† キリスト教神学 †

カトリック東京カテドラル関口教会「主の降誕のミサ」2014年12月24日の記録

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 12月24日、私と彼女は東京で最も大きなカトリック教会であり、世界的な建築家丹下健三氏が設計された東京カテドラル教会を訪れた。このサイトを読んで下さっている方であればおそらく御存知だと思われるが、私は二十一歳の時に大阪のカトリック教会で洗礼を受けた。洗礼名は「洗礼者聖ヨハネ」で、これは彼の祭日が私の誕生日に近いことと、私が兼ねてからヨハネについての記述に多大な関心を寄せていたことを受けて、洗礼志願期間中に要理担当役をして下さっていたカルメル会のSシスターとの相談の末に決めたものである。
 このSシスターという素晴らしい修道女に、私はあたかももう一人の母親から教わるかのようにカトリックの手解きを受けた。Sシスターは何事もポジティブに捉え、常に物事の良いところ、明るいところを見ておられるような、そんなカルメル会シスターだった。彼女は私によく、カルメル会の黙想会に行こうと誘って下さった。一度、二人で京都のカルメル会修道院を訪れることになった日も、Sシスターはミサ後に私の分のランチまで手作りで準備して下り、その後は二人で電車に乗って京都の修道院へ向かったのだった。その際、私は修道院まで向かう途中のバス停留所の前で、以前から聞いてみたかったことを質問したのだった。
「シスターはどうして修道女になられたのですか?」
 今にして思えば、この学生特有の不躾な問いにも、シスターはいつもの微笑みを絶やさずに寛容に応えて下さった。
「何か辛いことや哀しいことがあって、だからシスターになろうと思ったわけではないんですよ。私の場合、召命があったのです」
 この時、シスターが口にした「召命」とは、いわば「神に招かれている」こと、つまり聖職者になるようにイエス・キリストから内的な促しを受けていることを意味している。Sシスターが洗礼を受けられたのは二十歳であり、私が一つ上の二十一歳であったから、この当時のシスターが「神に招かれている」と感じていた感覚の一端を、私は少なくとも敬愛の念を込めて受け取ることができた。シスターは、私と同じようにカトリックの世界に憧憬を抱かれていたのだと思う。彼女の父親も事業を展開しておられて、信仰を持ってはいなかったという。いわば、両親が信徒ではない点でも、Sシスターは私に共感して下さっていたのかもしれない。実際、私は本当にSシスターから、「実の孫」以上の愛情と優しさを与えられたのだった。その至福の洗礼志願期間は、今でも私の人生の中で「永遠」のような輝きを帯びている。
 このような素晴らしいシスターとの出会いもあって、私は二十一歳の時に無事、洗礼を受けることができた。それから数年が経過し、私は大阪から東京に引越して、恋人と二人暮らしを始めた。2014年という一年は、まさに私と彼女が同棲生活を始めた、最初の年である。
 新しい街、新しい職場、そして新しい部屋……。全てが新しく、あたかも私という存在の内から、もう一人別の人間が殻を破って生まれてきたような、そんな鮮烈な感覚に満ちた新生活が始まった。やがて仕事も少しずつ慣れ始め、安定してくると、相乗効果のように精神も穏やかになってくる。最近の私は、執筆や読書よりも、むしろこうした「日常の平安」にこそ価値を見出していたように感じる。
 そして季節は冬になり、この12月24日、世間ではクリスマス・イヴと呼ばれる日に、私たちは日本でも最高の教会と称される東京カテドラル関口教会のミサへ赴いたのだった。

