† 神秘主義 †

幽霊学のための基礎概念

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【黒澤清はなぜ「幽霊」をモチーフにしたのか?】


黒澤清の心霊主義を基調とした作品はどれも傑出した魅力を放っている。
黒澤清もその映画観で、「人間存在そのものが既にして幽霊的である」という趣旨を伝えているように、ホラー映画が逆説的に日常生活の本質を「曝け出す」ということはあるのかもしれない。
『降霊』は、霊媒師としての力を持つ女性の社会的野心が、ほんの心の隙として引き起こす一連の怪奇現象を描いている。
やはり注目してしまうのは、『回路』や『CURE』、『叫』でも登場したタルコフスキー的な廃墟という舞台仕掛けである。
『降霊』でも霊媒師の女性は、まるで何らかの異界と交信しに行くかのように「少しだけ時間をちょうだい」といって廃墟へ向かう。
廃墟と幽霊――デリダ的なエクリチュールの舞台であると同時に、心霊主義的な温床である。
私はチープな心霊映画を評価しない主義だが、黒澤清の描く心霊現象は極めて心理的な恐怖を誘う。
幽霊や妖怪についての近年稀に見る総合的研究である諏訪春雄学習院大名誉教授の『霊魂の文化誌』によれば、「幽霊」とは、人間存在が死後、肉体は滅んだが霊魂だけ「他界」から通路を媒介にして現世へシンクロしてくる、そうした現象一般を意味している。
日本の幽霊が往々にして、「トイレ」や「井戸」や「山中」に姿を現すのは、「他界」が地下や天上(山は他界信仰においては天上へ最も近い通路であるとされた)と結び付いて信じられてきた伝承に基いている。
だが、諏訪氏の研究は「廃校」や「廃墟」に現れる幽霊が、一体何の信仰を土壌にして生み出されたのかはテーマにしていない。
よって、このテーマは「都市の中の幽霊」を考える上で、比較的新しいメッセージを放つ可能性を持つのである。
廃墟は、ある建物が時間によって侵蝕され、同時に無人化した状態である。
おそらく、廃墟そのものに霊が宿るというよりは、昔そこで起きた変死や異常死などによって「他界」へ去った死者の「霊」が、その土地に深く残存するという類型的規範に基くのであろう。
ゆえに、廃墟そのものは無害である。
害があるのは、何らかの建物で人間が異常死し、肉体から「霊」を突然乖離させることの「無念」から生成する「怨霊化」である。
廃墟になるのは、こうした事件による結果であるので、もし特に理由もなく使用されないだけの廃墟があるとすれば、そこに怪奇現象が起きるということは、「幽霊」についての伝承から導出される一般規則に基く限り、皆無であると断定できるのである。
ただし、もしも特定の人物に執着し、場から場へと絶えず移動する幽霊であるとすれば、無害であるはずのある空間が、悪霊の巣窟となることはあるのかもしれない。
いずれにしても、平安時代には平安時代の幽霊が、江戸時代には江戸時代の幽霊が、現代には現代の幽霊が存在し、それらには時間軸に関わり無く、何らかの「一般規則」が見出される。
これによって、初めて多くの幽霊現象を「分類する」という学問的意義が生まれるのである。
そこから、「幽霊」というものの特質に何らかの共通項が見出せるはずである。
繰り返しになるが、諏訪氏の大著の成果はその解明にあり、そこで幽霊は、「人間」が死後、「他界」から現世にやって来た存在として把握されている。
妖怪が自然現象の神格化であり、「異界」に属するのに対し、幽霊はあくまでも一個の人格を有する人間存在の「何らかの不幸な死」が引き金となって現世に霊を痕跡化させたものとして定義することができるのである。

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「幽霊」について仔細に分析するためには、日本人が古来より持つ「他界信仰」(死の国)がどのようにカテゴライズされているのかを知ることが重要である。
以下の六つは、諏訪氏による「他界」の六分類である。

1 地下他界
2 海上、海中他界
3 天上他界
4 山上、山中他界
5 東方他界
6 西方他界

1は、死者は地下にある黄泉の国(根の国)へ向かうという信仰に由来する。
2は、常世の国や、わたつみ、かわたつみの宮などと呼ばれ、他界は海上か海中に存在しているとされた。
3は、高天原に代表される。
4は、死者の霊魂は山のような高い所に向かうという信仰に由来する。
5は、太陽の昇る方角に死者の国を結び付けた信仰に由来する。
6は、5と同じで太陽信仰に基く。



こうした他界信仰は、その葬儀形態と密接に関与する。
例えば「精霊ながし」に代表される「舟葬」は、明らかに2に基く。
遺骨や遺体を樹上にかけておく「樹上葬」は、山上、山中他界に由来している。
これら1~6は、全て古代の日本人が持っていた他界信仰の分類であるが、共通しているのは、「他界は現世と交通可能である」という概念である。
すなわち、現世という世界を一つの円として図式化すると、遠くに他界という円が描かれるのではない。
現世という円と、他界という円は交わるのである。
その接する面が、いうなれば「メディウム(媒介)」となるのであり、シャーマンは「憑霊」によってこのメディウムそのものとなるわけだ。
『降霊』で主演の女優が演じた霊媒師は、この「憑霊」を行い、霊を可視化する力を持つので、分類すれば「シャーマン」ということができるのである。
繰り返すが、現世と他界は、古代においては「交通」し、おそらく接している面もより大きかったと思われる。
現代ではこの面自体が急激な都市化とネット社会による高度な仮想化により、萎縮していると考えられるが、中には未だに本来日本人が備えているべきシャーマン的特質を宿している人間がいるのである。
『降霊』にせよ、同じ黒澤の短編作品『木霊』や『廃校綺談』に登場する、「霊感の強い少年少女」たちは、こうした古代のシャーマニズムのコンテキストから捉えなおすべきである。

