† フェミニズム †

Drucilla Cornellについて ―性的差異の脱構築―

脱構築と法―適応の彼方へ

イマジナリーな領域―中絶、ポルノグラフィ、セクシュアル・ハラスメント

Drucilla Cornellとは誰か?

コーネルは、「アメリカのポスト・モダン系フェミニズムの系譜に属する法・政治哲学者」であると同時に、「デリダの脱構築やラカン派の精神分析の言説を、法・政治思想における一連のフェミニズム的な問題系に応用し、フェミニズム的な視点からの正義論を構築してきた」女性である。

みすず書房の紹介プロフィールは以下である。

Drucilla Cornell

略歴

1950年合衆国カリフォルニア州に生まれる。1982年、UCLA にて法学博士をとるが、ドイツ哲学を独学で学び、その後デリダとの親交を深め脱構築主義に対する知見を深めた。現在は、ニュージャージー州のラトガーズ大学の政治学科にて教鞭をとり、ニューヨーク州マンハッタンでは、フェミニストを中心とした反戦団体「未来を取り戻せtake back the future」を主催する。邦訳された著作としては、『正義の根源』(御茶の水書房)、『自由のハートで』(情況出版)、『脱構築と法――適応の彼方へ』(御茶の水書房)がある。また、『ライフライン』『ドリームキュアー』(ともに未邦訳)などの劇作家としても活躍している。



極めてデリケートな問題なので、慎重に書くようにしたい。
これは性的差異をいかにして抹消することなく、互いの異性を尊重しあい、よりよき社会を構築できるか、という切実な願いから生み出されている本である。

まず、最初に述べておきたい。
私にはラカンに関する知識がほとんどない。
無論、ラカンの著作はかなり所持しているが、少しずつしか読んでこなかったのだ。
それは、ラカンを読むためにはフロイトを読んでいることが前提であるからでもある。
また、ラカンはソシュールの言語学を多用するので、彼の読解も前提である。
ソシュールについては、東大出版会から『コンスタンタンのノート』が刊行されているので、これが理解の一助となっている。

さて、まず「フェミニズム」とは何か?
これが私の敬愛するジャック・デリダの思想と多分に連関を有することは指摘されてきた。
Wikipediaには以下のようにある。
私は目下、フェミニズムに対して、カトリックの男性で、女性議員の数が男性議員の数と同数になるほど女性が社会参加すべきだと考えている人間として、学習していくことを計画している。
ヨハネ・パウロ二世は聖母マリア信仰の強さで知られていたが、彼はマリア信仰をフェミニズムの可能性の一つとして想定してもいた。
現在のところ、私はコーネルの見解に全面的に賛同している。
それは、私自身が男性でありつつも、女性性にこそ真の人間らしさを感じる、という性格にも由来していることはいうまでもない。

さて、ウィキには以下のように記されている。

フェミニズム

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

フェミニズム(英: Feminism)は、男女同権主義に基づき、女性差別をなくし、女性の権利や自由の獲得を主張する思想・運動のこと。男性性を分析する中で、女性のみならず男性をも苦しめている「近代産業主義の持つ攻撃性そのもの」を問題にするようになった。現在ではヒューマニズムに近くなっている。

「起源」

歴史上は、男女平等と女性の権利を唱える人物は多数存在していた。例えば、東ローマ帝国皇帝ユスティニアヌス1世の皇后テオドラは女性の自由と権利を求める法案の提案者であった[要出典]。

近代に入ると、1792年にメアリ・ウルストンクラフトが、フェミニズム運動の先駆ともいえる『女性の権利の擁護 (A Vindication of the Rights of Woman) 』を執筆した。

19世紀になると、女性の権利を求める運動が組織化された。多くの場合は、これ以降の動きを指してフェミニズムと呼ぶ。

フェミニズムは19世紀の運動や文化に大きく影響を与えた。19世紀後半から20世紀、特に第一次世界大戦の間に、多くの国で女性の参政権が認められた。ニュージーランドでは、婦人参政権論者ケイト・シェパードの助けによって、1893年に最も早く女性参政権が認められている(なお、アメリカで認められたのは1920年、また日本では1945年である)。

