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07/11のツイートまとめ

tomoichiro0001

ヴェルフリンによれば、全ての芸術的直観は常に何らかの認識論的「形式」に拘束される。絵画を「観る」とは、ある何らかの「形式」によって「観る」こと、すなわち「制度的な眼」を媒介にすることを意味する。同様に、あらゆる芸術作品は例外なく何らかの「様式」の枠内に帰属される。
07-11 22:46

ブルデューは文化的なlégitimité(正統性)を、「自然的差異として誤認されるに至った社会的差異、無根拠な根拠」として定義する。ノブレス・オブリーシュやナショナリズムは「正統化」された「ドクサ(臆見)」、すなわちortho-doxie(正統ドクサ)であり、本質的に幻想である。
07-11 22:41

ブルデューは『美術愛好』で「眼は文化的産物である」という定式を提示しているが、これは「視点が対象を創造する」というソシュールのテクストを敷衍したものである。同様の見解は、ヴェルフリンの『美術史の基礎概念』結論部の認識論とも一致する。
07-11 22:36

modus operandi(作り出す方法)をハビトゥスとした場合、opus operatum(作り出された作品)とは行為者の諸特性、生活様式である。ハビトゥスが我々行為者の慣習行動を生み出す〈生成母胎〉=〈方法論〉であり、いわば行為者は〈ハビトゥスの作品〉という図式が成立する。
07-11 22:31

フランス語の有名な諺“Chassez le naturel, il reviendra au galop.”(本性を追い払ってみよ、すぐさま舞い戻ってくるであろう➡人の本性は容易に変えられない)は、「ハビトゥス」が「存在」にいかに決定的な影響を与えるかを如実に物語っている。
07-11 22:26

現代文学の通奏低音たる「書くことの不可能性」について、ド・マンはlinguistic predicament(言語的な苦境)と表現している。「ポール・ド・マン・ルネサンス」である現在、その思想的営為は、今後新しい文学の可能性を開く全ての書き手にとって豊穣な収穫を齎すだろう。
07-11 22:21

文化的に何が「正統的」であるかというこの問題は、常に〈界〉内でのclassement(分類=階級付け)の操作を通して行われる。「R・シュトラウスは世俗的だがバッハは正統的である」、「P・ハイスミスは大衆的だがH・ジェイムズは純文学的である」などの「印象/効果」はここから生まれる。
07-11 22:16

distinguerの過去分詞であるdistinguéが形容詞になると、「上品な、気品ある」という意味になる。différences(差異)、différenciation(差異化)、discrimination(差別)もdistinctionの概念的な射程範囲にある。
07-11 22:11

ブルデュー社会学の基礎概念であるdistinctionは「他者から自己を区別して〈際立たせる〉こと」を意味する。「区別、弁別、識別」、AとBの差異、その差異の認識である。これは元々、フランス語特有の代名動詞であるse distinguer(自分を他者と区別する)の名詞形である。
07-11 22:06

六つの特徴は「読書のスタイル」や「絵画の審美眼」などの「美的性向」においても共通するため、行為者の「ハビトゥス」を顕在化させる。goûtが「趣味」だけでなく「味覚」を意味するのはこのためである。生活上の必要性から最も距離を置く行為者はより「ゆとり」があり、貴族的である。
07-11 22:01



ブルデューは「文化貴族」の諸特徴を以下のような〈味覚〉のアナロジーによって説明する。⑴量より質⑵実質より形式⑶材料より調理法⑷栄養より盛りつけ⑸重くて脂っこい食べ物より軽くてあっさりした料理⑹気取らない無造作な食べ方よりマナーを重視する礼儀正しい食べ方
07-11 21:56

家庭環境を構成している全ての質の良い「文化的財」(objectivé〔客体化された〕文化資本)は、ただそこに存在するだけで教育的効果を及ぼすという事実を、ブルデューはアメリカの計量経済学者ケネス・ジョゼフ・アローを緩用して「全般化されたアロー効果」(ブルデュー)と表現する。
07-11 21:51

goût(趣味)は貴族的な「贅沢趣味」と庶民的な「必要趣味」に大別される。前者はオペラ、絵画鑑賞などの行為であり、「必要性」への度合いが低ければ低い行為ほど、より文化的なlégitimité(正統性)が高く、行為者の実質的な文化資本を反映した「美的性向」によって選択されている。
07-11 21:46

ド・マンはヘーゲルの言語論の通奏低音としての「私は私について何も言えない」、「私が思考する事柄について私は何も言えない」という言明を受けて、主著『読むことのアレゴリー』の冒頭にパスカルの「ゆっくり読んでも、早く読んでも、何も理解できない」というテクストを掲げている。
07-11 21:41

オリジナルな農地(テクスト)は存在しない。どのような「芽」も、現在の農地Aに先立つ別の農地Bから収穫されたものであり、Bから得られたsemence(種、精液)によって成立する。換言すれば、全ての書物aは先行する書物bとの間でdisséminante(散種的、分散的)な関係を持つ。
07-11 21:36

