† 建築学 †

西洋建築様式史を学ぶーー初期中世、ロマネスク、ゴシック建築の差異について

初期中世建築

○ ドゥーラ・エウロポス

西暦231年に成立したとされるドゥーラ・エウロポス(シリア)は、原理的な教会建築のシンプルなモデルとして重要である。構造としては、キリスト者たちの「集会所」、「祭壇」、「洗礼室」、そして「中庭」で構成されている。
313年のミラノ勅令においてキリスト教が公認されてからも、ここでの様式はその後も踏襲されていく。

○ バシリカ式教会堂

バシリカとは、古代ローマにおける多目的ホール(集会施設)のことであり、これを後のキリスト者が教会として代用していったのがその起源である。バシリカ式教会堂では、まず入口を抜けると「アトリウム(前庭)」が広がっており、その中央には教会に入る前に体を清めるための「泉亭」が設置されている。アトリウムを越えると「ナルテクス(玄関廊)」が存在し、このラインから先は当時未洗礼の人間は入ることができなかった(異教徒による迫害を回避するため)。ナルテクスを越えると、円柱が等間隔に奥まで並んでいる側廊が伸びており、中央には信徒用の座席が置かれている。円柱の上部には採光用の開口部が設けられており、この自然の窓は「クリア・ストーリー」と呼称されている。
この様式の建物で最も重要な場所とされるのが名高い「アプス(半ドーム)」である。アプスの半円形に沿って使徒たちを象徴する司祭たちが座る座席が設けられており、その中央には「カテドラ(司教座)」が存在する。カテドラに座る司祭は、無論キリストを象徴しているが、このドーム型の空間にはキリスト教美術が描かれている場合が多く、半球体の構造と相俟ってキリスト教的宇宙論を具体化していると考えられる。
アプスの左右には「トランセプト(袖廊)」が、衣服の袖のように伸びている。ちょうどバシリカ式教会堂を平面図で表現すると、アプスが頭部でトランセプトが腕に相等し、アトリウムは胴体となり、さながらキリストの体を建築空間そのもので表出したかのようである。
バシリカ式教会堂の重要例としては、5世紀初頭の《サンタ・マリア・マッジョーレ教会堂》、《サン・タポリナーレ・イン・クラッセ》などである。
この時期の教会建築には、「集中式聖堂」と呼ばれる様式も多く建てられた。基本的にそれらは殉教した聖人を記念した教会であることが多い。

○ ビザンティン建築

アヤ ソフィア

《アヤ・ソフィア(現博物館)》

アヤソフィア内部ドーム

《アヤ・ソフィア/内部ドーム》


330年にコンスタンティヌス帝がローマからコンスタンティノープルに首都を移す。これを契機に、東ローマ帝国中心のビザンティン建築(ギリシア正教、ロシア正教の圏域が含まれる)が始まる。とはいえ、ビザンティン建築においてもアプスはドームとして発展し、ちょうど直方体の上に半球を被せる形の建物が多く建てられた。代表作として重要なのは、ユスティニアヌス帝の命令によって537年に完成した、トラレスのアンテミウスとミレトスのイシドロス作による《アヤ・ソフィア大聖堂》である。


ロマネスク様式


初期中世建築の様式が出揃うと、次に「プレ・ロマネスク様式」と呼ばれるスタイルが西暦1000年頃に登場し始める。
一つ目は、北方ゲルマン地方を中心にした「ゲルマン的オットー朝建築」であり、これは森の中の光をイメージした明るい空間を特色とする。
二つ目は、地中海沿岸のイスラム教建築の影響を受けた「ラテン的初期ロマネスク様式」である。
建築が当時の人々の思想と極めて深い繋がりを持っていることは現代世界においても共通するが、当時のヨーロッパ社会における「現代思想」とは、キリスト教的「千年王国説」がその中枢テーマであった。同じく、レコンキスタ(失地回復)へと繋がっていく「聖遺物崇拝」も重要である。

Santiago_de_ Compostela_by_cherubinblack

《サンチャゴ・デ・コンポステラ大聖堂》

とりわけ、スペイン西部の外れに存在する《サンチャゴ・デ・コンポステラ大聖堂》は、ヨーロッパ最大の巡礼地として多くの巡礼者を集めた。

ラ・マドレーヌ聖堂の アーチ

《ラ・マドレーヌ教会堂/アーチ》

Kloster Maria Laach マリア・ラーハ修道院

《マリア・ラーハ修道院》

Kloster Maria Laach  マリア・ラーハ修道院アーチ

《マリア・ラーハ修道院/アーチ》

ロマネスク建築の重要な代表例として記憶しておくべきなのは、《ラ・マドレーヌ教会堂》、《ノートル・ダム大聖堂》、《ピサ大聖堂》、《マリア・ラーハ修道院》、《シュパイヤー大聖堂》である。
ロマネスクにも大きく二つあり、「イタリア・ロマネスク」は単純素朴なバシリカ式建築の形態を一貫して踏襲している点で、保守的である。他方、「フランス・ロマネスク」は、入口が放射状になるなど、装飾的なスタイルが芽生え始める。
ここで特筆しておきたいのは、素人では見分けがつき辛い「ロマネスク様式の天井」と、次に続く「ゴシック様式の天井」の決定的差異である。ゴシックの箇所でも言及するが、基本的にロマネスク様式の天井というのは、イメージとしては日本の都市にも点在している「商店街の簡素なアーチ」に、形態的には近接していると考えられる。ゴシック様式の重要な天井部分には少なくとも「四つのポイント」があるのだが、ロマネスクと比較する時に、この「商店街」の単純なアーチのイメージは理解し易いと思われる。