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我々にとって、最も恐るべき謎、最も好奇心を誘う決定的な点、それは「幽霊の可視化」の問題である。
このテーマを哲学的に徹底的に摘出した最初の哲学者は、無論現象学の創始であるエドムント・フッサールである。
彼は、特に『イデーン』において、「虚構的直観」による「空虚な実在X(=幽霊)」の存在の「明証」プロセスを圧倒的な厳密かつ論理的な考察によって分析し尽した。
デリダが「幽霊」をテーマ化する礎石は、フッサールが既に蒔いているわけである。
さて、シャーマニズムの文脈から、我々は「霊魂の可視化」という究極のテーマについての道筋を示すことができる。
それは、すなわち「夢」である。
東アジアで活躍するシャーマンの大半が、「夢」による啓示を得たことをイニシエーションと捉えている。
「夢」は極めて重要な、「幽霊の可視化」の核心である。
夢枕に立つという表現が示唆するように、我々は「霊」の存在を、人類史のその黎明において「夢」の中で可視化したのである。
死んだ人間と会話できるのは、「夢」の中だけである。
いかなる科学者であれ、数学者であれ、論理学者であれ、自分の「夢」まで論理的な整合性を得たものとすることはできない。
「夢」は、いわば「異界」や「他界」との、第一のメディウムなのだ。
「夢」で得た霊的存在とのコンタクトを、実際に現実で起きたこととして把握し、その意味を霊的に受け止め、かつ思考することが重要である。
黒澤清の作品が持つ上質な心霊主義的傾向は、日本人の意識の古層に眠っている「異界」や「他界」との繋がりを想起させる、ある種の大いなるデジャ・ヴュとして機能するのである。


【豊島与志雄の知られざる怪談文学「都市の幽気」とは?】



豊島与志雄は小説「都市の幽気」の中で、山には山の、村には村の、都市には都市それぞれの「幽気」が存在していると語っている。
これは「場」に、それぞれの霊的な力が働いているという、明らかに心霊主義的な発想である。
実際、この今はほとんど注目されていない作家は、作中で「幽霊」のような、「影」に遭遇し、はてはその不気味な姿を夢にまで見るようになる。
発端にあるのは、失恋によるノイローゼと深い虚無であるが、これはどこか『ねじの回転』における、心理学的なアプローチと通低している。
文学において、「幽霊」を見るようになる人物が共通して「失恋」などの人生における深い精神的衝撃から立ち直れないでいる状態にある、という点は興味深い。

豊島のいう「場にはそれぞれの幽気がある」という着想に依拠すれば、ウェブ2・0期を生きる我々にとって、「インターネットにはインターネット特有の幽気が存在する」という考えに自然に辿り着く。
この、ネットの幽気、という先鋭的なテーマを映画化したのは、日本が誇る巨匠黒澤清の『回路』が、まだ新しい。
この作品は、既に私の中では古典的傑作として位置づけられているが、その最大の理由は、「電脳」世界のマリオネット的な主体性から生じる特有の「幽霊的虚無」を、虚ろに電子化されたshadow(残影)として演出した点にある。
『回路』では、ネット世界に魂を埋没させた主体の辿り着く末路として、豊島の掌編にも登場するような「幽霊」が存在する。
この映画で登場する図書館に出現する幽霊に、主演の一人である加藤晴彦が遭遇する奇々怪々なシーンが存在する。
ここは、私が豊島の描いた「幽霊」を読んでいる時にイメージしたshadowそのものとして描かれている。

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重要なのは、時代がどれほど進んでリアルとバーチャルが互いに心地よく結合し、ネットが最早知的ツールとして必要不可欠になった時代であったとしても、「幽霊」のテーマがそうしたメディアと結合する点だ。
幽霊はどこにもで顔を出すわけではない。
彼らは、注意深く観察すれば誰にでも判るだろうが、「メディア」にしか出現していない。
我々が読んだ豊島の掌編は、グーテンベルクの編み出した活字メディアの最たるものであり、黒澤の『回路』の映画という大衆的なメディアである。
「心霊写真」も、「写真」が登場してからしか出現していないのであり、映画『着信アリ』も、やはり「怪奇的現象」を携帯電話という文明の利器と「結合」させた結果、生まれた作品であるという点で共通している。
こうした例から判るように、我々が遭遇する「幽霊」というものは、「メディア」の産物に過ぎない。
そして、これが「幽霊」の本質である限り、技術がどれほど先鋭化されても、それは顔を出すのである。
デリダは「幽霊」について、それが「現前しない」ものでありながら、今そこにあるものに「痕跡」として現れているもの、として定義している。
「幽霊」の概念は、「痕跡」の概念と姉妹関係を持っている。

豊島を、新しい時代に相応しい「幽霊」作家の系列として考えることは可能なのだ。
豊島の画期的な点は、「場」と「幽霊」を結合させて考えた点にある。

豊島の描いた主人公が幽霊を見たときの心理状態は、「晩になると外に出かけて、夜遅くならなければ帰ってこれないような習慣」を持っている、という説明にもあるとおり、既に主体が「幽霊化」されているのである。
デリダのデカルト的な主体性の定立表現を借りれば、「我、憑かれて、あり」とでもいうべきであろうか。
幽霊を見る人間が、自分でも気付かないうちに幽霊のような生活をしているという関係は興味深い。
幽霊というのは、いわば自分自身の影でもあるのだ。
すなわち、我々が見ている世界というのは、実は我々の「意識」から構成されている産物であり、そういう点では世界というのは単数ではなく、個人の数だけ存在する数多的世界観から構成されている。
一つの世界に、複数の世界観、という定式はフッサール現象学における「現象学的還元」の操作を経た上で辿り着く重要な帰結の一つである。

幽霊と場――これは今後も非常に重要な文学的テーマであると同時に、哲学的、メディア論的テーマでもある。
我々が「幽霊」を描くのは、それが我々自身の「何か」を慰安しているからである。
一度死を経た自分の鏡像を可視化する操作、そこに我々は一種の奇怪な愉楽を見出すのである。