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 実は今、これを綴っているのは、12月24日である。そう、私はミサから帰宅して、その昂奮も冷めないうちに、感動したことをどうしても言葉で表現しておかねばならないと感じたのである。この日、関口教会の前は、既に警備員が数名出動するほどの長蛇の列ができていた。私たちが参加したのは午後7時からのミサだったが、既に30分前の段階で、今までのミサの経験では考えられないほどの大勢の人々が、教会に押し掛けていたのである。私はまず、この「教会の人気ぶり」に新鮮な悦びを抱いた。ヨーロッパでも昨今、「若者の教会離れ」などということが嘆かれていたはずなのに、ここ東京の関口教会では、少なくともクリスマスは圧倒的な人気ぶりを見せていたのである。それも、集まってるのは年配の方よりも、むしろ若い男性、女性が非常に多いのだ。私にとっては画期的なほど、関口教会は活気付いていたのである。この事実、この「教会でイヴを過ごしたい」という人々の気持ちの高まりに、私は素朴な感動を覚えた。

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 丹下健三氏が設計したことで名高い関口教会の聖堂内部。コンクリートの打ちっぱなしの三角錐状のスタイリッシュなオプスである。静寂な空間でありながらも、極めて洗練されたモダニズムの息吹を感じた。

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 典礼では、第一朗読が『イザヤ書』9.1-3,5-6で、第二朗読が『使徒パウロのテトスへの手紙』2.11-14だった。朗読して下さった方も、おそらく何度も事前に練習されたのだろう、信仰心が宿った声だった。 司祭様の朗読場所は『ルカによる福音』2.1-14だった。日本では「クリスマス」というと煌びやかで楽しいイベントという受け取られ方だが、実は「人類の貧しさを神と共に担う」ことを感謝することにこそ、クリスマスの本質があると述べられていた。また、幼子イエスについて、「無力」、「謙遜」などの特徴を挙げつつ、神が自ら最も貧しい場所に生まれることを欲し、また最も痛ましい受苦を担うことを欲したことを示唆された。更に司祭様は、乙女マリア様の許嫁であったヨゼフ様の「不言実行」を褒め称えられた。彼の言葉は聖書に残ってはいないが、ベツレヘムから馬小屋へと渡る道中でマリア様の身体を守り抜いたのは、他でもないヨゼフ様だった。 司祭様の御話は降誕祭に相応しく、素晴らしい内容だった。
 聖体拝領について、ここで綴っておきたいことがある。これは、洗礼を受けている信徒は「キリストの体」であるパンをいただき、まだ洗礼を受けていない方は祝福をいただくという、ミサでも最も重要な瞬間である。今回、私は聖体を聖堂の中央に立っておられる司祭様からいただくことができた。私の後方には多くの人が、やはり祝福を求めて並んでいる。いざ司祭様から聖体を受け取り、「アーメン」と唱え、口にした瞬間、私の中で実に不思議な感情が芽生えたのである。それは、「懐かしさ」であった。そう、私は東京に越してきてからというもの、忙しさの中でなかなかミサに参加することができないでいたのである。聖体の味は、まさに私が熱心にミサへ通っていた時代を呼び覚ましたのだ。それだけではなく、聖体が私の舌の上に乗り、ゆっくりと身体に浸透していくにつれて、「不可視の御守り」が内に芽生えたような満足感を覚えた。この「不可視の御守り」というのは、けして目に見える御守りではない。それはまさに、心の中に根付くものとして、私に与えられたのである。
 聖体に、このような神秘的な力が存在していたことに気付き、私は悦びに震えた。私たちは普段、数知れない「物」に囲まれて暮らしている。「物」は確かに私たちの精神に一定の満足感を与えるだろう。だが、「物」が精神と深く繋がり合っていなければ、それは実際にはその人の所有物とはなりえない。単なる置物とか、他に取って代わられるものだからだ。だが、聖体というのは、初めは確かに「食べ物」として存在しているのだが、それを口にすると、まことに不思議な変化を感じさせるのである。それはいわば「キリストに抱き締められている」という感覚、いわば慈愛の塊のようなものである。「キリストの体」は教会そのものであり、世界中の信徒の総体でもある。いわば、単なるひとつの部分、破片に過ぎないパンによって、世界中の信徒に分有された「大きなパン」と一体になるような感覚である。
 こういうわけで、聖体拝領には、神学的にも極めて奥の深い意味が込められている。私と彼女は、この日、こうして祝福に与ることができたのだった。これは、これからも日々を生きていく上で必要不可欠なものであり、この日はその礎を与えられたのであった。

