描き出しているが(ハミルトン)、そこから可視化してくるのは我々が生息するこの資本主義社会の産業構造であり、そこでの「習慣」である。実は、こうした産業機械を従来とは異なるコンテクストに挿入する方法は、キリコが主に1970年代以降の作品群で展開しているものである。
 例えば、《太陽の寺院》(1971)でのキリコは「太陽」と「燃え尽きた太陽(太陽の死骸、その黒い影)」を描き、双方をなんと「コンセント」で接続しているのだ。また、キリコが書いた小説『エブドメロス』を主題化した絵画《エブドメロスの帰還》(1969頃)では、水ではなく工場施設の内部をうねうねと走る「ベルトコンベア」のような浴槽に浸かる古代的な人物が描かれている。要するに、70年代のキリコはいよいよポップアートとの親和性を増していくのであり、そこでは随所に産業資本主義的な要素が「デペイズマン」の手法によって挿入されているのである。

谷間の家具
ジョルジョ・デ・キリコ《谷間の家具》(1966)

 周知のように、キリコが先鋭化させたシュルレアリスムの方法論として知られるdépaysement(デペイズマン、原意は「異郷の地に送ること」、転じて「物」を通常とは異なる奇妙な文脈のもとに配置する方法)が駆使された代表作として知られているのは、《谷間の家具》(1966)である。この作品は確かに、一見関連性を持たないかに見える家具、彫像の断片、神殿、白馬などが無味乾燥とした砂漠に設置されている。だが、これらがキリコの人生において何か非常に強い「想い出」の宿った物体であることは明らかであろう。私が画廊でこの絵を見つめている時、「物」はデパートに並ぶ美しい商品として知覚されていたのではない。ここに描かれた「物」は、初めは商品として購入されたが、いつの間にかその「物」と過ごした「時間」の堆積が皮膚のように覆い被さり、所有者の「分身」と化した物たちなのである。つまり、キリコは「物とは、いったい何なのか?」という問いについて、絵画制作を通して哲学しているのであり、これはエクリチュールの作業によっては到底代理できない絵画の特権を形作っていると言っても過言ではないだろう。「物」を、経年変化(傷み、凹み、埃など)も含めて丁寧に描き込み、それらを絵画という「箱」の中に封入すること――こうしたキリコのオブジェ愛は、どこかジョゼフ・コーネルの軌跡を我々に想起させはしないだろうか。キリコにもコーネルにも共通して流れているのは、自分のごく身近にある「物」、あるいは自分を形作る上で重要になった記憶の「風景」を、何度も、多種多様に「作り直す」という行為なのだ。そこに、我々は芸術家の「生き甲斐」を読み取ることができるだろう。
 キリコの絵画世界は、オブジェ愛に溢れている。最も象徴的な例が、やはりあの「マネキン」シリーズだろう。画家はこれを平面化するだけでは飽き足らず、実際に彫像化してもいる。キリコは「物」に、おそらく「自分」らしさの断片を繋ぎ合わせて再構成しているのであり、そうして誕生するこの世界で唯一の「物」たちに、ある種の神秘を感じていたのではないだろうか。彼の関心は「裸婦」でも「風景」でもなく、実は身の周りにいつの間にか集まっていった「物」たちなのだ。
 今回の展覧会では、キリコの「メタフィジカ(形而上絵画)」以外に風景を描いたものとして、《赤いトマトのある風景》(1958)、《田園風景のなかの静物》(1943-48頃)などが展示されているが、これらの作品では従来の風景画とは一風変わって、近景にあたかも「人物」のように「静物」が置かれている。こうした「風景静物画」も、キリコの「物」への信仰心を示した知られざる作品群である。また、キリコが描いた肖像画の方法として特徴的なのが、double portrait(二重肖像画)である。この形式の肖像画では、描かれたもう一人の人物は画家の「分身」的存在として解釈され易い。その他、デッサンである《ネメシス》では、街の上に覆い被さろうとしている女神の姿が幻想的に描かれており、数多くあるデッサン群の中でも一際印象的だった。
 さて、ここで我々は今回の展覧会で得られたキリコ的手法の要諦項目を、以下のように大きく分けて三つに整理しておくことが可能だろう。

⑴デペイズマン
⑵自作からの引用とヴァリエーション(変奏)、再-創造
⑶「マネキン」、「馬」、「太陽」、「塔」などの同じ対象の反復



 特に印象的なのは、やはり自分が今まで描いた全ての作品を「描き直す」という反復的な作業への没頭である。これはもしかすると、彼が青春時代に心酔したニーチェ哲学におけるewig wiederkehren(永劫回帰/特に、ドゥルーズのいう「変身」としての「反復」)の残響として解釈することができるかもしれない。
 このように考えてみよう。「僕は昨日、キリコ展へ行った」。この時、彼は展覧会で何かを感じ、考え、あるいは触発されたことだろう。だが、キリコ的に考えれば、同じ展覧会でも常に無限数の異なる展覧会を孕んでいるのではないか。昨日行ったとしても、半月後に再び訪れた時には、また何か異なる発見があるだろう。「反復」にはこのような「微分化」の魅力がある。少しずつ変容しながら、キリコは「自分とは何者なのか?」を際限なく探究していたのかもしれない。



 
【パナソニック汐留ミュージアム周辺】


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(2014.11.17鑑賞)








 
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