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03/08のツイートまとめ

afterfinitude01

RT @dessinatrice001: 「一塊の物質は、どんなに微小なものであっても無限の情報を含むと考えられる。だが身体は、それをinterruption(遮蔽)することでfinitude(有限性)を獲得する」Q・メイヤスー「減算と縮約」
03-08 20:58

RT @Qualia726: 非-相関主義的「ダンス・ステップ」
03-08 20:33

@Qualia726 哲学女子いいと思うよ🌟
03-08 20:31

@junichi_abe ですよね^ ^♫クラブミュージックっぽいですよね。abeさんのインスピレーションで何かBalam的なもの作っちゃってください笑
03-08 20:30

@Qualia726 僕も休憩中です^ ^ともこさんは哲学系とかお好きな感じですね。
03-08 20:27

@Qualia726 あまりご無理をなさらないようにしてくださいね^ ^のんびりいきましょう♫
03-08 20:25

@Qualia726 こんばんは〜^ ^ともこさんは飲み会だったのかな。二日酔いでメイヤスーは字が泳ぎそう笑
03-08 20:23

@junichi_abe Balam Acabいいですよね♫音楽系に強いabeさんもいいって言ってくれて嬉しいです^ ^水っぽいサウンドもあって癒されるんですよね。
03-08 20:21

RT @lunar_shirayuki: 重力波:世界初観測 国際研究チーム 宇宙誕生のなぞに光 - 毎日新聞 https://t.co/Sou4qbEozn
03-08 09:04

RT @sumire07211: (石澤誠一『翻訳としての人間―フロイト=ラカン精神分析の視座』より)
03-08 08:57



RT @sumire07211: 詩とは<失われたことばをもとめる>探究行為にほかならない。私が忘却し尽くしているものへの郷愁、言語が絶えず脱落させていくものへの自省、忘却の彼方にある残滓への問いかけ、こうした郷愁、自省、問いかけが人を詩人にする。詩人は、言語によって忘却に働き…
03-08 08:56

RT @Qualia726: 思考可能であるかないかとは、そもそも言語に直結してるのではないか。
03-08 08:54

ちなみに前、こういう音楽流れてるクラブなら踊るのも楽しいだろうなって意味で紹介したのがこれ。 https://t.co/evBLWXw3l8
03-08 08:50

現在まだ400字詰原稿換算で35枚くらいだけど、50枚越える気がするし、kindleで出版する方向でいこうかな。思えば読んでる本は7割がた評論系統が多いのに、ヴィスコンティ論しかamazonでは出してなかったんだっけ。今書けるだけのことは全部書いておこう。
03-08 08:40

何かを書いていて「行き詰まる」ことって、実は得難い体験なんだと思い始めた。たぶん今だからこそ出会える本があるはず。壁にぶつかったら前は妥協的にそこで終わっていたけれど、これからはなんとかして穴を見つけて、異領域からも貪欲に色々な考え方を摂取しつつ書くことを心掛けよう。継続が重要。
03-08 08:31

(これはあくまで印象だけど、ハーマンは哲学史の大きな流れというよりは美学史に残る可能性のある人で、メイヤスーは前者の流れなんじゃないかな。もっと大きくて謎めいている。その点では決定的にSRで重要なのはやっぱり彼一人なんじゃないかな)
03-08 08:18

概念自体が超越論的主観性に依拠しているとすれば、これにも『有限性の後で』でのフッサール批判(第5章、第1章の註釈)を適用できるはず。結局、SRといっても相関主義の出口を目指す点のみが共通していて、その先は数学とかオブジェクトとか個別具体的な問題になってくるんだろうな。
03-08 08:11

大橋先生がアップされているボードの図式を見ても、ハーマンは現象学の系譜なんだなと思う(実際彼はアメリカの現象学派に学んでいたはず)。例えばある実在的対象(木)が燃えていても、感覚的対象は虚構的直観によりそうではない可能性があるし(アドルノも学位論文でテーマにしたはず)、「暗示」の
03-08 08:02

やはり死者や動物を横断していくヴィヴェイロス的なパースペクティヴィズムで小さく生成を捉えるのではなく、宇宙の初めから終わりまでの流れの中で事実論性の問題を大きく捉えておく方がはるかに面白い気がする。メイヤスーはやっぱり科学寄りなんだと思うな。
03-08 00:58

今私は人類学でもガブリエルでもなく、実は理系の佐藤勝彦先生の宇宙論の本を読んでいるけれど、こっちの方が人類学よりもメイヤスーと断然相性が良いのに驚いている。カントが自然の斉一性を信じていて、アインシュタインがそれを科学的に解体した流れとか、マルチバースの概念とか、本当に。
03-08 00:52

そうか、そもそも言語を媒介にして書かれている時点で、言語や意識を媒介にせざるをえない思考を相関主義だとして批判すると、メイヤスー自身が自分の首を絞めることになるので回避したんだろうな。というより、そもそも数学を人間の手による言語だとは考えていないからこそ聖別できたのではないか。
03-08 00:47

RT @kantaro_ohashi: とりあえず先日補講でハーマン「代替因果について」(岡本源太訳、『現代思想』2014年1月号)読書会やったときに院生のI村さんが書いてくれたハーマンの存在論の図式あげときますね。これで9割がた理解できるはず。 https://t.co/xh
03-08 00:35

RT @parages: @HAYASHI_twit そうですね。マラルメ論の件は措くとしても、『有限性の後で』における言語の問題の不在は明白ですね。相関主義批判をする場合に、ドゥルーズの名を出してもデリダは出さないとか、ウィトゲンシュタインも後期には触れないとか、いろいろとツ…
03-08 00:33

RT @parages: @HAYASHI_twit しかしそうすることで初めてメイヤスーは従来の現代思想とは異なる文脈(つまり思弁的実在論の拡がり)を創り出すことができたので、そのことの意味を考えるべきだと思っています。そのうえで、20世紀の現代思想のパラダイムも再考しうるか…
03-08 00:33

RT @parages: @HAYASHI_twit メイヤスーに関するかぎり、言語の物質性や言説の歴史性というような観点は希薄というか意図的にオミットしていますね。そこは20世紀的な現代思想との距たりがはっきりとあるし、そうした古めかしい哲学者の身ぶりが保守的に見えるのも事実…
03-08 00:33

RT @parages: @HAYASHI_twit メイヤスーのいう事物の事実(論)性と言語の物質性との関連については、本当は問題提起すべきだったけれど、それをやるとあまりに相関主義的な文脈に引きずられてしまうので、立場を旗幟鮮明にするために論述の戦略上やらなかったというだけ…
03-08 00:32

@Qualia726 いえいえ、私もまだまだ勉強中ですよ^ ^だから同じ本を読んでいるともこさんのような方とのお話はこちらも勉強になります。私でよければいつでもまた絡んでください。
03-08 00:23

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