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 この写真は、私ではなく彼女が撮影してくれた貴重な一枚。というのは、ミサ後はこのキリスト降誕を象ったミニアチュアの飾り物の前に数知れない人が集まっていたからだ。なんとか最前列にまで辿り着いた彼女が、記念に撮影してくれたものである。降誕祭に見るだけのことはあり、東方三博士の一人の表情一つ取っても、独特な温かみが伝わってくる。

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 皆が聖歌を声を揃えて唱え、「グロリア」がパイプオルガンに乗って響き渡りました。

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 カテドラル全景。夜は特に硬質な品格を感じさせる。実はクリスマス・ミサに参加する前まで、洗礼を受けた身でありながらとても緊張していた。だが今は聖体をいただき、彼女も祝福を受け、とても満ち足りている。

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 サーチライトを浴びて、あたかも宙空に現れたかのような光の十字架。

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 教会の敷地内には、聖ベルナデッタのルルドの泉を記念した祭壇が設けられていた。おそらく泉の聖水が祀られているのだろうか、前列では熱心に祈りを唱えている女性もいた。

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 この洞窟の聖母像は、おそらく聖ベルナデッタに現れた聖母様だろう。何か不思議な温かみと優しさが周りの空間に充溢していた。


【今年の降誕祭で感じたこと、考えたこと】


 以前から私が感じていたことも踏まえて、降誕祭の後に今、考えていることを綴っておこう。私たちの周りには、様々な信仰を持った人がいる。だが、その中でいったいどの教えが、あと千年先、二千年先も残っているだろうか。中には、自分勝手に様々な伝統宗教の教義をパッチワークして、傍目からは奇妙にしか見えない「擬似宗教」を作って満足している人もいたりする。だが、そのようなものに限って、非常に少ない一部のメンバーにかろうじて支えられている程度である。語り方が極めて特殊であったり、自分だけの世界に没入してしまうようなタイプの救いなどというものは、その人個人の思想であって、真の宗教ではない。
 カトリックには、二千年の歴史の中で培ってきた様々な伝統がある。時代、国家を越えて語り継がれ、信じられている普遍的なものがある。そして、どの普遍的な宗教もそうだが、そこには「万人に伝わる」という共通項がある。私がキリスト教を愛するのは、この「万人に伝わる」という点で、最も配慮が行き届いているためだ。例えば「祈り」一つ取っても、そこには誰でも読める言葉遣いで、実に深い教えが反映されている。
 二十一世紀の今、日本では何を信じ、何を人生の支柱にしていけば良いのか判らずにいる人が多くなっている。そして、この事態に拍車をかけるかのように、独善的で閉鎖的な、まともな宗教施設も聖典も何もない「擬似宗教」が跋扈している。こうした教えは、時代が変わればすぐに消えてしまう。それは歴史が教える通りである。だからこそ、我々には今、本当に困った時、本当に人生に思い詰まった時に「寄り添える思想体系」が必要なのだ。騙されないようにしよう、偽りの真理を説いている人々に。そして、時の浸蝕に耐え抜いてきた歴史的な聖典を、もっと大切にしよう。
 全ての孤独は、自分で発明したその思想が、ただ自分をしか救えないという哀しみにこそある。換言すれば、自分一人しか満たせないことを自覚できる限りで、その思想の限界性は自ら認知されているのだろう。真の宗教は、もっと圧倒的な「救済の感覚」を呼び覚ますものである。私の場合、その支柱となるものが十代の頃に発見できたという点が、いわば幸福であった。
 カトリックの教えには、真理の全てがある。私はナーガールジュナや老子の思想などにも触れたが、そこにあるのは全て、イエス・キリストが説いていることである。そして、これは詩人W・B・イェイツも述べていたように、「葉は数あれど、幹は一つ」なのだ。私たちに今、必要なのは、この「幹が齎す安心感」なのである。そして、この安心感は、カトリックの教えにこそ存在すると、私はこれからも信じ続けるだろう。それを今回の関口教会での降誕祭が、私たちのために証明したのである。




 
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