† マルセル・プルースト †

『ジャン・サントゥイユ』に描かれたプルーストの生誕地ベグ=メーユの海辺について

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フランス、ブルターニュ地方、ベグ=メーユの浜辺

 若きプルーストの『ジャン・サントゥイユ』には、『失われた時を求めて』にも受け継がれていく叙情的で牧歌的な美しい自然描写が描かれている。とりわけ特筆すべきなのは、ベグ=メーユ(beg meil)の半島における「浜辺の読書と安逸――月の光」と題された海辺の描写ではないだろうか。このベグ=メーユという土地はフランスのブルターニュ地方の小村であり、作家プルーストがこの世に生まれた地である。それだけでなく、実はこの『ジャン・サントゥイユ』という作品自体が、「作家C」の自伝的小説という形式を採用したメタ小説的な構造を持っており、彼がその作品を書き始めたのが1895年の9月、このベグ=メーユの地においてなのである。つまり、ベグ=メーユという田舎の村こそ、まさにプルーストにとっての精神的な意味も込められた「故郷」なのだ。(引用は全て筑摩書房版『プルースト全集』に拠る)

 たらふく昼食を取ってから、ジャンとアンリは本を持って、浜の西側から始まる小さな砂丘に寝そべりに行くのだった。彼らはそこに横になる、けれども、時々長いあいだ本を読もうともしないことがあった。互いに気がねなく読書に没頭しようと、二人は少し離れた所に場所を占めるのであったが、砂丘の起伏のために、また砂の上にはただ空と海と絶えず飛翔を続けるかもめの姿しか見えないので、二人はそれぞれ自分が全人類から隔絶されていると信じ込むこともできるのであった。…ジャンは毎日のように同じ作品を携えて行った。やがてそれは二巻目になり、ついで三巻目になった。彼はパリに手紙を書いて、同じ作者の他の著作を送ってくれるように、また作者の生涯に関して何かを教えてくれるようにと頼んだ。(12巻、p122)


 ここに登場している少年アンリはジャンの親友のクラスメイトで、本名はアンリ・ド・レヴェイヨン、父は公爵である。ちなみに、ジャンが浜辺に携えて行く本というのは、『宝島』の作者スティーブンソンの作品である。これが実際のプルーストが読んでいた本とは一致していない可能性があるが、むしろ一致していない方が、つまり『宝島』の作者である方が、いっそうこの場面の「童心」を鮮明に映し出すのではないだろうか。

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フランス、ブルターニュ地方、ベグ=メーユの浜辺

 少年時代のジャンの読書遍歴についても本作では細やかに綴られている。ジャンの母はラマルチーヌの「みずうみ」を勧めたりするが、ジャンはむしろヴェルレーヌの「都に降る如く、我が心にも涙降る」を好むような感傷的な少年であった。アンリ四世中学校時代になると、ヴェルレーヌだけでなく、パルナス派の詩人ルコント・ド・リールに耽溺するようになる。ルコント・ド・リールについては、「人生が夢であり事物が虚無であることを目覚ましい力で語る」という評をジャン自身が与えている下りもある。しかも作中のジャンは、将来書き上げられるであろう自分の全著作の冒頭に以下の言葉を刻むつもりだったというから、その傾倒は特筆すべきである。

なぜなら生きるとは既に虚しいことだからである。またしても無限の空間の方に屈みこんで眩暈を起こさぬようにと、彼は詩の中ではそのことを語るまいと思ったが、しかし未来の彼の著作がどれほど純粋に造形的なものであろうとも、自分の全著書の冒頭に次のように記そうと決意したのであった、「この書物の著者は、フランスが彼より千倍も大きく、ヨーロッパはフランスの百倍も大きく、また太陽は……、ということを考えた挙げ句に……、この書物の著者は今や全てが虚しく、この書物も他の諸々のものと同様に虚しいことを知っている。とはいえ人は生きねばならず、想像力を有する者は書かねばならないから、作者は先に進んで行くのである。」と。その後、ルコント・ド・リールの、

古代の生活は尽きることなく
空しい外観の、終わりを知らぬ渦巻きより成る。

     『悲劇詩集』中の詩篇「ラ・マヤ」より

 この詩句を読んだジャンは、彼の著書の冒頭にこれを記し、その下にただ次のように書いておこうと決心した、「この書物の著者は、全てが虚しいことを知っている。だが……」(11巻、p314)



