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12/14のツイートまとめ

afterfinitude01

新宿ブックファーストで「反知性主義に陥らないために」と題して何冊か人文書が並んでいましたが、最前列にヴィヴェイロスとストラザーンが。ヴィヴェイロスの場合、反知性どころか「非人間的なもの」へ誘うような。
12-14 22:46

RT @lunar_shirayuki: ミシェル・ウエルベックの『地図と領土』文庫版を帰省時に持ち帰って読もうかな
12-14 22:40

入不二基義『あるようにあり、なるようになるーー運命論の運命』も面白そう。哲学の時間論系統では今一番話題な感じですね。メイヤスーとの兼ね合いでも注目されている模様。 https://t.co/czTZZBxl2Y
12-14 22:39

ラッツァラート『記号と機械: 反資本主義新論』はドゥルーズ棚の隣に面陳で並んでいました。帯が珍しく本の上側に付いていて、通常の本より正方形に近いデザイン。最近の学術書はレイアウトもけっこう凝っていますね。 https://t.co/rfaLRmr3WC
12-14 22:34

話題になっているベルント・シュティーグラー『写真の映像』 (芸術論叢書)が新宿ブックファーストの写真論棚の面陳になっていたので少し立ち読み。この本、掲載写真のセンスが良すぎる。アルバムとしての価値だけでも高そう。 https://t.co/T2YrDz1Dwh
12-14 22:29

エドゥアルド・コーン『森は考える』の書影と帯文が出てますね。とても楽しみ!「発表と同時に欧米の人類学会でセンセーションを巻き起こしグレ ゴリー・ベイトソン賞を受賞した注目のエスノグラフィー」 https://t.co/GR4urvsEji
12-14 22:23

RT @kotensinyaku: 『寄宿生テルレスの混乱』(ムージル/丘沢静也 訳)知性はどうやってサディズムに転じるのか。 耽美主義はどうやってテロに転じるのか。 無意識の大陸を発見した「第二のコロンブス」ムージルが、クールに描いたボーイズラブの古典(訳者)https://…
12-14 20:00

RT @lunar_shirayuki: 神保町の古書店で購入したボルヘスの『砂の本』、エドゥアール・デュジャルダンの『もう森へなんか行かない』 https://t.co/ugh0flbOvo
12-14 17:25

RT @Libroantiguo: "A demon reads sitting on a reprobate."🎨Detail from The Garden Of Earthly Delights, Hieronymus Bosch, 1490 - 1510. https…
12-14 16:22

昨夜はこの論稿があまりにも素晴らしかったので、その感動に与かりながら原稿も加速しました。やっぱり星野太さんの論文は面白い。表象文化論界隈だと、若手で最も信頼できる研究者だと思います。
12-14 07:51



c)にはメイヤスーの「能動的生成」(生成のカオス)やヴィヴェイロスのcosmological perspectivismが含まれると考えます。ーー「知覚しえぬものになること」
12-14 07:47

星野氏のこの極めて重要な崇高論から、少なくとも「超越へ向かう三つの道」(星野氏は二つと表現していますが)を素描可能だと思います。a)神へ向かう垂直的な超越b)崇高からの失墜を表象する放物線状の超越(悲劇やオペラ、ロマン主義芸術)c)人間から動物/モノへ横断する水平的超越
12-14 07:42

相思相愛の天上的恋愛をhupsosの一つの様態として捉えると、死が接近することで愛は最も「高み」へ、すなわちhupsosへと至る。こうしたオペラの美学(そしてオペラを悲劇の世俗化として考えたであろうヴィスコンティ)を最終的に下準備するような論稿になっているように思います。
12-14 07:36

星野氏が重視するドゥギー的な「parabolique(放物線を描く=寓話的)な思考/エクリチュール」は、究極的には「悲劇」に逢着する気がします。例えば初期ワーグナー『さまよえるオランダ人』やプッチーニ『マノン・レスコー』でも共通して第四幕は「悲愴化」する。
12-14 07:32

ヴィスコンティの映画では往々にして煌びやかで優美な世界が後半で悲愴化する(アリストテレス『詩学』で概念化されるメタバシス)という共通のモチーフが見受けられるのですが、ヴィスコンティ自身も同時代の敬愛するトーマス・マン同様にギリシア悲劇を模範にしていました。
12-14 07:24

非常に興味深いのは、ドゥギーがhupsosに「イカロスの墜落」の観念を結合させる点。この辺りからは私が星野氏の論稿を読解して考えたことなのですが、この「崇高なるものは失墜せねばならない」(そうでなければなぜ崇高と言えよう?)という図式は、まさにヴィスコンティの映画の主題そのもの。
12-14 07:19

星野氏が強調するのは、「誇張法」とはそもそもhyper-bolè(上方への投擲)を意味していて、ドゥギーによってhupsosと同一視されている点。つまりドゥギーにとって「崇高」(高みへ向けて思考を高めること)とは、「あたかも神聖なものの側から見られた眺望へと自己を移送すること」。
12-14 07:15

ドゥギーにとって崇高とは何よりもhupsos(高み)を意味していて、美学上よく用いられるsublime(崇高)では、この「思考の高みへ」という原意が失われてしまう。星野氏はこの点を核にして修辞学的な誇張法との相関を指摘しつつ議論を展開しています。
12-14 07:09

星野太氏のミシェル・ドゥギー論「放物線状の崇高」(『表象06』)読了。「崇高」について論じる際、カント『判断力批判』やバーク『崇高と美の観念の起源』を基礎にするのが定石だったのですが、ドゥギーは彼らより遥か昔の偽ロンギノス『崇高論』を基にして崇高概念の原意を炙り出していく。
12-14 06:59

RT @Situations01: Dieu n'existe pas encore(神はまだ存在しない)――現代思想において世界的注目を集めるQ・メイヤスーの神論に真正面から文学的応答を試みた表題作を含む、これからの時代の新しい文学。鈴村智久 『私たちの存在の墓で』 http…
12-14 01:09

RT @dessinatrice001: なぜ愛は詩の形式に至るのか? 〈貴族〉、〈薔薇〉、〈輪廻転生〉、〈オペラ〉など様々な詩的概念を駆使して愛の迷宮を生成させた、鈴村智久による二十三篇の魔術的な恋愛詩集『薔薇苑』。ドゥギー、デリダ、ヴァレリーについての詩論を併録。 htt…
12-14 01:07

RT @dessinatrice001: ヤン・ファーブル、入沢康夫、ジルベール=ルコントなど、今日もラディカルな議論を呼び覚ます危険な詩人たちのテクストを分析しつつ、詩作を通して〈来たるべきエクリチュール〉を召喚する革新的な批評詩集。鈴村智久『神のhttpステータスコード』h…
12-14 01:05

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