この時期のフェミニストとしてはヴァージニア・ウルフやジークムント・フロイトが取り上げた患者「アンナ・O」ことベルタ・パッペンハイムなどが知られる。


「歴史」


1912年、アメリカ合衆国で女性参政権を求める運動歴史上、フェミニストと名乗る女性は数多く存在する。フェミニズムの起源は18世紀のフランスに遡る。1789年にフランス革命によりフランス人権宣言が採決されたが、その権利を男性にのみ与えていることを問題視した女性が抗議運動を行い、欧州各地で女性の権利を求める運動が定着した。これがフェミニズムの誕生である。91年『人権宣言』に対抗しオランプ・ド・グージュが『女性及び女性市民の権利宣言』を発表している。代表的なフェミニズム作家メアリ・ウルストンクラフトが『女性の権利の擁護 』を執筆したのはこの翌年である。[1]こうした運動は反フェミニズムの反対を受けるが、徐々にヨーロッパ中に浸透していく事となる。

18世紀以前は一部の上流階級を除いて、女性は男性と等しく農作業・商・手工業などの労働に就いていたが(日本の田舎では都会で専業主婦が広まってからも女性が農業や漁業などの労働に従事していたように)、産業革命の影響で労働に就いていた中流,下流階級の女性は専業主婦となる事を強いられた。20世紀には「結婚して子供を持つ郊外住宅の主婦」が女性の憧れの的とされた。この背景には戦中に若い男性がいない為に工場で労働に従事していた女性を再び家庭に戻そうとするアメリカ政府のプロパガンダがあった。[2]日本も例外ではなく、戦中は男性不足のため若い女性は工場で軍需産業などの労働を強いられていたが、戦後はアメリカ型の専業主婦となる事を余儀なくされた。しかし、家庭に戻った女性は結婚し子供を育てるだけの人生に不満が募っていた。フェミニストの1人である ベティ・フリーダンは『女らしさの神話』の中で当時の女性の心境をこう現している。

郊外住宅の主婦、これは若いアメリカの女性が夢に見る姿であり、また、世界中の女性がうらやんでいる姿だといわれている。 しかし、郊外住宅の主婦たちは、密かに悩みと戦っていた。ベッドを片付け、買い物に出かけ、子供の世話をして、 1日が終わって夫の傍らに身を横たえたとき、『これだけの生活?』と自分に問うのを怖がっていた。

1960年代からウーマン・リブ運動が世界中に広まり、ニューヨークなど各地で数十万規模のデモが発生した。この運動により後に多くの国で女性の労働の自由が認められるようになった。[3]これを境にフェミニズムは殆どの国で政治、文化、宗教、医療といったあらゆる分野で取り入れられるようになる。

このウーマン・リブは女性を拘束しているとする家族や男女の性別役割分担、つくられた「女らしさ」、更にはこの上に位置する政治・経済・社会・文化の総体を批判の対象にしていた。 日本でも1970年代に各地でウーマン・リブの集会が開かれ運動の拠点も作られた。またこの頃、ピル解禁を要求する「中ピ連」が結成された。

ウーマン・リブ運動の高揚を受けた国際連合は、1972年の第27回国連総会で1975年を国際婦人年と決議し、メキシコで国際婦人年世界会議(1975年)を開催して「世界行動計画」を発表した。続いてコペンハーゲン会議(1980年)、ナイロビ会議(1985年)、北京会議(1995年)などが開催された。

日本では国際婦人年を契機として様々な組織が生まれ、婦人差別撤廃条約の批准や国内法の整備を求める運動へと加速した。


〈 第一波 〉

18-20世紀前半の、西欧における「女性解放運動」


リベラル・フェミニズム

1970年代に広まった最も一般的なフェミニズム。男女平等は法的手段を通して実現可能で、集団としての男性と闘う必要はないと主張する。ジェンダー・ステレオタイプ、女性蔑視、女性の仕事に対する低賃金、妊娠中絶に関する制限などを男女不平等の原因と考える。詳しくはリベラル・フェミニズムの項を参照。

