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12/26のツイートまとめ

afterfinitude01

精神病と神経症の鑑別診断は難しいそうですが、「あの人は私に気があるかも?」という一般的に誰もが経験する神経症的な傾向は、精神病では「あの人は私を愛している」と確信するにまで至る。それも、ほんの些細な身振りやアイコンタクトなどが確信へ至る「符牒」として機能する。著しい差異。
12-26 20:07

ある婦人が社交界に出られない理由として「足の激痛」を主張したエピソードで、フロイトは実は彼女の起源にあるのは社交界に出ること自体への「不安」であり、それと連合した動機付けとして「足の激痛」が口にされていたそうです。典型的なヒステリーの一例ですが、思考方法として興味深い。
12-26 19:59

年末年始にかけて自分の武器の一つにしたい本に『人はみな妄想する』があるのですが、初期ラカンを論じる際に言及されているフロイトの見解がやっぱり面白い。フロイトは本当に捨てたものじゃないですね。
12-26 19:55

大江健三郎も「名状し難い」という表現を使っていましたが、ここで表現の幅が制限されているのではなく、むしろこれを契機にして内的な心理が展開される。その一つの折り目、シグナルとしても機能すると思います。例えば「言葉では言い表せないほど好き」等も、ここから言葉が発芽する散種的な発話。
12-26 19:43

丹生谷氏が言及しておられる問題は、一つには語用論的な機能性の観点から「言葉では言い表せないほど」が利便的だからという点も指摘できます。そこで思考が停止しているのではなく、ひとつの通俗的なメタファーとして多用されているのではないでしょうか。「超絶的」とか「凄まじく」と類似した用法。
12-26 19:37

RT @cbfn: 生涯全くに近く「小説」を読まなない者はいて、それに対して1日数冊読むなんて者もいる訳だが、では後者より前者の方が「小説を読んでいない」という断言はできない。脳は間断なく「造話」することを止めない以上、前者が生の全細部を「小説を読むように」読んでいると推定する…
12-26 15:44

RT @cbfn: 例えば「言葉では言い表せない」という時、それは一般言説、書字の位相においての認証であり、「あらゆる知覚、認識は本質的に言葉である」という位相においては不正確である。あらゆるものは潜在的に言語的であり言語で表せないものは「存在しない」。無論「言葉とは何か」を巡…
12-26 15:42

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