霊魂の文化誌  神・妖怪・幽霊・鬼の日中比較研究霊魂の文化誌 神・妖怪・幽霊・鬼の日中比較研究
(2010/07/31)
諏訪春雄

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【幽霊と妖怪の違い、あるいは他界と異界について】



後醍醐天皇の時代、京都五条のある通りの柿木の上に、忽然と仏が姿を現した。
この仏は神聖な光を発し、花びらを降らせていた。
人々は愕き、これは何か有り難いことが起きる兆しであると考えていた。
しかし、皇族のある男がこの出来事になにやら「不穏な」においを嗅ぎ取り、現場に向かうことにした。
彼は二時間余りその仏を対峙していた。
すると、しばらくして突然、木から巨大な鳶の姿になった仏が墜落した。
この鳶は周囲にいた童子たちに叩き殺されたという。



以上は、『今昔物語』に登場する「天狗」が引き起こした怪奇現象についての伝承の要略である。
天狗とは何であろうか。
それは妖怪と呼ばれている。
本書『霊魂の文化誌』で著者の諏訪春雄氏は、日中で見られる「妖怪」、「幽霊」を比較的に分析している。
分析とはつまるところ、「分類する」ということであって、本書は膨大な書物に登場するそれぞれの「妖怪」、「幽霊」をカテゴライズしている。

本書は全てのページが、何か不可思議な緊張感に満ちているスリリングな本でもある。
扱われている文献も多様で、この手の研究書の中では比較的論理的に区分されているといえるだろう。

私がここで一つ考えてみたいのは、本書に登場する空間概念としての「異界」と「他界」である。
他界は周知の通り、「あの世」であり、文献によれば「根の国」や「黄泉」などとも呼称される。
他界は現世と領域が異なる。
二つを円で表すと、その円が交わっている部分が「幽霊」の交通する媒介であるとされている。
幽霊は他界から、現世を自由に交通できるものであり、それは「人間」から死後霊魂が乖離することで生起する。
他方、妖怪は死んでいるわけではない。
妖怪はアニミズムのような、「雷の神さま」、「川の神さま」、「釜の神さま」という、一種の中国的な「万物有霊論」に立つ視座に基く。
妖怪は往々にして自然現象を神格化した存在である。
例えば、全国的に伝承が伝わる河童は、もとは「海の神さま」であるが、これが零落して「川の神さま」と成り下がる過程(by 柳田国男)で、「亀」+「少年の姿」といったようなキメラ的な合体が起きることで生まれた妖怪である。
妖怪は、幽霊が他界からやって来るのに対し、異界に属する。
異界は、先のような同心円モデルで表現すると、現世という円の外円として表される領域である。
すなわち、異界は現世と直接的に重なり合っているのだ。
「鶴の恩返し」において、鶴が姿を現すのは異界化された機織の部屋の内部のみである。
民家の内部の特定の部屋の中がその時、異界化しているのである。
諏訪氏が定義するように、民間伝承に伝わる「他界」、「異界」をそれぞれその類型に基いてカテゴライズすると、ある共通項が見出される。
異界は現世を覆う円であり、けして死者がそこから来るのではない。
やって来るのはより異様な姿をした妖怪である。
この妖怪の起源は、実は古代人の「動物供犠」において捧げられていた動物たちが原型となっている。
中国に伝わる「龍」は、複数のキメラ的合体の結果であるが、それらは全て古代人が犠牲に使った「蛇トーテム」、「鳥トーテム」などの集合体なのであり、これらは「トーテム複合」と呼ばれる。
妖怪が往々にして、一匹以上の動物のキメラ化の原理に従うのは、このトーテム複合の原理に基くと考えられる。

次に、上田秋成の『雨月物語』に登場する怪奇現象を紹介する。

ある雨の日に美しい未亡人と男が関係を持つ。
男はその後彼女と吉野を旅するが、途中で神官が女の正体に気付く。
女は「蛇」であり、彼女は滝の中へと姿を消す。
数年して男は平穏な暮らしを始める。
新妻との二日目の夜に、彼女に蛇の女が憑依するという異変が起きる。
対策を求めた男は、ある和尚から法衣をかぶるせようにいわれる。
男は教えられたとおりに法衣をかぶせ、鐘の中に蛇を封印するに至る。



この蛇は、動物に属すので分類上「妖怪」である。
繰り返すが、幽霊は元をたどれば一人の人間であるに過ぎない。
対して妖怪は、アニミズム的な起源を持ち、自然現象の神格化(祟り神化)という性格を帯びるのだ。
中国はキリスト教のような神学的体系における「神」を持たない。
彼らは全ての物に神を認める。
「恩恵をもたらす神であっても、扱いを誤れば祟り神に転化する」(by 諏訪春雄)のがその特徴なのだ。
ところで、幽霊も妖怪も、総称すれば「霊的現象」である。
霊的現象の本質とは、霊肉二元論に基くということである。
では、どのような状態で我々はそのような霊的現象に出会うのか。
そもそも、我々が「幽霊」や「妖怪」といった怪奇現象を信ずるようになったアーカイヴ(起源)とは何であるのか?
それは、多くのシャーマニズム研究者が指摘しているように、「」である。
古代人の少年が、ある日森で母親が死んでいるのを発見する。
彼は村の掟に従って母の亡骸を埋葬する。
悲嘆に暮れる少年は、数ヵ月後に夢で死んだはずの母親に語りかけられる。
このように、「」という「変性意識状態」が織り成す影響によって人類は、初めて霊的現象の本質に急迫したのである。