 その他、ラシーヌの『フェードル』、ラ・フォンテーヌの『寓話』、コルネイユの『シンナ』など、多くの古典作品にも慣れ親しむようになっていく。教師からの影響面では、最も尊敬しているブーリエ先生の考え方、言動に共鳴するようになる。「精神の高さは地位の高さとは無関係である」という言葉にも見られるように、彼は財産や外見では人間をけして評価せず、事物の本質的な非実在性にも気付いている聡明な教育者として描かれている。
 センチメンタルで繊細、そして厭世的な詩人を好むジャンだったが、一方でプルーストは以下のような印象的な描写も残している。これは「時間」、とりわけ未来に属する「明日」の時間について希望的に綴った箇所である。

そして子供は、「今日」のうちに何一つ見つけられなかったからといって悲しむこともない。「明日」があるではないか。彼の眠っているうちに、まだすっかり包み隠された「明日」が、もうそこに置かれているではないか。それはちょうど元日の朝、ランプに照らされて、紐のあいだにカードの挟まれた大きく神秘的な贈り物が彼を待っているようなもので、彼は誰よりも先にその紐を解き、それを眺め、それに触れ、喜び勇んでそれを持ち去ることができるのだ。「明日」は彼にとって、永遠にまで広がっている一世界のように見えるのであった。けれどもその「明日」が「今日」になった。すると、あの新たな「明日」が新しい世界となるのである。(11巻、p330)

 
 次に、農園の場面に触れてみよう。ここでも、以下のような煌めく抒情描写が特徴的である。

「小さな松林――林檎の木の下の農園」

小さな林に着いた時、ジャンとアンリは、もう風を感じなくなっていたのである。二人は互いに相手の邪魔にならぬよう、かなり離れたところに陣取った。そして事実、二、三分もすると、アンリはもう自分がどこにいるのかも忘れてしまう。その時ジャンは、まだ座る場所を探しながら、本を読み始めてもいないことがしばしばであった。軽やかな風の息吹以外に何も感じられなくなった二人の耳には、絶え間のない風の囁きが、まるで波の音を聞くように響いていた。そして顔を上げるたびに、ジャンは眼の前に、宏大な空を見るのであったが、それは果てしのない海のように静かで蒼々としており、近くに聞こえる囁きにも関わらず、遠くの方は穏やかに凪いでいるのだった。…やがて疲れを覚えて、本を置くと、読書によって一つまた一つと彼の内部に浮かび上がってきた思想に、太陽の光が射し込んで来て、それを輝かせるのであった。風もまた、あらゆるものに刻印する軽い動揺によって、何の努力をするまでもなく、それらの思考をいっそう早く動かしていく。ジャンには、それが逃れ去っていくように感じられるのであった。(12巻、p288)



二人は葡萄畑のあいだを抜けて降りて行くのだったが、燦々と太陽を浴びて輝いている葡萄畑には、ジャンと同じに歓喜が染み通っていた。こうして彼らは農園に着く。すると、太陽に愛撫されているその農園の石段は、ジャンの微笑に微笑でもって答えるのであった。それから二人が林檎の木陰で飲み物を摂り始めると、今はもう実をつけている林檎の木は、春の花こそずっと以前に散っているものの、未だにその繊細な枝々の優雅な絡み合いの中に、春に備えていた魅力の何ほどかを留めており、それが青春を思わせるのであった。(12巻、p289)


 『ジャン・サントゥイユ』には、ジャンを中心にした生活風景の他に、語り手自身の思索、内省も断片的に挿入されている。このような「描写」と「思索」が交互に、あるいは溶け合って展開されるスタイルは『失われた時を求めて』にも採用されている。

結局のところ、我々の思考の節度においても、我々の肉体の健康法においても、善ないしは幸福の探求に関しても、友人なり愛人なりへの信頼、または一つの目標を信ずる場合でも、我々は常に信仰と懐疑のあいだを揺れ動くものである。あるいはむしろ、その二つを同時に感じるものである。おまけに我々は、今まさに人生を失敗しつつあるのかどうかを、けして知ることがない。とりわけ働くという点で我々は誰しも、無意味で馬鹿げた仕事のために一生涯働き続けた『ミドルマーチ』(ジョージ・エリオット作)のカソーボン氏(牧師)に、いくぶん似ているものだ。…おそらく、我々が信仰を抱くか、ないしは懐疑を持つかは、我々の思想の価値や重みを表明しているのだろう。また、我々が物を書き終わってから、がっかりしたり、満足したりするのは、我々が作り上げたものの価値を示しているのだろう。(12巻、p285)






「参考文献」


楽しみと日々/ジャン・サントゥイユ 1  プルースト全集 11巻楽しみと日々/ジャン・サントゥイユ 1 プルースト全集 11巻
(1997/02)
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