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05/23のツイートまとめ

afterfinitude01

RT @lunar_shirayuki: https://t.co/a6TtDMBYUOYoshihiro Tatsuki "Eves"
05-23 22:31

RT @lunar_shirayuki: Salem - Knight Night https://t.co/4z3c4Tb8Jd
05-23 22:25

ただ、瀬尾育生の人称論を読んで、一人称の問題について少し考えたりもする。「書かれた主体」である僕、私、私たちでもなく、例えば「そちら側」とか、「鳥」(大江健三郎『個人的な体験』)といった、より「生きる主体」を示唆させる三人称に近い一人称。無名の、それ故に同時代的な一人称の仮構。
05-23 21:05

昔はよく、掌編を書いていた。でも東京に越してから、腰を据えてゆっくり長く続けられる小説を書きたいと思うようになった。同時に、批評を小説内部にメタ的に吸収するような前衛的な技法より、もっと素朴に、レースをひとつひとつ編み込んでいく質素でありふれたスタイルに魅力を感じる。
05-23 20:54

主人公が出会った女性にある呪いが降りかかっていて、それを二人で解くために手掛かりとなる夢の人物を追う、というシンプルなストーリー。内的独白を適宜挿入しているので、比較的自由に書きやすい。昔は三人称の自由間接話法に苦労したけれど、最近はほぼ意識せずスムーズに採用できるようになった。
05-23 20:48

少し前から書き始めている小説、昨日と今日でやや加筆できた。現在原稿換算50枚。夕暮れの墓地の場面が終わり、もうすぐ遊園地の場面を書き始める予定。
05-23 20:40

執筆中にベストな音楽。どこにも不快な音がない。ドアが軋むような音が混じるセンスも良い。 https://t.co/0qE0lwSn3C
05-23 20:35

RT @dessinatrice001: 「尊敬する教授が引き起こした殺人事件の真相をめぐり苦悩する大学講師を描く表題作の他、プールで出会った女性から聞かされる奇妙な画家の話《アナトールの嘘》等、存在の不安を描く著者渾身の短編集」鈴村智久『メタフォリカル・オートフィクション』h…
05-23 11:56

RT @Situations01: ドラクエ、ポケモン、ドラえもん、少年時代に楽しんだレトロゲームや漫画の世界を、思弁的(speculative)に遊び直すために書かれた著者最新の短編小説集。鈴村智久『出来杉英才の青春』(装訂/門倉ユカ) https://t.co/y2oiU0
05-23 11:55

@lunar_shirayuki そうだったね。あの時はありがとう。
05-23 11:48



「禁止は性愛化の作用を持つ。禁止が強ければ強いほど、禁止された特定の行為はそのぶんエロティックな備給を受けるようになる」(p101)、「法と抑圧された欲望は一つのものであり、同一である」(同、ラカン「カントとサド」)
05-23 05:54

おそらく、私がプルーストやヴィスコンティ、最近ではグザヴィエ・ドランの作り出す同性愛的な世界に、痛みを伴いながらもどこか楽園じみたものを見出す(それは私にとって癒しである)のも、あの時の母の「禁止」が作用しているのだろう。
05-23 05:50

私自身は同性愛者ではない。ただ、これまでの人生で二度、男性に友情以上の感情を抱いたことはあった。そこには絶えず見えない母が監視役をしていた気がする。母は私が矢継ぎ早に恋人を変えるのを一度も責めず、むしろ笑ってさえいたが、私が男に恋を抱くことだけは許せなかったろう。
05-23 05:47

私が今、心を傷めるのは、兄弟愛的なものを一般家庭が肯定しつつ、ある限界点をそこに設けている点だろう。そしてそれは更生のプログラムとして社会的にも承認されてきた。男が男を愛してはならないのは、それが大なり小なり受難を伴い、親はそれを見たくないからだろう。
05-23 05:41

私が結婚式の夜に泣いたのは、弟が見たこともない女性と結婚したからだろうか。私がそこに最早いかなるコンタクトも取れないためだろうか。あの記憶の光景だけがフリーズし、弟夫婦の新しい生活からは無かったことにされるためだろうか。つまり、あのクローゼットは「閉められたまま」なのだ。
05-23 05:36

あれから長い年月が経ったが、今、私はラカン派のテクストの力を受けて、あの時に私はある大きな苦しみを背負ったように感じる。それは先の結婚式の夜の涙の起源にあるものかもしれない。つまり、私の母は私から同性愛の芽吹きを根刮ぎ摘み取ろうとしたのだろう。そのために暴力を行使したのだろう。
05-23 05:31

私は母が恐ろしく、同時に弟にも申し訳ないこと(恥ずかしいこと)をしてしまった悔いに駆られて三階の自室のクローゼットに隠れた。十分くらいそこで泣いていると、優しい父が扉を開けて、静かに「弟にあんなことをしてはいけない」と諭した。父の眼差しには憐れみと同情が浮かんでいた。
05-23 05:27

母は男兄弟三人に囲まれて育った男勝りな性格だったので、私は昔からよく母に叱られた。だが、あの時ほど母が狂ったように私を徹底的に痛めつけた日はない。それまで私は一度も父には叱られたことさえなかった。
05-23 05:24

それから妹が一階にいた母を呼びに行った。母が階段を上ってくる強い足音を今でも記憶している。その時の母の無言の憤怒したような顔も。私は母に弟から引き離されると、信じ難いほど激しく母に滅多打ちにされた。馬乗りになって上半身を殴られ、自分が弟を愛し「過ぎた」ことの反省を強いられた。
05-23 05:21

私は小学生低学年くらいの頃、当時まだ幼稚園くらいだった弟とよく二階の和室で寝そべりながらじゃれ合っていた。その日は確か日曜日で、妹もそばにいたが、妹は私があまりにも弟を可愛がっていることに不快な様子だった。私はその時、弟にいわゆるペッティングをしていたのだと思う。
05-23 05:17

だが、おそらくそれは何か違う。無論それらも泣いた理由なのだろうが、むしろ私はフィンクを先刻まで読んでいて、私自身があることをずっと抑圧しているためではないかという可能性を考えた。それは私と弟の少年時代のある記憶にまで遡る。私はそのことを彼女にしか話したことはない。
05-23 05:12

まず最初に、三月下旬の弟の結婚式の夜に私が京都のホテルで泣いてしまった件(おそらく彼女の前であれほど泣いたのは初めて)。あの時は、自分がなぜ泣いているのかわからなかった。弟が私より先に結婚して寂しい、昔は色々遊んだり喧嘩もした、そんな思いが押し寄せたからだと思っていた。
05-23 05:07

ブルース・フィンクの『ラカン派精神分析入門』第5章「欲望の弁証法」を読んでいる。読みながら、私自身を分析主体にしてラカン派分析を実践した方が、読んでいる甲斐があると感じたので、以下に私の過去のエピソードも踏まえてできるだけ正確に記録する。
05-23 05:01

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