我々はいま一度、ド・マンがなぜこれ程「言語」が作り出す審美的な「衣裳」を剥離させ、骨格を露出させようとしているのかを考えてみる余地があるだろう。そこには、言語によって「歴史」が捏造されてきたという事実が間違いなく想定されている。
07-11 21:31

私小説の構造における主体として認定されてきた「わたし」なるものは、実は作品の言語的機制から物質的に構成されている「腹話術師に操られた人形」(ド・マン)に過ぎない。我々が「書く」行為の主体ではなく、むしろ言語によって我々自身が「書かれている」のである。
07-11 21:26

我々は言語によって、実際には特に感動もしなかった出来事を審美化し、書く前の「空虚」を意識的な「明察」の方へ、メランコリアから「回復」の方へ繋げることができる。これこそ、ルソー、ヘルダーリンらに通底する「ロマン主義のレトリック」による審美化のメカニズムに他ならない。
07-11 21:21

ベンヤミンが述べたように、「翻訳」は「原作」に先立つ。「原作」は、翻訳者の「解釈」を含む何らかの翻訳テクストによって後天的に我々の前に現前したものである。同様に、自叙伝/私小説は実体験を「翻訳」によって「意味賦与」する限りで、常に既にイリュージョンに他ならない。
07-11 21:16

fait(事実)がfaire(作る)の過去分詞の名詞化であるように、我々の過去についての知識も歴史学が「物語化(虚構化)」した「テクスト」に依存している。言語にはこうした「真実を〈拒む〉」という「不気味な力」が働いている。
07-11 21:11

フランス語のhistoireは「歴史」だけでなく、「物語」をも意味する。この単語が持つ通約不可能性は、「歴史」が「事実」でありながら「虚構」にも足を浸けていることを意味する。言い換えれば、歴史もまた虚構を招来せざるを得ないということを既に本質として孕んでいるのである。
07-11 21:06

タキトゥス『年代記』の名高い「ペルケンニウスの演説」では、兵士達は極めてリアリスティックに描写されるが、実はillustratio(劇化)された誇張法で彩られている。アウエルバッハはその文体の特徴を「雄大な修史の文体には誇張法が必要であり、それはたいてい虚構的なものだ」と述べる。
07-11 21:01

「文化貴族」がたとえ両親への反撥から下賤、異質な趣味を獲得しようとしても、「性向」へと身体化している上流階級特有の認知構造までは変えられない。文化資本の相続は父母から分泌される「文化的樹液」であり、生物学的遺伝ではなく家庭環境によって再生産される資本は「環境資本」と呼ばれる。
07-11 20:46

文学においては採用される「文体」は行為者の「文化資本」を測るための指標である。「文体」には作家そのものが宿ると言われるように、たとえ平穏な日常を描出していても、卓越した「文化貴族」にのみ理解可能なほどにコード化された技巧的な表現を駆使すれば、それはハビトゥスの高さの指標になる。
07-11 20:41

「フランス貴族協会(ANF)」の調査によれば、資本主義化が進む18世紀以降、多くの真性貴族たち(昔ながらの伝統貴族)が往々にして実質的にブルジョワ階級に対して経済資本の面で弱い立場にあり、婚姻による血統性の曖昧化が進んでいる。
07-11 20:36

プルーストとブルデューが間違いなく一致している「貴族性」こそが、「知的な偉大さ」である。例えばシャルリュス男爵はヨーロッパの美術、音楽、家具、建築、都市などについて語る上で、その「様式」の変遷を含めてdistinctionを相手に感じさせ、貴族特有の頽廃的趣味まで兼ね備えている。
07-11 20:31

「人はnoblesse(貴族)に生まれるが貴族になるのである。貴族でなければ貴族として振舞うことはできない。しかし、貴族的に振る舞わなければ、貴族でなくなるのである。換言すれば、社会的魔術はしっかり現実的な効果を発揮するのである」ブルデュー『国家貴族』
07-11 20:26

「気前の良い贈り物」ほど、見返りとして与えられる「対抗贈与」としての「象徴資本」の獲得、あるいは「認知資本」の増加を企図している贈与は存在しない。一見「無償」に見えるプレゼントほど、贈り主は何らかの象徴資本に「贈る」という行為を変換(トレード)している。
07-11 20:21

「差し迫った未来」は常に予見可能である。何故なら、卑近な未来を生成させるのは行為者の「性向」の産物としてのhabitudes(習慣)なのだから。換言すれば、行為者の「性向」に書き込まれている〈界〉内での慣習行動の歴史を分析すれば「行為」のパターンはいつでも素描可能である。
07-11 20:16

類似したハビトゥスに属する行為者は社会的に結合する傾向を持ち、これをブルデューはスピノザの概念を応用して「コナトゥス」(自己保存のためのプログラム)と表現する。これはその人間をハビトゥスの内面的自己規定に従って永続化させる原理であり「ホメオスタシス(生体恒常性)」とも相関する。
07-11 20:11

卓越した文化/経済資本を相続できる貴族的な家庭で生まれ育った行為者は、生まれた時から自然に「資本が資本を求めるように、貴族は貴族的人脈を呼び寄せる」(ブルデュー『国家貴族』)のであり、社会関係資本のネットワークが遺産相続者たちの出世に多大な利益を齎すようになる。
07-11 20:06

