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06/24のツイートまとめ

afterfinitude01

気に入ったGQのカバーをあげるテスト。ファスベンダー、パティンソン、カンバーバッチ。いつかファスベンダーにはNTで『リア王』を演じてほしい。 https://t.co/66gTnXvpFc
06-24 20:51

ましてや、SNS上で不特定多数に向けて自分の病気語りをすることがどれほどリスク要因になるかは言うまでもない。実はこの点は「私小説」や「日記ブログ」でも同じ。とりわけ文学はドラマ性を重視して自分の人生に作為的な「悲劇性」を賦与し得る点で特に慎重になる必要がある。
06-24 20:43

RTにもあるが、ラカン派分析でも「言語化してしまったために発病した」ケースを紹介している。それほど、発話や文字化は分析主体の無意識を顕在化させてしまう場合が多い。無意識は思考の産物だが、思考とはつまり言語的に生産されたものである以上、どれほど言語が本質的かがよくわかる。
06-24 20:34

RT @shissyoku_joshi: 私が自分の生い立ちを語る系の取材は申し訳ないけれどお断りさせていただいているのはこのようにPTSDやフラッシュバックのことがあるからです。トラウマ思い出したり、ましてや人に話すのは、とっても危険なことなんです。取材の結果自傷や自殺未遂し…
06-24 20:29

RT @shissyoku_joshi: 一般的には、辛かったことを人に話すのは「いいこと」とされがちだけど、それは最近の精神医学では間違いとされてる。重度の心の傷については、おいそれと素人(市の職員も精神や心理職ではない点では素人)に話すのは非常に危険なことで、話した直後の自…
06-24 20:29

咀嚼して言えば、人は何かがしたくなる。そしてそれに色々な理由でセーブをかける。だからこそ、そのセーブしたはずのものを他者が享楽するのを絶対的に容認できない。だが実は自分の中の享楽を相手に想像的に「投射(あるいは貸し与え)」しているのであり、苦しみは自分自身で生み出している。
06-24 16:29

立木康介『狂気の愛』第四章「フロイトとサド」で展開される「享楽の譲渡」(「現実界の父」と「想像界の父」の混同)の概念は、著者が今日の精神分析において最も重要であるという以上の深い「実践的な」意義がある。人は何に最も苦しむのか、そのメカニズムがラカンを発展させる形で分析される。
06-24 16:20

美と倫理について誤認している者ほど、予め何か美や倫理の規範なるものが存在していると仮定し、自己策定された善悪の基準に則って反倫理を締め出す傾向がある。ド・マンの『美学イデオロギー』は、このような認識の潜在的危険性を炙り出した点で現在もその有効性を失っていない。
06-24 15:57

文化的寛容性仮説を取る行為者の中には、本人の表現の場と読書傾向が乖離しているケースがある。例えば漫画を主に描いているがメイヤスーを原書でも読むようなタイプの場合、文化的横断性を正当化するためにブルデュー的な排他性仮説に批判的ならざるをえない、など。
06-24 15:52

RT @nekonoizumi: 「エアリエルは妖精ではなかった! 妖精学の第一人者ならではの、妖精の視点とエリザベス朝時代の価値観からとらえなおした新訳。…」⇒ウィリアム・シェイクスピア/アーサー・ラッカム 画/井村君江 訳『新訳 テンペスト』レベル https://t.…
06-24 13:26



RT @lunar_shirayuki: エックハルトは第三の説諭を示す。「わずかな風をたよりに海の上を進み、海の上を渡る者がいる。そんなことをしても、海は渡れない。」「海は表面ではない。それは上から下まで深淵なのだ。」「もしあなたが海を渡りたいなら、沈没するがいい。」…
06-24 05:42

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