† キリスト教神学 †

聖ベネディクトの十字架と少年時代の洗礼者聖ヨハネのメダイを手に入れました。

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皆様、いつも応援していただき心から感謝しております。
最近まで、私は最新作である『At The Grave Of Our Existence: 私たちの存在の墓で』の原稿作業に追われておりました。
この小説集は私の中でひとつの区切りとなる作品で、いわばこれまでの私の「カトリック」としての信仰生活で得た全てのエッセンスが凝縮されています。
その上で、『有限性の後で』の翻訳が待望されているクァンタン・メイヤスーの神論「亡霊のジレンマ」について、文学的に昇華できたことは私にとって大きな収穫でした。
また、洗礼志願期間に御世話になったカルメル会のシスターとの想い出を小説というかたちに結晶化することができたことも、私のこれまでの執筆経験の中で大きな出来事でした。
いわば、『At The Grave Of Our Existence: 私たちの存在の墓で』は、私にもしも娘か息子が生まれたとして、子供から「神さまってなに?」と尋ねられた時に、言葉にするのは難しいことを承知で、「僕はそのことを、この小説に書いてみたんだよ」と応答できる、そんな記念碑になったと思っています。

この十字架とメダイは、信仰生活の記念、そして、これからも私と彼女が東京でずっと平穏に仲良く暮らしていけることを祈願して、最近手に入れたものです。
十字架はイタリア製の聖ベネディクト会ゆかりのもので、信徒が壁に掛けて祈るためにあります。
十字架といえば、二本の棒をクロスさせたタイプが主流ですが、聖ベネディクトの十字架はデザインに意匠が凝らされていて、じっと眺めていると深みと味わいを感じてきます。
メダイもイタリア製で、こちらは私の洗礼名であり守護聖人である「洗礼者聖ヨハネ」を彫ったものです。
しかも、大人のヨハネではなく、少年の姿のヨハネ。
私は以前から、少年イエスと少年ヨハネの仲の良い姿を描いた宗教画が好きで、こちらは本当に私にぴったりだと思いました。

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この二つが常に壁側に掛けられていると、どこかイエス様に見守られているような安心感を与えられます。
ヨハネの右側に彫られているのは、子羊ですね。
子羊はキリストの象徴です。
例えばマティアス・グリューネヴァルトの有名な《イーゼンハイムの祭壇画》の十字架上のイエスを描いた絵でも、ヨハネの傍には胸から血を流す子羊が描かれていますね。
これは「贖罪」の子羊で、アダムとイヴによって始まった「原罪」が購われたことを意味しています。

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十字架の裏側は聖ベネディクトで、聖書と十字架を携えておられます。
ヨハネの裏側には丹念なつくりの薔薇が彫り込まれています。
今回はこの二つを紹介いたしましたが、聖品はキリスト教徒にとって、信仰の補助となる大切なものです。

もしも、キリスト教にとっての「愛」とは何か、「祈り」とは何なのか、そして現代思想においてニーチェの「神の死」は今、どのように乗り越えられ始めているのか、こういったことに関心がおありの方は、一度『At The Grave Of Our Existence: 私たちの存在の墓で』を読んでみてください。
そこには、私自身の生の、より切実な声が響いていると思います。





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