1791年、「女性と市民の権利宣言」(オランプ・ド・グージュ)
1792年、『女性の権利の擁護』(メアリ・ウルストンクラフト)
1869年、『女性の隷従』(ジョン・スチュアート・ミル)
※リベラル・フェミニズムを、「男並みの女」になることを求めるだけのものとして批判するフェミニストもいる。


〈 第二派 〉

二波 〉20世紀後半に生まれた、さまざまなフェミニズムの潮流


マルクス主義フェミニズム

資本主義が女性を抑圧する原因だと考える。資本制的生産様式では男女不平等は決定しているとみなし、女性を解放する方法として資本主義の解体に焦点を合わせる。詳しくはマルクス主義を参照。

1972年、『家事労働に賃金を』(マリア・ダラ・コスタ)
1984年、「シャドウ・ワークか家事労働か」(クラウディア・フォン・ヴェールフォーフ)

日本のフェミニズム


日本における女性解放運動

明治維新からの女性開放政策

明治維新からは女性開放政策が打ち出されたが、反発も起こり十年ほどで急速にしぼんでしまう。

推進政策

1869年、関所を女性が自由に通行できるようになる。また津田真一郎(津田真道)という刑法官が女子売買の禁止の健白書を政府に提出。
1871年、津田梅子ら五人の少女が岩倉使節団で米国へ留学する。
1872年、芸妓と娼妓の無条件解放が布告される。(公娼制度は残された)。女学校ができた。
1873年、妻からも離婚訴訟が出来るようになる。女子伝習所(女子のための職業訓練所)が開設される。
1874年、東京女子師範学校が設立される。

反発政策

1885年、第一次伊藤博文内閣の文部大臣森有礼が「良妻賢母教育」こそ国是とすべきであると声明。翌年それに基づく「生徒教導方要項」を全国の女学校と高等女学校に配る。
1890年7月公布の「集会及政治結社法」にて女性の政治活動を禁止。女子は政談演説を聴きに行くことも禁じられ、戸外で三人以上集まる時は警察に届けなければならなくなった。
日本初の女性参政権

1878年(明治11年)、区会議員選挙で楠瀬喜多という一人の婦人が、戸主として納税しているのに、女だから選挙権がないことに対し高知県に対して抗議した。しかし県には受け入れてもらえず、喜多は内務省に訴えた。そして1880年(明治13年)9月20日、日本で初めて(戸主に限定されていたが)女性参政権が認められた。その後、隣の小高坂村でも同様の条項が実現した。

この当時、世界で女性参政権を認められていた地域はアメリカのワイオミング準州や英領サウスオーストラリアやピトケアン諸島といったごく一部であったので、この動きは女性参政権を実現したものとしては世界で数例目となった。しかし4年後の1884年(明治14年)、日本政府は「区町村会法」を改訂し、規則制定権を区町村会から取り上げたため、町村会議員選挙から女性は排除された。


女性解放運動家の登場

平塚雷鳥政府の反発政策に対して平塚雷鳥ら女性解放運動家が誕生し、政治的要求を正面に掲げた最初の婦人団体である「新婦人協会」もできる。女性に不利な法律の削除運動、女性の参政権獲得運動などがさかんになる。完全な女性参政権の獲得と言う大目標の達成には至らなかったが、女性の集会の自由を阻んでいた治安警察法第5条2項の改正(1922年・大正11)や、女性が弁護士になる事を可能とする、婦人弁護士制度制定(弁護士法改正、1933年・昭和8)等、女性の政治的・社会的権利獲得の面でいくつかの重要な成果をあげた。

『青鞜』運動

母性保護論争(平塚雷鳥、与謝野晶子、山川菊栄)
第二次世界大戦前から一部では女性の選挙参加も認められており、日本における女性解放がすべて占領後の産物であったわけではない。