アジアの宗教と精神文化アジアの宗教と精神文化
(1997/04)
不明

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研究によれば、古今東西どの地域でも、シャーマンは「夢」を媒介にして霊的存在からのメッセージを受け取っている。
シャーマンとは、他界から現世に幽霊がやって来るその媒介項に自ら成ることのできる宗教的存在者である点で、職能的司祭とは異なる。
これは、宗教組織におけるプリースト/シャーマンの決定的差異としてシャーマニズムでは基本的な考えとなっている。
シャーマンのエクスタティック・トランス(トランス状態)は、薬物に依存した人為的かつ個人的な変性意識とは異なる。
というのは、シャーマンは「他者」のためにトランスになる存在だからである。
他者の癒しのためにトランスになって「憑霊」する、ないし「脱魂」するのである。
だから「トランス状態」は、シャーマニズムの文脈でしか使用できない概念である。
先ほど、シャーマンのイニシエーションのプロセスにおいて「夢」が有効であると述べた。
フィリピンの魔術的な島として名高いシキホール島の「呪医」によれば、やはり「夢」によって神的存在(シキホールはカトリックなのでこの場合、イエス・キリストの御告げ)がメッセージを送る。
シキホールの呪医は、通常の医療行為と並行してシャーマン的特質も備えるのである。
彼らの島民からの信頼は絶大である。
極めて興味深いことだが、シキホールの呪医間では「夢見る経験が共有され再生産されている」という現象が推測されている。
具体化すれば、「御告げの夢」の内実に類似性が認められるということだ。
その夢が、子々孫々と再生産されているのである。
司祭が血族で職能を再生産するのに対し、シャーマンは「夢」を再生産しているのである。
これは実に神秘的で、「夢」の研究者であったボルヘスも愕くような現象であるといえるだろう。



プシュケー 他なるものの発明(I)プシュケー 他なるものの発明(I)
(2014/06/28)
ジャック・デリダ

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【幽霊について、より深く知るための重要概念――représentation(表象)とprésentation(現前)】


 現代思想で最も重要なキーワードの一つがreprésentation(表象)であるということに異論を向ける研究者はいないだろう。一般的にreprésentationは、「自己を…から遣わされた代理として上演すること」、ないし「自己を…の代わりに見えるものにすること」という意味を持っている。仏和辞典では一般的に以下のように表記されている。

・représentation(表象/ルプレザンタスィヨン)

⑴表現、表示、描写、表現されたもの、図、絵、像
⑵上演、公演
⑶代表すること、代表者
⑷代理

・représenter(ルプレザンテ)

⑴表現する、表す、描く、表示する
⑵…を象徴する、…を体現する、…の典型である
⑶…を上演する、演じる
⑷…を代表する、…を代理する
⑸…に相当する

・se représenter(ス ルプレザンテ)

⑴…を想像する、思い浮かべる
⑵再び生じる、また現れる
⑶再び志願する、再び出頭する


 特に哲学において重要なのは、représentationの持つ「表現」、「代理」であり、se représenterの「再び現れる」である。デリダはまず、この言葉がフランス語、ドイツ語、ラテン語と様々な国で翻訳されてきたプロセスを振り返っている。歴史的な流れとしては、ラテン語のre-praesentatio(再-現前=表象)がまずドイツ語に翻訳され、このドイツ語Vorstellung(表象)をフランス語に置き換えた語がreprésentation(表象)であるとされる。

・re-praesentatio(再-現前=表象)――ラテン語
・Vorstellung(表象)――ドイツ語
・représentation(表象)――フランス語



 あるひとつの概念を考察するためには、その「語」についての翻訳の歴史を考慮に入れなければならない。「哲学なるものは、ミュルティプル(複合的)な身体の中に、言語上のデュアリテ(二重性)あるいはデュエル(対決)の中に、二言語併用の地帯のなかに、前もって巻き込まれるようになっている。哲学なるものがこの二言語併用を消去しようとすれば、それは自分自身を消去することになる」(p144)。représentationというフランス語は、同一に見える以下の単語と同じ意味領野、機能営為を持っているわけではない。つまり、以下の単語へとそっくり翻訳することはできない。

・representation――英語
・Repräsentation――ドイツ語



 次に、présentation(現前)とreprésentation(表象)ではまるで意味が異なっているという点について整理しておこう。

・présentation(現前/プレザンタスィヨン)の意味

⑴(人の)紹介、引き合わせ
⑵(証明書などの)提示
⑶(商品などの)展示、飾り付け、ディスプレー、(料理などの)盛りつけ、(本などの)装釘
⑷(作品などの)発表、紹介
⑸(放送番組などの)司会、解説
⑹(人の)外見、みなり、風采
⑺(意見・論証などの)展開の仕方

・présence(プレザーンス)

⑴存在、出席、列席、立ち合い
⑵身近にある人、物
⑶存在感、個性
⑷(国などの)影響力、威信、地歩

・présent(プレザン)

⑴存在する、ある、心に残っている
⑵出席している、居合わせている
⑶意欲的な、参加意識の強い
⑷存在感のある、気迫のこもった
⑸現在の、今の、現在形、今問題になっている
⑹贈り物、プレゼント


 présentation(現前/プレザンタスィヨン)「今、ここに存在していること」という哲学的な意味を持つのに対して、représentation(表象/ルプレザンタスィヨン)「再び現れること、代理、上演されること」を意味している。前者は「現前」としての「今・ここ」であるが、後者は「表象」としての「再び・今・ここ」である。これをより詳しく掘り下げると、représentationとは、ひとまず「現前性へと再来、到来させる能力」、あるいは「現前的なものに戻す行為」として定義できる。つまり、「再現前」、「反復可能性」、「回帰」といった哲学的観念がreprésentationには埋め込まれているのだ。例えば、ある人物の姿を「絵に表現したもの」、つまり「肖像」はreprésentationの概念から考察されなければならない。また、一度死んだはずの人物が、「再び現れること」、すなわち「亡霊」もまたreprésentationの概念の射程範囲である。精神分析学においても、représentationは重要なキーワードである。フロイトにおける「喪の作業」(取り込み、体内化、内化、理想化)、「幻想」、「フェティッシュ」といった概念も、「記憶におけるreprésentation」というテーマをめぐって展開されている。この他、représentationは「分身」、「イマージュ(模像)」、「コピー(写し)」、「記号」などの概念の本質でもあるため、幅広く「映画」、「写真」を含めた芸術の全域において応用可能な概念である。