ゴシック様式


ゴシック様式は、ヨーロッパの建築史の中でも際立った魅力を放つ、最も美しく危険な香りを放つ様式である。例えば、19世紀初頭にシャトーブリアンは『キリスト教精髄』(1802)の中で、ゴシック様式を真のキリスト教的建築として謳歌している。同じくイギリスでは、ジョン・カーターが『イギリスの古建造物』(1795)の中で、公共建築はギリシア様式に倣い、宗教建築はゴシック様式に見習うべきであるという、いわゆる「ゴシック・リヴァイヴァル」を宣言した。イギリスでは他に、かのジョン・ラスキンが『ヴェネツィアの石』(1851)の中で、やはりヴェネツィアのゴシック様式(ヴィクトリアン・ゴシック)を称賛している。
現代でも、洋服好きで、なおかつ本格的なゴス系統の衣装に関心の高い方であるならば、ゴスの衣装のあの美しく魔術的なデザインが、ゴシック様式の建築群にも見事に具現化されていることを知るだろう。衣服における装飾は、ここにおいて建築における装飾とほぼ手を取り合うのである。

Basilique de  Saint-Denis

《サン・ドゥニ修道院》

Basilique  de Saint-Denis アーチ

《サン・ドゥニ修道院/天井アーチ》

では、ゴシック建築の起源には誰が、或いはどの建物が存在しているのであろうか? 建築家は実は画家や作家ほど固有名を後世に残していない者が多いが(代わりに建物を残す)、《サン・ドゥニ修道院》の装飾性を最初に考案したとされる当時の修道院長ジュジェールは、おそらくゴシック建築において特筆すべき存在である。《サン・ドゥニ修道院》は、したがってゴシック様式を語る上での最初の建築として重要である。
ゴシック様式は、そもそも12世紀のパリ中心に出現したスタイルだった。喩えていえば、ロマネスクという田舎娘が、華美なドレスを纏って素晴らしい化粧を施された建築様式といえるだろう。それは教会建築というジャンルの中での、まさにファッション性の先鋭化であり、この様式が「パリ中心」で沸き起こったということに、我々は何かフランス的な芸術精神のヨーロッパにおける優位性を感じはしないだろうか。
さて、先に触れた「ゴシック様式の天井の四つのポイント」について言及しておこう。列挙すれば、ロマネスクには見られない重要な特徴は以下のとおりである。

1 天井のアーチが扇状の組み合わせになり、天井の一番高いところ(天空)まで視点を運ぶように構造化されていること。
2 アーチの中心点として、リブ・ヴォールトと呼ばれる点が存在すること。
3 飛梁と呼ばれる窓枠の骨組みの仕組みが発展し、大きなステンドグラスの窓の設置が可能になったこと。
4 一般的にゴシック様式では天井が高い。例えば《アミアン大聖堂》は43m、《ボーヴェ大聖堂》にいたっては48mに達する。



LA SAINTE-CHAPELLE, PARIS,  FRANCE. Built in 1245-1248

《サント・シャペル大聖堂》

Sainte chapelle  ステンドグラス

《サント・シャペル大聖堂/ステンドグラス》

Sainte chapelle  聖堂

《サント・シャペル大聖堂/ステンドグラス》

Sainte chapelle  天井アーチ

《サント・シャペル大聖堂/天井アーチ》

このように、ロマネスクが「商店街のアーチ」のような単純な形態だったのに対し、ゴシックでは明らかに大規模化し、仕組みも複雑化している。
ゴシック様式には主として二つの時期があり、「初期ゴシック」の代表作として記憶すべきなのは《ラン大聖堂》と《ノワイヨン大聖堂》である。

ランス 大聖堂

《ランス大聖堂》

続く「古典ゴシック期」として重要なのは、《パリ大聖堂》、《アミアン大聖堂》、《シャルトル大聖堂》、《サント・シャペル大聖堂》、《ランス大聖堂》、《ボーヴェ大聖堂》などである。とりわけ、《サント・シャペル大聖堂》は「レイヨナン式」とも呼称され、これは放射状の装飾で知られている。
ドイツのゴシック様式は、フランスとは雰囲気が異なって「城」のようである。代表例としては、《エリザベト聖堂》、《ケルン大聖堂》などである。イギリスのゴシック様式では、《リンカーン大聖堂》があげられる。

St  Maclou

《サン・マクルー教会》

St  Maclou4

《サン・マクルー教会》

先述した「レイヨナン式」の他に、《サン・マクルー教会》の「フランボワイヤン(火焔)式」も重要である。
このように、フランスを発火源にしてロマネスクは高度に装飾性を帯びたわけだが、頑固にもイタリアだけはロマネスク様式のシンプルさに固執し続けていた。





「参考文献」

増補新装 カラー版西洋建築様式史増補新装 カラー版西洋建築様式史
(2010/03/26)
熊倉洋介、末永航 他

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