日本では昔から子女に「文化的洗練性」を美徳として教育する傾向が強く、これが成人後の「結婚戦略」にとって大きな武器となってきた歴史がある。統計調査では文化資本が高い女性ほど結婚後の社会的地位が高くなり、男性が文化資本の高い女性を選ぶことで文化資本が「再生産」される下地が形成される。
07-11 20:01

統計調査から判然となるのは、女性の中でも特にハイカルチャー志向が強いのは「専業主婦」である点である。職場からも一時退いている学歴資本の高い彼女たちは「大衆文化を排除する戦略」を自然に身体化している場合が多い。ハイカルチャー志向は上級文化専門職に限定されてはいないのだ。
07-11 19:56

男性の場合、高い文化資本を所有していても企業内での社会関係資本の構築、円滑化のためにそれを「隠す」(大衆文化を「纏う」)というエリート的な所作が見出される場合が見られる。「出る杭は打たれる」というのが、〈和〉という観念で欺瞞的に踏襲されている現代日本の文化的実態に他ならない。
07-11 19:51

「文化資本」を「読書文化資本」と「芸術文化資本」に分別すると、後者のタイプで女性の方が男性をはるかに上回る傾向が存在する。ブルデューが『美術愛好』で可視化したように、高学歴女性ほど卒業して働くようになってからも永続的に美術館、博物館、オペラ、コンサートなどに足を運ぶことが多い。
07-11 19:46

大学教授クラスになると、日本文化だけでなく西洋の歴史、文化、芸術、思想についての極めて高い文化資本を持つ「文化貴族」が多くなる。換言すれば「専門外」の分野でも比較的豊かな文化的素養を当たり前のように身体化した行為者である。
07-11 19:41

日本でライフスタイルを分析する上で重要なのは、ブルデューがフランスで行ったように「文化資本×経済資本」の多寡によって分布図を作成することである。この二大資本の交叉配列から明らかになるのは、「西洋文化趣味」は統計的に本人と両親の学歴資本が高く、支配階層と深い相関がある事実だ。
07-11 19:36

文化消費パターンにおける「ハイカルチャー(文化威信の高い文化活動群)」とは、「オペラ、クラシック」、「美術館、博物館」、「歌舞伎、能、文楽」、「華道・茶道・書道」、「短歌、俳句」等の消費として社会学的にカテゴライズされる。
07-11 19:31

文化資本、経済資本が高い家庭に出自を持つ行為者の「相続文化資本」は、成人後のハイカルチャー消費の「再生産」へと結実する。現代日本において「文化貴族」の血統性を保存する社会的ホメオスタシス(恒常性)がより堅固に機能するのは、特に女性の高学歴層においてである。
07-11 19:26

「ポップスよりもクラシックを愛好する」、「漫画には眼も向けず文学に耽溺する」、これら好き嫌い、共感、反感、引力、斥力として発現する感情は、常に本質的なものである。非常にデリケートで細やかな文化的趣味のディテールに至るまで、全ての「性向」は「社会的構築物」に他ならない。
07-11 19:21

行動とは「歴史化された身体」=行為者が、社会空間において「身体」を還元していく行為であり、この継続により身体は逆に「歴史化」する。この図式が「世界の生成原理」である。「社会化した身体は社会という身体によって形成されたのであるし、また、それと一体をなしている」(ブルデュー)
07-11 19:16

実はあるアーティストに最近とても注目しています。明日、その人の代表作の一つが届くのが楽しみです。一つ作品が完成したので、意識をクリアにして新しい領域に触れていきたいな。
07-11 19:05

最近は前以上に野菜や豆乳、魚中心の食生活を心掛けるようにしています。
07-11 19:02

夏がいよいよ本格的に始まりましたね。夏生まれだけあって、この季節の持つ明るさと躍動感が好きです。
07-11 18:55

RT @lunar_shirayuki: 今日は久々に暑かった!やっぱりボディーソープより石けんの方がすべすべになるし、私には合うかなぁ…
07-11 18:38

RT @Libroantiguo: World Map Drawn in a Fool's Head, by an unknown artist, c. 1590 http://t.co/6ADP65ZlbB
07-11 15:22

RT @dessinatrice001: Dieu n'existe pas encore(神はまだ存在しない)――現代思想において世界的注目を集めるQ・メイヤスーの神論に真正面から文学的応答を試みた表題作を含む、これからの時代の新しい文学。鈴村智久 『私たちの存在の墓で』 h…
07-11 15:17

RT @dessinatrice001: 「課題は、神と必然性(神は存在せねばならないか、神は存在してはならない)の間にある、無神論と宗教の連帯を暴き、神を潜在的なもの(神は存在し得る)へと結び付けることである」クァンタン・メイヤスー「亡霊のジレンマ」
07-11 15:17

RT @dessinatrice001: 「最も特異的で、最も興味深く(逆説的ではあるが)ニーチェの要請に近い意味で、最も〈高貴な〉、そうしたle possible divin(神の可能性)とはどのようなものだろうか」クァンタン・メイヤスー「亡霊のジレンマ」
07-11 15:17

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