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08/23のツイートまとめ

tomoichiro0001

情熱を注いだテクストに相応の価格設定を行うこと、それは読者様に対する作者の「責任」が発生する行為でもあります。換言すれば、価格に見合うだけの「質」を自らに課すことになる。これが相乗効果になって結果的に作品そのものの品質や作者のインセンティブの向上に繋がります。
08-23 19:26

久々にAmazonの売上チェックをすると、表象文化論学会を舞台にした『メタフォリカル・オートフィクション』の販売数が8月でかなり伸びていました。御購入して頂いた読者様、本当にありがとうございます。
08-23 19:19

そしてベストタイミングで実家から以前買い揃えたドゥルーズ・コレクションが届きました。メイヤスーの論文三本を読解した現在、SRに共通するあの重要概念を軸にして新しい読み方が試せそうです。
08-23 19:01

泳ぎながら感じたのは、水中の静けさ。プールサイドでは利用客の声が反響しているのですが、ゴーグルを付けて泳いでいる時は海の中の隠された洞窟に入ったような不思議な子宮回帰感に満たされます。高木正勝の《water》を聴いた時にも同様の感覚を覚えました。
08-23 18:51

彼女とプールで泳いできました。少年時代から水泳は習っていましたが、やっぱり今になっても爽快ですね。全身運動で健康にも良く、終わりにはジャグジーで疲れもほぐれました。私の場合、不思議とスポーツ中に小説の構想が浮かぶことが多いです。 http://t.co/NYZdtlAuPU
08-23 18:40

『マーターズ』の中に登場する、ヒロインの一人にしか見えない傷だらけの女性(あまりに悪魔的な)の声が未だに耳に残響するのは、私がこの存在に「恐怖」を感じたからだと思います。フランスはカトリック国ですから、地獄の実相に相応しい表現をよく理解していると思います。
08-23 12:19

例えばパスカル・ロジェ監督の名高い『マーターズ』(何気にグザヴィエ・ドランも出演している)は、評価にばらつきが見られるものの「恐怖」の演出において傑出していると思います。 https://t.co/117jUD1WkJ
08-23 12:11

ヤン・ファーブルはかつて、自分は制作のために往々にして「恐怖」を感じるようにしていると語っていましたが、ファーブルの『わたしは血』等の詩集を読んでいるとその意味がよく分かります。「恐怖」はバークも述べたように美学的には「崇高」と直通する稀有な感覚様態。
08-23 12:03

昔好きで幾つか翻訳していたイェイツが「枝は数あれど幹は一つ」と綴っていましたが、最近は諸宗教について特にそう感じます。私がカトリック「である」ことに実は意味はなくて、その教えが仏教等においても見出されることを発見していくことの方が、これからの時代には重要ではないかと思います。
08-23 11:56

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