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05/12のツイートまとめ

afterfinitude01

「容貌格差」についての新刊が出たようだが、ルックス偏差値にもブルデューのいうコナトゥスの原理(似た者同士の結合)が通用するかといえばそうではない。要は経済資本や社会関係資本の高さでいくらでも美女は「買える」以上、イケメンが美女と結び付くというのは一種の神話だろう。
05-12 20:57

東京一極集中がよろしくない、分散だ、というのは実は方便であって、内心では私を含め東京に文化施設(この場合、文化資本と相関し易いのは特に美術館とオペラ劇場)が集中することを希望する者は多いはず。地理的制約が少ないほど、時間に振り回されずゆったりと心置きなく鑑賞できるからだ。
05-12 20:38

東京に文化的知識人がなぜ多いのか、ブルデュー的に考えれば至極当然だろう。東京と他県では文化施設の質・量ともに大きな格差が存在する。例えばモランディ論を読んだだけでは実作の生身の輝きは実感できない。そうした本来味わう必要もない余分な感覚も、東京中心なら考える必要がないからだ。
05-12 20:31

月に二度のペースでオペラを鑑賞していた私が突然、ぱったりと劇場へ足を運ばなくなったのには実は理由が存在する。ヴィヴァルディの《メッセニアの神託》に出会ったからだ。おそらくあれ以上の感銘は最早オペラには期待できないという「極北」を見せられたからだろう。
05-12 20:22

芸術に霊性が宿る瞬間——それは自分のためだけに芸術を創造せざるを得ないほどの「切迫」と切断不可能だろう。カラヴァッジョもまた悔い改めのために聖人画を描いた。本当に取り返しのつかないことをした、もう自分にはこれしかない、これによってしか償い得ない、その切迫が真の芸術を生み出す。
05-12 10:01

ネットではカラヴァッジョの絵画をコピーした画像が流れているけれど、彼の実作を目の当たりにしてしまうと、そうした流布に与することに画家への冒瀆さえ感じてしまう。おそらくここにネットの力の限界がある。無論、複製もまたアートの機能ではあるけれど、この画家はそれ以前の時代に属する。
05-12 09:55

放心、というより、己の孤絶の自覚なのだろう。遂に本当にこの日が到来したという衝撃を改めて受け止め、それが神の御意志でもあることを「出来事」として感じ取った、そんな生身のキリストの驚くべき顔。それを圧倒的なリアリズムで描き出すカラヴァッジョの恐るべき画力。
05-12 09:47

ユダの接吻を描いたキリスト捕縛直後の絵では、キリストの表情に驚いた。これから襲いかかる自分の苦が表情に既に表れている。その顔が......名状し難い放心、ある種の白痴的なものを帯びていて、抵抗でもなく、悲嘆でもなかった。
05-12 09:43

カラヴァッジョ作品では、私の洗礼名である洗礼者聖ヨハネと、マグダラの聖マリアが特に印象的でした。突出していたのは画家が殺人を犯した後に描いた曰くつきの後者で、画家自身の他の作品とも雰囲気が異質だった。日本の幽霊画のような妖しさが漂い、放心したように薄く頬に涙を伝わせていた。
05-12 09:36

昨日はカラヴァッジョ展へ。本来、美術館には彼女と二人で行くのですが今回は一人でふらりと行ってみました。カラヴァッジョはまだ空いていたけれど、伊藤若冲は平日でも二時間待ちの長蛇の列。
05-12 09:31



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05-12 08:11

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05-12 08:09

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