GHQによる男女平等政策
ウーマンリブ運動
エコ・フェミ論争
1980年代、「女の時代」
マル・フェミ(上野千鶴子ら)
「従軍慰安婦」問題
男女共同参画社会
男女雇用機会均等法の歴史
この節は執筆中です。加筆、訂正して下さる協力者を求めています。

様々なフェミニズム

ラディカル・フェミニズム

1970年代に米国で誕生。家父長制に真っ向から立ち向かい、公的領域のみならず家庭や男女の関係までも含む私的領域に至るまで「人間」という曖昧な概念を問い直す。つまり、「人間」というコトバに潜む男性中心性(あらゆる場面において男性が標準として扱われる事)の見直しを図る。また、女性の性的快楽の解放、強制異性愛への批判、レズビアンの権利獲得、性的暴力及びポルノグラフィーの糾弾を行う。ラディカル・フェミニストは、フェミニズムは女性を男性中心の社会から解放するための手段と見なす。

1970年、『性の政治学』(ケイト・ミレット)
1970年、『性の弁証法』(シュラミス・ファイアストーン)
1980年、「強制的異性愛とレズビアン存在」(アドリアンヌ・リッチ) - レズビアン・フェミニズム
1978年、『女/エコロジー』(メアリ・デイリ) - スピリチュアル・フェミニズムまたはカルチュラル・フェミニズム

エコロジカル・フェミニズム

エコ・フェミニズムとも。男性による自然支配と女性支配を同根と定め、自然保護の立場から戦争、女性への暴力、女性支配、先住民への差別、環境破壊に反対する。

1978年、『女性と自然』(スーザン・グリフィン)
1980年、『自然の死』(キャロリン・マーチャント)
1994年、『フェミニズムとエコロジー』(青木やよひ)

その他のフェミニズムの潮流

精神分析派フェミニズム
ソーシャリスト・フェミニズム
アナキスト・フェミニズム
ポストモダン・フェミニズム
ブラック・フェミニズム
社会主義フェミニズム
マルクス主義フェミニズム
カルチュラル・フェミニズム
現象学的フェミニズム
マルクス・フェミニズム
レズビアン・フェミニズム
サイボーグ・フェミニズム
シット・フェミニズム
ポストコロニアル・フェミニズム

近代フェミニズム

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当初は主に欧米で運動が進められ、男女の法的権利の同等(女性が男性と同様に参政権を持つことなど)を求めていたが、それが実現された後、20世紀後半の運動において、文化における性差別の克服が取り込まれ、伝統的な女性概念による束縛からの「女性による人間解放主義」と定義された。

1970年代以降の第二波フェミニズムでは、ミシェル・フーコーなどの、男性同性愛者や性的指向についての研究の成果を取り込んで、ジェンダーへの関心や、同性愛などセクシュアル・マイノリティの扱いにまで視点を広げたともいわれる。

だが、フェミニストとセクシュアル・マイノリティにはそれぞれに立場に違いがあり、ヴィクトリアニズムという共通の敵を持ち共闘する場合もあったものの、対立や論争も発生した。また、性的虐待の問題に関して、例えば福音派プロテスタントの最大級の宗教団体で、妊娠中絶反対のキャンペーンを張るフォーカス・オン・ザ・ファミリーは幼児虐待の問題にも積極的に取り組んでいるように、それぞれの利害が複雑に絡まりあう場面が多い。

フェミニズムは過去、現在の社会関係においての社会理論と政治的慣習の組み合わせであり、主に女性の被抑圧的な体験によって動機付けされた束縛からの解放を目指すものである。一般的には、フェミニズムは性別的不平等論を含み、より具体的には、女性権利の新たな獲得と利益の向上を含む。

フェミニストが論じるのは、ジェンダー、そして性でさえもが、社会的、政治的、経済的な理由によって不平等に構築されているのではないか、という問題である。 政治的に活動するフェミニストが主張するのは、女性参政権、賃金格差の是正、婚姻男女別姓、出産の自己決定権などの問題である。