指紋論 心霊主義から生体認証まで指紋論 心霊主義から生体認証まで
(2010/10/23)
橋本 一径

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【幽霊の本質としての「痕跡」について】


 そもそも「痕跡」とは何だろうか? 橋本氏は以下のようにこの概念を定義している。

痕跡とはそもそも、「母型」がその場を離れたときに初めて形成されるものである。痕跡があるということは、「母型」はそこには既に不在であるということを意味する。足が地面に触れた瞬間にその足を捕らえでもしない限り、痕跡から「母型」そのものに到達することは困難だ。痕跡と「母型」との間の乗り越え難い隔たりは、推理によって少しでも埋める努力をする他に手立てはないだろう。(p169)


 ここで重要なのは、表象文化論における「痕跡」の意味である。痕跡は、表象されたもの(足跡、指紋など)であるが、それは常に時間的な隔たり、遅延によって規定されている。痕跡は世界に現出するが、それは常にその痕跡を残した者の「不在」の証左でもあり、いわば彼/彼女の亡霊的な現前である。この点で、指紋を含む「痕跡」の概念こそ、本書『指紋論』の最もラディカルなテーマであると言えるだろう。指紋は「表象」を根源的に揺さぶるのだ。
 橋本氏はアイスキュロスの『供養する女たち』における、エレクトラが「足跡」によって弟オレステスの帰還を悟るという場面を紹介している。これは神話における「痕跡」概念のひとつの範例である。しかし、実際の犯罪捜査においては、「足跡」は決定的な証拠とならないことも多い。先述したように、足跡のみならず指紋も含め、全ての「痕跡」は状態・時間によって微分的に「差異化」するのだ(※1)。つまり、痕跡においては「A=B」(同一性)は成立できないのである。しかし、犯人を究明するためにはBがAのmatrice(母型)であることを証拠立てなければならない。だからこそ、最も証拠としての「確率性」の高い指紋が決め手となる。橋本氏は「足跡」と「指紋」という、典型的な二つの「痕跡」概念について以下のように述べる。

同じ足でも残す足跡や履く靴は様々であるのに対して、同じ指が残す指紋は、常に同じである。現場の指紋と記録の指紋の二つが同一であれば、それらは同じ指によって残されたということであり、その指の持ち主がいかなる人物であるのかは、推測するまでもないのだ。逆に言えば指紋は、足跡などに較べて、「母型」となった身体の性質や状況を反映することが少ないということでもある。生まれてから死ぬまで変わらない指紋は、若者でも老人でも同じであるはずであり、足跡のように年齢の違いを推測させることがあってはならないだろう。(p164)


※1)――状態によって足跡も変化するとはいえ、足跡のサイズから「身長」を逆算する以下の公式は、アンリ・ド・パルヴィルによって1889年に発表された。P=足のサイズ、T=身長。

P=8.6/30(T/2+0.05)



【「幽霊」とは?】



 先述したように、指紋の本質となる概念である「痕跡」とは、そこに現前していながら、対象が既に「不在」になったものである。例えば、三百年前に亡くなった先祖の肖像画も、実在した人物が生きた「痕跡」を告げる点では「指紋」と概念的に類縁的であり、そこで共通するのは既にその人物が「不在」であるという点である。「幽霊」に哲学的な意味が帯びるのもまさにこの次元においてである。「幽霊」とは、その場に幻のように現前していながら、実体は伴っておらず、対象も既にこの世界には存在していないものとされる。(※2)
 例えば、ある広い教室を想像しよう。そこに新しい生徒Aが転校してくる。彼は扉を開け、黒板の前に立つ――彼が「現前」する。しかし、一方で生徒が引っ越してくる少し前から欠席している別の生徒Bがいたとしよう。Bの席は空いている。つまり、それまでBもまたいつものように教室という空間に「現前」していたわけだが、今は「不在」である。そしてBの机の中にはノートやペンなどの幾つかの「痕跡」が残されている。それらの物は、Bがそれまでそこに「現前」していたことを告げるものである。それらは「物体」としては確かに「今・ここ」に「現前」しており、その点ではAの「現前」と本質は変わらない。しかし、この時間的な関係が「Bの不在」という相関項を与えられると、初めてノートやペンは「Bの現前していた証拠」=「痕跡」としての概念的輪郭を獲得するのだ。
 本書『指紋論』の第一章に「心霊現象」のテーマが言及されているのも、実はこうした概念的親和性のためであろう。つまり、「指紋」を概念として解体した場合、得られるものは「痕跡」であり、「幽霊」なのだ。そして「痕跡」と「幽霊」は共に表象文化論の基礎概念であるrepresentation(表象)の概念を考える上で、極めて有益な問題提起を孕んでいるのである。
 橋本氏が紹介する超常現象は、1923年にボストンで起きたミナ・クランドン家でのポルターガイスト現象である。ミナの死んだはずの兄ウォルターの「幽霊」が出現し、なんと「指紋」まで残したというのだ。当時の科学者たちは、この「指紋」に疑念を抱いてそれが実際は「誰のものか」を解明しようとした。そして、その指紋が実はミナに近しい歯科医コールドウェルのものであったことが明るみになる。この事件には、既に橋本氏が考察している「痕跡」、「幽霊」の概念が、「指紋」というテーマに絡められて全て出揃っている。また、「この指紋は誰のものか?」という問いは、「私とは誰であるのか?」という問い、換言すれば「私が私であるという承認は最終的にどこに見出され得るか?」という問いを喚起する。この点で、「指紋捜査」こそ、実は表象文化論において今日最もラディカルな問いを突き付けるテマティックであると考えることも可能だろう。
 そもそも、出現した幽霊が「誰」なのか、という問いは古くから心霊主義をめぐるidentificationの問題として言及されてきたものである。よくよく考えてみれば、先のミナ・クランドン家での事件で「幽霊」にわざわざ「指紋」を残させようとする発想はどこか倒錯的ではないだろうか。あたかも、科学者から「それなら証拠を提示せよ」と脅され、それに神経質に答えようとしたかのようだ。実際、この事件はこうした近代合理主義の糾弾にヒステリックに応答することによって「嘘」が明るみになった事件として語られる。換言すれば、どのような「降霊会」であれ、客観的にそこに「幽霊」が出現したという「証拠」がない限り、他者を信じさせることなど不可能なのだ。その証拠ですら、今日では幾らでも科学的に正体を暴くことが可能である。これは心霊現象をめぐる本質的なパラドックスと言っても過言ではないだろう。我々がそれを認めるためには、やはり何らかの「証拠」が必要となる。しかし、その「証拠」が逆に信憑性に「摩損」を与えてしまうのだ。

