† 神秘主義 †

プリアポス崇拝、あるいはジャン=ジャック・ルクーの「ペニスの神殿」についての試論




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《プリアポスとヘルメスの合体》(一世紀)


私がセックスをしている時に、何が起こっているのだろうか。
これから素描するのは、ある一つの「粉砕」に関する試論である。
粉砕とは、文字通り、ものが粉塵となって砕け散ることを意味する。
セックスをしている時、私のペニスは屹立しているわけだが、それが女性を、端的には彼女を悦ばせるのは何故なのか。
この行為には、いかなる「神」が潜在しているというのか。
ペニスは神なのだろうか、否、そうではないだろう、だが、なぜ私は否定できるのか。
神がペニスではないとすれば、いったい何なのだろうか。
神を「ペニスである」と規定した場合、それが「神は愛である」と規定する場合と、どう違うというのか。
同じ記号表現に過ぎない。
実際には、ペニスをシンボルとする田舎の庭園神プリアポス(Πρίαπος, Priāpos)が、私がイメージする「ペニスの神」に最も近い。
だが、プリアポスを信仰しては「ならない」のはなぜなのか。
それを禁ずる法は現代社会には存在しない。
なぜなら、ペニスの神を崇拝することも、カトリックの教えを忠実に守りミサに毎週参加することも、おそらくは同じだろうから。
つまりは、「生きる」ために、やがては必要になってくる「何らかの信仰」として。

だが、もしも、震える深夜に、彼女が眠っている隣で、私自身が以下のように誓ったとすれば?
すなわち、「私は信じる、私のペニスの力を、それゆえにペニスの神を」と。
私にとって、私のペニスは、私自身の生に活力を与えている発火源であり、命の源の生産工場である。
ペニスという器官が、男性身体の中で最も魔術的で魅惑的な場であることは今更言うまでもなかろう。
まず、ペニスには飲んだ水分を排泄するという重要な役目がある。
命を育んだ「水」が、ペニスを通して流れ出ていくのである。
次に、ペニスには屹立することで、セックスにおいて女性を最大限に悦ばせ、夢中にさせるという力が存在する。
それは「至福」の場であり、激しく、あるいは時には穏やかに出し入れされる「運動」の場である。
最後に、ペニスがオルガスムに到達することで射出される精液には、無数の精子が存在している。
これが、女性の身体の中で卵と結合し、新しい命が生まれる。
ペニスにはこれほど重要な機能が存在しているにも関わらず、我々人間がそれを「隠す」のは、原罪の力が今も継続して働いているためである
ペニスを概念化、あるいは神学化する上で重要な特質を以下に整理しよう。
すなわち、ペニスとは、⑴体内に取り入れた「水分」を出し、⑵セックスにおいて「至福」を与え/受け、⑶生命の「創造」にとって必要不可欠なもの、として定義される。

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ジャン=ジャック・ルクーの建築案

次にこの奇妙な絵を見てみよう。
これはフランス革命期の建築家ジャン=ジャック・ルクーの建築案の一つであり、ペニスの形態を採用した神殿である。
ルクーにおいて、ペニスは建築化されている、それも、「聖なる空間」として。
これはペニスの⑶の規定と密接に関わっている。
ペニスは新しい命を、つまり「新しい小さな人間」を創り出す器官である。
神は無からアダムを創造したが、アダムがカインとアベルを創造するためには、一本のペニスとイヴのヴァギナが必要であった。
ヴァギナがただそこにあるだけでは、命は開始されない。
ヴァギナにはペニスが必要だからである。
「創造」の概念にとって、ペニスは絶対的に必要な因子である。
したがって、このような命の始まりを創り出すような器官が神聖視されたとしてもけしておかしくはない。
ルクーの「ペニスの神殿」は、まさにペニスというフェティッシュ信仰の聖域を表象した例なのである。

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ジャコポ・デ・バルバリ《プリアポスへの生贄》(1501〜03)

我々はもっと、ペニスの力を引き出すべきではないだろうか。
なぜなら、それは⑵で示したように、テクニックによっては女性に最高度の「至福」を与えるからである。
こうした「至福」という特異な時間において、私はペニス本来の「原初」へと回帰している。
すなわち、私のペニスによって彼女が「至福」を感じてしまうのは、このベッドでの行為が、「ペニスの神殿」での聖なる祭儀を、何らかの様態によって代替しているからである。
ペニスの神の目的は、ただ命を生み出すだけではない。
この神の最大の目的は、ヴァギナに「至福」を与えることにあるのだ。
この「至福」こそ、我々が日々常態的に味わいつつも、より濃密な感覚としては忘却してしまっている、彼のものなのである。
セックスにおいては、一度全てを完全に忘れ去り、ペニスによる「原初」への回帰を志向しなければならない。
そうして初めて、「ペニスの神」が降臨するほどの圧倒的な「至福」が、ヴァギナに到来するのである。
こうして、「ペニスの神殿」という本来は天上的な場に存在する建築が、いわば我々の愛の営みの舞台である「ベッド」へと分有されるに至る。
「ペニスの神殿」が現前するまで、我々は愛の営みを続けるべきである。
そのようにして初めて、従来の古い神は粉砕し、その粉塵から、来るべき高貴な神が姿を現す。







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