フェミニズムは、特定の集団・慣習・歴史的事件に伴う案件に対して個々に対処するものであるが、その基本は集団間に存在する不平等さに対する意識覚醒を含み、社会構造そのものを改変することを目指すという思想である。

多くのフェミニストは、女性に関する様々な社会問題が、男性優位の社会構造から生じ、または家父長制が無意識に前提視されていることから生じていると主張している。また、女性間の差異を考慮に入れれば、たとえば「黒人」「女性」というように、二重、三重に抑圧されていると捉えることができるため、フェミニズムを複合的な抑圧の集成理論として、また相互に影響する多くの解放運動の流れの一つとして捉えることもできる、と主張している。

フェミニズムの議論は妊娠中絶、避妊、出産前のケア、育児休暇、セクハラ、ドメスティックバイオレンス、強姦、近親姦、女性の割礼問題などもカバーする。


フェミニズムの影響

フェミニズム運動は、女性が家庭外で働くこと、そして女性が積極的に政治に参加する上で重要な役割を果たしている。また、職場やその他日常における性的嫌がらせを問題化する、セクシャルハラスメントの概念(詳しくはセクシャルハラスメントの項を参照)の成立にも影響を及ぼした。

フェミニズム運動によって社会状況に変化がもたらされたり、具体的な制度が成立した例としては、以下のようなものが挙げられる。


女性の政治参加

1900年代から現在にかけて、世界各国で女性参政権が認められるようになった。日本では1925年に男性のみの普通選挙が実現しているが、これより少し前から、女性参政権を求める婦人運動も活発化していた。この運動は戦争の激化により中断されたが、敗戦後の1945年12月、GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)の命令によって新選挙法が制定され、女性の参政権が認められている[要出典]。

1970年代以降、フェミニズムによって女性議員の数は大幅に増加した。世界各国では女性議員は通常2割程度存在し、地域別でみるとEUの31.0%がトップ、南北アメリカ18.4%、アジア15.5%、サハラ以南アフリカ14.9%、アラブ諸国6.0%となっている(IPU調査。2000年から2005年度までの調査で)。[1]
ノルウェー、スウェーデンやドイツ、イギリスの社会党では1981年にクォータ制が導入され、政治家のほぼ半数が女性である。


女性の労働

日本では1922年に婦人弁護士制度が制定され、初の女性弁護士が誕生。女性の職業選択の面で重要な成果を挙げた。1999年には男女雇用機会均等法の大幅な改正によって、雇用上の女性の権利、育児休暇の権利が獲得された。また、改正男女雇用機会均等法では、企業に対してセクシャルハラスメント防止を配慮する義務も課せられた。海外では、ノルウェーにて2006年度に女性の私企業へのクォータ制が義務付けられ、企業役員の40%を女性とする事が定められた。

男性または女性に限定する職業名を、男女両者に使用できる言葉へと変える運動も実現した。具体的には「スチュワーデス」→「客室乗務員」、「看護婦」「看護士」→「看護師」、「OL」→「会社員」など。

英語圏でも例えば「Fireman→Fire Fighter」、「Policeman→Police Officer」、「Stewardess」→「Flight Attendent」、「男性という意味でのman→werman(古語の復古)」などの言い換えが行われている。この背景には、男女が同じ職業に就くようになってきた事と、男女を同じ呼称とすることで性別による賃金格差などの差別をなくそうという意図がある。

GEM指数(ジェンダー・エンパワーメント・メジャー)という基準を用いた場合、日本は43位でタンザニア(42位)とハンガリー(44位)の間に位置し、他の先進諸国と比較すると男女平等政策に遅れを取っているという見方がされる。フェミニストはこれに基づき、「女性の社会進出」を政策によって実現させることを求めている。


教育

フェミニズムは学問を女性の視点から見た女性学の概念を生み出し、現在の教育界では、「男らしさ」や「女らしさ」を肯定的に捉える教育は殆ど行われなくなった。


宗教

カトリック教会では女性は司祭には叙階されない。しかし近年ではフェミニズムによって聖公会等の他の教派には女性司祭が誕生するなど、徐々に男性と同等の権利を獲得しつつある。イスラム教では、女性が男性を導くことができるかどうかという討論が起きている。