A photograph of a group gathered at a seance taken by William Hope (1863-1933) in about 1920
A photograph of a group gathered at a seance taken by William Hope (1863-1933) in about 1920

Spirit Photography of William Hope
by William Hope


ウィリアム・ホープ
by William Hope


photographer William Mumler
                 by William Mumler

 怪奇現象を「証拠」に残す行為――その最たる霊が「写真」メディアとカップリングした「心霊写真」である。それがどのような加工修正によって捏造されたフィクションであれ、全ての心霊写真は「霊の痕跡」である。最初期の心霊写真として有名なのは、ウィリアム・マムラーが1860年代に撮影したspirit photographyであり、そこにはリンカーンの霊を写した有名な写真も存在する。あるいは、1920年代のイギリスのウィリアム・ホープによるghost stamp(幽霊スタンプと揶揄された撮影用器具)に写った人物の上の奇妙な発光体(エクトプラズム)も当時の話題を集めた。これらはどれも、心霊現象をなんとかして万人に告知したいという人間の欲望を暗示しており、いわば科学的合理主義を纏った「モデルニテ」(近代)の裏面なのだ。

※2)――revenant(幽霊、蘇り)はそもそもヨーロッパにおいて、「死の直前の姿」で出現すると考えられた。ジャン=クロード・シュミットの表現を借りれば、「亡骸と幽霊の同一性」が保たれているからこそ、西欧における「幽霊」の表象は、常に半分腐った恐ろしい姿で現れるのである。



フランス「心霊科学」考―宗教と科学のフロンティアフランス「心霊科学」考―宗教と科学のフロンティア
(2007/10)
稲垣 直樹

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【ヴィクトル・ユゴーの降霊術について】


ヨーロッパで、いわゆる「幽霊」が一般的にも流行し始めたのはいったい、いつ頃のことなのだろうか?
この点を考える前に、まずフランスの近代スピリチュアリズムについて考える上で見過ごせない社会的背景としてあるのが、「キリスト教の教会ヘゲモニーの衰退」である。
19世紀のフランス社会には、主として三つのスピリチュアリズムを用意する要因があった。

1 脱キリスト教的風潮
2 オーギュスト・コントに見られる科学的実証主義
3 古典主義から近代的思想へのパラダイムシフト



いうなれば、キリスト教というそれまで支配的だった宗教の持つ力が著しく失墜したのである。
こうした中、まるでそれまでのキリスト教に無かった概念を蘇生させるかのように、幾つかの心霊主義的思想が流行し始める。
やはり西欧のスピリチュアリズムを考える上で一つの重要な発火源となったのが、アメリカのフォックス姉妹の名高い事件であることは論を待たない。
このような、社会的背景としてスピリチュアリズムが流行する土壌は用意されていたわけだが、ここで私はこうした当時のフランスの社会的文脈を、たった一人の人間の「個人史」として象徴的に読解できる可能性についてはじめに示唆しておきたい。
その場合、彼ないし彼女は、当初キリスト教という世界で最も知名度の高い宗教を信じていたが、じょじょにその教義に現代社会と即応しない箇所を認識し始め、異なるスピリチュアルな世界へとシフトしたという流れを想定することができよう。
その時、キリスト教という一つの支柱を失った個人は、キリスト教に内在していた霊的なものを、別の何かによって代補する。
この代補の構造は、「失われたものは次の形式において再現前化する」(デリダ)という宗教そのものの運動だけに当てはまらず、一人の人間の心理システムにおける「抑圧されたものの回帰」(フロイト)として読むこともできるだろう。
これから、私は19世紀フランスの心霊主義を考える上で、避けては通れないヴィクトル・ユゴーの思想について概略しておく。

ユゴーは著名な作家であるが、実は降霊術を熱心に研究したオカルティストとしての側面も持っている。
こうした世界への関心は、もしかすると愛娘の死が発端になっていたのかもしれない。
彼は1851年のナポレオンのクーデーターに反対して、英仏海峡に浮かぶジャージー島に住居を構える。
島の海辺の家(通称マリーヌ=テラス)で、客人を招いて降霊術を行うという神秘的な時間を送り始めるのである。
この時の儀式について一切を記録した『降霊術記録ノート』は、現在もパリ国立図書館に保管されている。
ユゴーはそこで、様々な霊的存在からのメッセージを受け取る。
幾つか、極めて重要な中心的思想となるメッセージを引用しよう。

