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02/21のツイートまとめ

afterfinitude01

@omnivalence御親切にありがとうございます^ ^私は清水先生のそういうオープンな面や解釈の深さを心から尊敬しております。コーンの著作はリストに入れていたので、いずれ読もうと思います。この度は御忙しい中で時間を取っていただき、本当に感謝いたします。
02-21 19:02

RT @omnivalence: @afterfinitude01 ハーマンの暗示、魅力(allure)という考えと人類学の問題を絡めるのは面白いと思います。エドゥアルド・コーンもまた、親和性高いでしょうね。
02-21 18:58

RT @omnivalence: @afterfinitude01 結局、事実性は「絶滅」よりもしぶとい概念なんですよ。しかも平常底というか、普通にあるわけです。
02-21 18:58

@rinlaku はい!ぜひそうさせていただきます^ ^*穏やかで美しいリリシズムを感じさせる絵画としては、真っ先に私などはデンマーク室内画派を意識しましたが、他にもすいれんさんも好きそうな作品を探してみますね♫
02-21 15:51

@rinlaku ケニントン、教えていただきありがとうございます^ ^*陽の当たる柔らかで静謐な印象を与えますね。私も読書する人物画のモチーフは絵画の中でも特に惹かれます。
02-21 15:25

RT @rinlaku: @afterfinitude01 これは…ケニントンの「窓辺で読書する女性」でした!一目で気に入ってプロフィールにしましたが、これに近づきたいものです…笑 ナティエ、とても美しくて好きです(^ ^)
02-21 15:22

@rinlaku これは!初期ルドンですね^ ^*なんだかそんな気がします。ちなみに、すいれんさんのプロフィール画像の窓辺で読書する美しい令嬢はどなたがお描きになられたのでしょう?私の予想では、ナティエです。(当たるかなぁ)
02-21 15:08

RT @rinlaku: @afterfinitude01 鈴村さん、こんにちは* なんとも言えない温かさがある絵ですよね。瞼が開くと案外こんな感じだったりして…と思ってしまいました^_^; https://t.co/K8LK5ZYBp0
02-21 15:04

@junichi_abe abe junichiさん、お久しぶりです^ ^お元気でしょうか?執筆などでお互い大変かもしれませんが頑張りましょうね。応援しております。
02-21 15:01

RT @junichi_abe: プロフィールを変更しました。僕の本は次のサイトで販売されています。よろしくお願いします。kindle:https://t.co/lALfxvCWCuiBooks:https://t.co/eP2AedNlTk
02-21 14:52



ニャー https://t.co/gYwZD203Jn
02-21 12:10

私は清水先生の、こういうオープンに読者の意見に真摯に応えてくれるところが好きで非常に尊敬しています。プロの研究者って、こういう人だと思う。
02-21 12:03

@rinlaku すいれんさん、こんにちは^ ^*これは妙に可愛いですね。瞼を開くと、どんな瞳をしているのだろう?
02-21 11:57

RT @rinlaku: 病める果実 https://t.co/d1MXU51GIP
02-21 11:55

RT @omnivalence: @afterfinitude01 ヴィヴェイロスの議論はややこしいのですが)ことが示された時点で、単自然論的相関主義は崩されていく。シャーマンは、それらが崩れた世界で、いくつかのパースペクティヴを跨ぎながら存在しているエージェントなのではないか。
02-21 11:52

RT @omnivalence: @afterfinitude01 単なる相関主義とは異なっているのではないか。それが、多自然主義なのではないか。シャーマンは確かに横断的だけど、多自然性というのはそれ以前にすでに言われている。オブジェクトが、複数の主体化をまたぐように存在しうる…
02-21 11:52

RT @omnivalence: @afterfinitude01 少なくとも、相関主義で問題なのは主客の相関プロセス自体が唯一のものとして肥大していくということだと思います。ヴィヴェイロス的なパースペクティヴィズムは、お互いのパースペクティヴが離接的に相互包摂するという一種の…
02-21 11:52

RT @omnivalence: @afterfinitude01 ただコギトが懐疑を通じて否定しがたいものとして出てきたのと、同じような出方で事実性はでてくる。そして、コギトにも先行するものである、というのをメイヤスーは明快に示していると思います。
02-21 11:52

RT @omnivalence: @afterfinitude01 「メディウム的なコギト」と仰っているのは「事実性」のことですよね?たしかに、コギトと事実性はペアとはいいましたが、それは事実性がコギトを生みもするし、生まないこともあるからです。無コギトともペアでありうるし、色…
02-21 11:52

@omnivalence 以上のようなことを先生の説明を読んで考えました。そして以前より両方の本のアクセスの回路が広がったように感じます。Twitterでこのように質問させていただいたのは初めてでしたが、とても貴重な御返答をいただけました。この度はどうもありがとうございます。
02-21 11:52

@omnivalenceならば、都市で暮らす我々にも何らかの手段や方法(それはハーマンが「代替因果」で言う「暗示」なのかな、と思ったりします)によってそれが可能ではないかという点です。シャーマン的な生成に自己を譲渡し得ない以上、やはり思弁的な著述による接近以外にない、と。
02-21 11:45

@omnivalence 単自然論的相関主義をトゥピナンバのカニバリズムや縁組の概念が突破した、つまり作中でも言及されている新しい人類学の研究者たちは相関主義の外部に立っている、ということだと思います。その点を踏まえて私が更に感じるのは、シャーマンがもし動物や物にアクセス可能
02-21 11:29

@omnivalence 事実論性の原理は祖先以前性に関わらずにあらゆる事物において現在も機能していると考えれば、まずコギトの可変性こそがそこに浮上しなければならない、ということだと読んでいて認識しました。そう考えると、アマゾンの捕食的な自己の生成過程にも連結すると思います。
02-21 11:15

@omnivalence 清水先生、この度はこのような素晴らしい返答を御丁寧にして下さり心から感謝申し上げます。事実性とコギトの件については、先生の説明を読んで腑に落ちました。私の混乱の原因は、祖先以前性を思考する者のいない絶滅の問題と結合させて考え過ぎていたからだと思います。
02-21 11:06

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