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02/26のツイートまとめ

afterfinitude01

@ryoku28 そうなんだ、僕も日本の思想家たちもちゃんと読まないとな〜!僕もまた小説書きたいなと思うよ。りょっくんのこの前の小説は本当に良かった。文体もイイ感じだったよ。お互い頑張ろう。
02-26 20:07

@ryoku28 久しぶりだね^ ^りょっくんはいつも勉強してて偉いなあ。僕もがんばらなきゃ!
02-26 20:01

@ryoku28 りょっくん、僕もそう思うんだ。
02-26 19:58

RT @ryoku28: 「寄り添う」のと「こころを開く」のは、似て非なるものではないか。あるいは、正反対のものだとさえ言っていいのではないか。
02-26 19:57

RT @ryoku28: テクストに対して「寄り添う」ことはできるのに、「心を開く」ことがあと一歩のところでできない。これを飛び越えれたら、もうちょっとマシな本読みになれそうなのに。
02-26 19:57

@sumire07211 内島さん、こんばんは。この前、内島さんが描かれた漫画を少し読ませていただきました。独特なシュールさと知的な雰囲気があって良かったです。確か大学の仲間と超能力について議論しているような展開でした。
02-26 19:50

RT @sumire07211: この「肉付けの技術」がよく発揮されたロダンの作品は、未完に見える人体像の作品群とされ、つまり、断片化と未完が「肉付けの技術」によって橋渡しされている。視覚(ヴィジョン)のみの全体性との対比で考えると面白い。
02-26 19:43

RT @sumire07211: ロダンに全体性という観念を放棄させ、断片化のほうへ向かわせるものだった。(桑田光平「透明で不透明な像―ロダン≪バルザック記念像≫をめぐって」より)
02-26 19:43

RT @sumire07211: 視覚に対する手触り(触覚)の優位や、表面の隆起のダイナミズムもそこから生まれることになるだろう。この「肉付けの技術」は、スタインバーグが実際の作品に沿って検討したように、また、リルケが1902年にロダンのアトリエを訪れた時に直観的に感じたように、
02-26 19:43

RT @sumire07211: 彫刻というメディウムにおいてもっとも重要なのはマッス(量塊)とヴォリューム(量感)であり、「内部から生気にあふれ、外へ放射状に広がるような物体または造形的な量塊として彫刻を捉える」ためには、素材が要請する固有の技術が必要であった。それが「肉付け…
02-26 19:42



@lunar_shirayuki こうやって見るとちょいアジャーニに似てない?
02-26 19:34

RT @lunar_shirayuki: 二年程前にもツイートしたけど再び。イメージのアジャンスマン。CHELSEA WOLFE // MER https://t.co/h6Akj7wUy5
02-26 19:27

RT @lunar_shirayuki: Chelsea Wolfe - The Warden https://t.co/fLSbtZx3qT
02-26 19:26

女の子にはどんな時でもこの気持ちを忘れないようにしてほしいな。オーギュスト・ロダン《私は美しい》(国立西洋美術館/撮影:鈴村智久) https://t.co/TB9ckpI0Me
02-26 15:58

このあたりの、新しい人類学とSRの接続可能性/不可能性については、『現代思想』で再び清水先生と千葉先生の対談みたいな特集で読んでみたいんだよな。今の私はかなり無理してギリギリのところで二つをなんとか繋げようと努力してるんだけれど。
02-26 14:21

ただ、数学もまた世界の外部性の担保にはなりえない、とも考える必要がある。そうすると何もなくなる。相関主義の出口はない。数学に密かな希望を寄せるメイヤスーは、彼自身の理論によってその希望を封殺されなければならない。
02-26 14:12

つまり私が今書いているテクストは、メイヤスーによってヴィヴェイロスを批判する方向へ向かいつつある。シャーマンという巧妙に人間中心主義的な行為者は相関主義批判を厳密に回避するために除去されなければならない。数学以上には世界の外部性の担保にはなりえない。
02-26 14:07

メイヤスーが相関主義の出口に数学を仮設する作業と、ヴィヴェイロスがドゥルーズの離接的総合を食人に応用する作業は根本的に違う。もしも相関的循環を回避する術がシャーマンの横断性にあるならメイヤスーもあれほど批判を吸収して綿密に論を張らなかったはず。
02-26 14:02

これは確かに即自を主観的に把握する相関主義ではないし、主客の相関プロセスも中性化されている「ように見える」。ただ、メイヤスーは相関項に意識、言語、存在をまず筆頭に挙げていた。人間の意識によって死者や動物との相互包摂が起きる限りで、ヴィヴェイロスはメイヤスーの批判を回避不可能では。
02-26 13:55

アマゾンには複数のオブジェクトが存在していて、ヴィヴェイロスによればそこには人間や動物、石や植物だけでなく死者や精霊も含まれる。セールの準-客体論を踏まえると、そうした複数のオブジェクトの競合的なゲーム状況の中から主体が瞬間的に、あくまで可変的な流動の一プロセスとして生成する。
02-26 13:47

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