「広大無辺な宇宙は、お互いの言葉に耳を傾けている。
宇宙の万物はそれぞれ自分の心を持っている」

「西洋は神を人間の中に宿らせるが、
私は動物の中に宿らせる」



こうした霊的なメッセージから構成されるのは、やはり「転生論」なのである。
しかし、カルデックが人間中心主義的な輪廻しか信仰しなかったのに対し、ユゴーの「創造的シンクレティズム」は様々な古今東西の神秘思想から再構成された、「メタンプシコース」であった。
つまり、彼は動物や植物への転生や、霊魂の移動を認めるのである。
グノーシス主義や、カバラにも無論、転生論は見出せるが、これらはやはり仏教と同じで、「輪廻」を「罪」や「悪」「堕落」としてネガティブに把握している。
カルデックやユゴーのように、輪廻の環それ自体を一つの薔薇の構造のように美学的に捉えるセンスを、これらの思想は持たない。
仏教の輪廻が「生前のカルマによって個我が輪廻転生する業報輪廻」だとすれば、カバラやグノーシス主義に見られる霊魂の転生も、やはり「悪」や「罪」に由来する業報輪廻の一形式といえる。
こうした、輪廻をマイナスに把握する思想潮流に対し、カルデックやユゴーはそれを美的に、ポジティブに受け止めている。
薔薇に身を委ねるように。
ユゴーの記録ノートにもあるように、輪廻とは「ありとあらゆる動物の唸り声が一つに溶け合って祈りの声になる」ものであり、絶対的存在の「永遠の愛の光」の中で安らうものなのである。



不安の種 (1) (ACW champion)不安の種 (1) (ACW champion)
(2004/06/24)
中山 昌亮

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【中山昌亮の世界について――『不安の種』、『後遺症ラジオ』における日常のdéchirement】


 ここで一度、我々は哲学的な次元での「幽霊」から離れて、より身近な娯楽の世界に眼を投じてみよう。
 平穏な日常生活に、いつの間にか忍び寄っている「恐怖」というものに私は以前から強い関心を抱いている。恐怖や不安をテーマにした作品はそれこそ枚挙に暇が無く、メディアに溢れかえっている昨今、本当の意味で質の高いホラーストーリーに出会えることはそれ自体で幸いなことかもしれない。フランス語で「恐怖」を意味するpeur(プール)という語には、「不安」、「懸念」などの意味がある。例えば、mouri de peurは「死ぬほど怖い」を、prendre peurで「ぎょっとする、怖じ気づく」を意味している。
 今回、私が紹介するのは漫画家、中山昌亮氏が描く『不安の種』と『後遺症ラジオ』は、まさにprendre peurを具現化したような作品集である。だが、私が特に『不安の種』で感じ取ったのは、実はpeurではなく、奇妙なcontentement(コンタントマン:満足、充足)の方だった。いったい何故、私はpeurを伝えているはずのこの作品で、それとは真逆のcontentementを感じ取ってしまったのだろうか。その謎を、ここで考えてみよう。
 私はたまたま彼の『不安の種』を知ったのだが、最初ページを開いた時は、何かただならぬ気配を感じた。基本的に『不安の種』に収録されているのは掌編であり、稲川淳二の怪談を聞くような感じで読むことができる。だが、稲川氏の怪談が主として「語り」であるのに対して、中山氏は表象されたもの、つまり描かれた漫画であり、絵である。そして、怪談を表現する際に、『不安の種』は実に上手く「恐怖」を演出することに成功している。


不安の種(2) ぼーの章 (チャンピオンREDコミックス)不安の種(2) ぼーの章 (チャンピオンREDコミックス)
(2013/06/07)
中山昌亮

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 最近、私が考えるのは、ネット上に溢れている「都市伝説」や「怪談」の多さである。それらには多くの人が、例えば仕事で疲れた時、ある種の気分転換を求めている時、あるいは日常の平穏さにどこか倦怠を感じ始めた時などにアクセスしているのだろう。現代美術家のヤン・ファーブルが語っていたように、芸術家には往々にして「恐怖」を感じることが必要になる瞬間というものがある。芸術家のみならず、どのような人でも「恐怖」を楽しむことに不思議な悦びを感じたことがあるはずだ。その代表的な例こそ、遊園地での「お化け屋敷」である。お化け屋敷に、それらが作り物であると判りつつも料金を支払って悲鳴をあげに行くのは、いわば感情に一時的な起伏を設けて、日常との程よい「違和」を楽しんでいるためだろう。そこで可視化するのは、実は虚構化された「異界的なもの」であり、「お化け屋敷」を媒介にして、いわば我々はこの「異界的なもの」との接触を娯楽的に楽しんでいるのである。


不安の種 (3) (ACW champion)不安の種 (3) (ACW champion)
(2005/04/20)
中山 昌亮

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 『不安の種』は、まさにこうした日常に「違和」が走る瞬間を描いている。多くの怪談、いわゆる「本当にあった怖い話」系統の掌編が示唆しているのは、日常世界に侵入する「異界的なもの」であり、それらを観て我々がpeur(恐怖)を感じ、しかもそれによって同時にcontentement(満足)を覚えるということである。この奇妙な満足感には、何か名状し難いものがある。私の場合、カトリックで洗礼を受けた人間であるので、こうした「異界的なもの」の感覚は実は非常によく判るところがある。キリスト教の伝承にも、平凡に暮らしていた人間の前に、突如として天使が現れたり、キリストが姿を現して何か啓示を言い放つ、などという記録が残っている。こうした「天使」や「キリスト」といった存在が、現代日本の怪談文化では総じて「異界的なもの」として現れているわけだ。


後遺症ラジオ(1) (シリウスKC)後遺症ラジオ(1) (シリウスKC)
(2012/10/19)
中山 昌亮

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 この「異界的なもの」は、『後遺症ラジオ』では村に伝わる奇怪な風習、例えば辺境に存在する悪霊的なものであったりする。そして、突如として都会で暮らす人々にも、田舎に伝わる「異界的なもの」が現れたりする。それは私には、変わることのない人間の「霊的なものへの信仰」の一様態であるように感じられる。つまり、「怪談がなんとなく聞きたくなる」心性も、何らかの「信仰心」のひとつの現れであると考えることができるのではないだろうか。それが教義的なもの、社会的に認定された伝統宗教への入信という形式で結実することもあれば、稲川淳二のように、いわば「怪談」そのものを語り続ける行為によって、この「信」の構造を代理するという生き方も存在するのだろう。


