† 美学 †

Der ich bin, das wirst du(我がある如く、汝もかくなるであろう)、ヨーロッパにおけるトランジ像(腐敗屍骸像)について――キャスリーン・コーエン『死と墓のイコノロジー』

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Transi de René de Chalon 22 Ligier Richier 1547" border


memento mori(死を想え)はなぜそう呼ばれるか?

 ヨーロッパに古くから存在する格言にmemento mori(死を想え)という表現があるが、この思想的背景を考える上で重要なのがtransi(トランジ)である。トランジ像とは、14世紀末から17世紀にかけて北ヨーロッパで制作され始めた「墓の様式」である。ちなみに、トランジ像は日本語では「腐敗屍骸像」と訳される。元々この言葉の原意は、フランス語のtransir(通り過ぎた、死にゆく)にあるとされる。つまり、死亡してだいたい三日ほど経過した状態を意味する言葉である。トランジ像には様々な形態が存在するが、ドイツ、オーストリア圏では「蛙や蛇に覆われたスタイル」が多かった。イギリスでは「痩せ衰えたスタイル」で制作されることが多い。また、まだその人が生きている当時の姿を反映した「生者像」と「死者像」を対比的に並べるタイプも存在している。

Effigy of Francois I de la Sarra d 1363 Chapel at La Sarraz
Effigy of Francois I de la Sarra d 1363 Chapel at La Sarraz

 いったい、なぜこのような像が制作されたのかといえば、それは生者に対するmemento moriを基調とした教訓にあるとされる。そして、トランジ像の歴史的背景には14世紀半ばから16世紀を通して頻繁にヨーロッパを恐怖に陥れた「ペスト」とその不安に由来すると考えられている。興味深いのは、こうした病が「人間の罪を罰するために神が課したもの」と、当時の聖職者たちによって考えられていたという点である。

Louis XVI and Marie Antoinette
Louis XVI and Marie Antoinette

 トランジ像には生者に戒めを与える独特な言葉が刻み付けられている場合が多い。その後のトランジ像の銘句の起源になったと考えられている13世紀後半に北フランスで著された詩集『三人の死者と三人の生者の賦』には、以下のような印象的な言葉が刻まれている。

Tel seres vox et come ore estes fumesia (かつて私はあなた方のようであった、そしてあなた方はいつの日か私のようになるであろう)(p26)

Der ich bin, das wirst du(我がある如く、汝もかくなるであろう)(p71)


 こうした銘句の独特な無常観、現世的俗物主義への戒めは、伝統的には旧約聖書の『シラ書(集会の書)』の十章九節から十一節に由来している。また、西洋絵画における「死の舞踏」、「死の勝利」などの画題とも主題的に相関している。思想的には、Vanitas Vanitatum(空の空)について語った書である『コヘレトの書』とも通底しているだろう。
 15世紀に著されたドイツ語版『往生術』の冒頭にも、トランジ像に影響を与えた以下のような銘句が存在する。

Gedennckh in all deiner werckenn dein lectze zeit so wirstu nymer ewiglich sundenn(いかなる行いにも心して汝の最期の時を思いなせ、さらば断じて永劫の罪を犯すことなからん)(p57)

 
 イギリスで最初のトランジ像と解釈されているのは、1414年に召されたカンタベリーの大司教ヘンリー・チチリの墓である。この墓の底辺にも、先述したタイプと同じ以下の言葉が刻まれている。

我、貧しく生まれ首座大司教に昇りしが
今や命を失い、蛆虫の餌となりゆかん。
我が墓を見よ。
ゆき過ぎる者誰なりと、汝、思い致すべし。
死して後は我のごとく相ならん。
すべておぞまし、塵芥、蛆虫、卑しき肉塊。(p16)



 また、14世紀のドイツの初期トランジ像にも、このような銘句が彫られている。

私があるごとく汝はなりゆく。
何故、汝の美を、知恵を、権勢を誇るや。
(すべては)塵と灰(に過ぎぬものを)。(p24)



 


「参考文献」


死と墓のイコノロジー―中世後期とルネサンスにおけるトランジ墓死と墓のイコノロジー―中世後期とルネサンスにおけるトランジ墓
(1994/07)
キャスリーン コーエン

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