後遺症ラジオ(2) (シリウスKC)後遺症ラジオ(2) (シリウスKC)
(2014/06/09)
中山 昌亮

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 いずれにしても、これらの作品には、描かれている内容以上のことを考えさせられるのだった。それは「不気味なもの」、「戦慄を与えるもの」、「忌避すべきもの」を大胆に描いている点で、やはり普通の漫画作品にはない力を放っている。というよりも、むしろ私は、なぜ漫画作品の中でも、端的に「恐怖漫画」というジャンルに重要性を感じるのかを、一度考えてみても良いのかもしれない。日常には存在し得ないものが、平穏さを突き破って垣間見える瞬間――そこには恐ろしいdéchirement(裂開、引き裂くこと)、戦かせるものの到来があるだろう。



「幽霊屋敷」の文化史 (講談社現代新書)「幽霊屋敷」の文化史 (講談社現代新書)
(2009/04/17)
加藤 耕一

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【「お化け屋敷」のルーツとは?】


 近代的な娯楽装置の一つに、Fantasmagorie(ファンタスマゴリー)と呼ばれるショーが存在する。『「幽霊屋敷」の文化史』の著者で、東京大学で建築を学んだ加藤耕一氏によれば、これは「幻灯機によって幽霊を生み出すショー」を意味する。Fantasmagorieという語自体、ギリシア語の「幻」と「私は言う」の合成語である。このショーはフランス革命直後の18世紀末期のパリで、世俗的な近代スピリチュアリズムの興隆と並行して人気を集めた。詩人アルチュール・ランボーは、その詩の中でFantasmagorieを「幻」という意味で用いている。日本の翻訳文献には、この語を「魔術幻燈」などと訳すこともある。現在では、イリュージョニスティックなものを表現する際のひとつのメタファー(幻想的かつロマンティック)として用いられることが多い。また、この一連の機械装置は「映写機」のプロトタイプでもある。幻灯機自体の構想は既に17世紀からあり、アタナシウス・キルヒャーのスケッチした1671年の「ラテルナ・マギカ」にまで遡行することができる。
 Fantasmagorieを用いた最初のショーの開催は、1801年、ロンドンにおけるポール・ド・フィリップ(ポール・フィリドールとも)のものであった。ショーのタイトルも「FANTASMAGORIA」であり、ロンドンを発火源にして人気はパリなどへも飛び火した。Fantasmagorieによって映し出されるのは、往々にして見世物となった「幽霊」、「骸骨」などであり、これらには既に今日の遊園地における「ホーンテッド・マンション」の起源を見出すことができる。Fantasmagorie、それはいわば「死のキッチュ化」に他ならない。
 フィリドールが活躍するおよそ四十年前の1762年、ロンドンではある怪事件が生起していた。「コックレーンの幽霊」と呼ばれるこの事件は、ハイズビル事件らと同じく典型的なポルターガイスト事件であり、後に十歳の少女によるトリックであったことが判明するものである。しかし重要なことは、フランス革命前から既にこうした近代スピリチュアリズムの萌芽となるべき事件が大衆たちの関心を集め、神秘化するための準備ができていたという点なのである。
 フィリドールの開発したFantasmagorieは、その後ベルギーの物理学者エティエンヌ=ガスパール・ロベール(ロベールソンとも)によって改良された。1799年には特許が申請されている。ロベールソンのFantasmagorieは、ルイ16世やロベスピエールなどの歴史的人物の幽霊まで作り出したことで危険視され、わずか三ヶ月で閉幕に追い込まれる事態になった。たかが娯楽的なショーに、これほど当局が目を光らせていたことに当時の大衆の関心の高さが窺える。その後、ロベールソンは旧カプチン会の修道院を見つけ出し、その地下墓地に舞台を移した。この絶好の場所で、彼はグラス・ハーモニカという、独特なゴシック的雰囲気を醸し出す楽器を使って「幽霊屋敷」の原点を確立したとされる。つまり、ディスニーランドやその他有名な遊園地などで今日も人を集める「幽霊屋敷」の起源は、Fantasmagorieに音響機器が結び付いたこのロベールソンのショー(1799年〜1802年)に求めることができるのである。こうした当時の幽霊屋敷は、同時代のゴシック文学とも密接な関わりを持っていた。特にエドワード・ヤングの『夜想』やゴレゴリー・ルイスの『修道士』などは、Fantasmagorie的な雰囲気を放つ、この時代を特徴付ける文化的作品である。
 キリスト教が中心的原理を担っていた前近代までは、「幽霊屋敷」の文化はヨーロッパには存在しなかった。換言すれば、フランス革命による王党派の失墜、オーギュスト・コントらに見出される科学的実証主義の興隆などといった「近代」のパラダイムを特徴付ける思潮の中で、「幽霊屋敷」は初めて世俗化された「娯楽」として出現してきたのである。そもそも、キリスト教神学においては「幽霊」という概念はカトリックにおける「煉獄」と相関しているものの、現世に霊が留まって徘徊するというようなスピリチュアリズムは存在していない。何故なら、キリスト教徒にとって恐怖の対象は「幽霊」ではなく、「悪魔」だからである。しかし、キリスト教的パラダイムそのものが脱中心化したことを受けて、近代スピリチュアリズムの一つの表象としてFantasmagorieに見られるような「娯楽化された幽霊」までもがイメージされるようになった。つまり、「幽霊屋敷」の誕生自体が、近代を特徴付ける出来事の一端として解釈することが可能なのである。





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