また、キリスト教圏やイスラム教圏などにおいて一般的であった男女の役割分担に基づく結婚制度を否定したことから、それが男女の異なりに基づく異性愛絶対主義の否定につながり、同性愛者の権利の獲得を有利にしたという主張がされることもある。
(しかし、男女の性役割の否定、女性の自立という政治的立場から結婚制度を否定する立場をとる者も多いフェミニストと、純粋に自らの性的指向を社会的に認知してほしいとして求め、男性間の結婚をも法的に認めるよう運動を行ってきた同性愛者では、その立場も、目指したことも基本的に異なる。多くの同性愛者は、フェミニズム運動とは異なる立場で独自に運動を展開してきた。したがって、同性愛者の権利獲得におけるフェミニズムの影響は、限定的なものである。なお、2006年1月、欧州議会が「同性愛嫌悪」に対する共同決議案を採決し、同性愛に対するあらゆる差別は人種差別と同様であると定められた。現在では社会的に隠蔽されていた同性愛者が露出し、1995年のハーバード大学による調査では、男性の6.2パーセント、女性の3.6パーセントが同性愛者という結果が出た。)


フェミニズムに対する日本政府の対応

フェミニズムに関連する政府の取り組みとしては、男女共同参画社会実現のために2001年男女共同参画社会基本法が制定され、内閣府に男女共同参画局が設立された。同法は、女性だけでなく男女双方のこれからの社会でのあり方に関わる指針となる法律である。これについては、「男女共同参画社会」のページを参照。


批判

「男女共同参画社会」、「人工中絶」、「少子化」などをフェミニズムと関連づけて批判する意見がある。これについては各項目のページを参照。


参考文献

^ フェミニズムの歴史と女性の未来 エステル フリードマン著
^ フェミニズムの歴史と女性の未来 エステル フリードマン著
^ フェミニズムの歴史と女性の未来 エステル フリードマン著

関連項目

ウィキメディア・コモンズには、フェミニズム に関連するマルチメディアがあります。フェミニスト
男女共同参画社会
男女同権
ウーマン・リブ←→メンズリブ
リベラル・フェミニズム
ラディカル・フェミニズム
差異派フェミニズム
女性参政権
女性政治家
キャリアウーマン
性差別
男性差別
女性差別
人工中絶
セクシャルハラスメント
ドメスティックバイオレンス
妊娠中絶
児童虐待
女性総合職
負け犬
政策・運動

ウーマンリブ運動
女子教育
アファーマティブ・アクション
ポジティブ・アクション
積極的差別是正措置
雇用機会均等法
男女共同参画社会
世界女性会議
国際女性デー
性科学用語等

母性
父性
夫婦
社会学
心理学
女性学
ジェンダー
ジェンダーフリー
アンチ・フェミニズム用語

マスキュリズム
男尊女卑(対語として、女尊男卑)
セクシスト
フェミナチ
その他参考となるもの

現職女性政治家の一覧

関連人物・団体

エレン・ケイ
アンドレア・ドウォーキン
マザーテレサ
田嶋陽子
市川房枝
上野千鶴子
熊田一雄
坂本真琴
山田わか
奥むめお
中島湘煙
林道義
八木秀次
新婦人協会
新日本婦人の会



と、極めて関連キーワードがリゾーム状に派生していることが解るだろう。

母性

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

母性(ぼせい)とは、女性がもっているといわれている、母親としての性質。また、子を生み育てる母親としての機能のこと[1]。英語では、motherhood、あるいはmaternityという。母子保健法上の「母性」は、妊娠、出産、育児という特有の機能を果たす女性そのものを指す概念である。 母性本能という言葉が使われる事があるが、現在では専門分野では本能という言葉をこの様な意味で使わない。

「母性行動に関連するホルモン」

プロラクチン

プロラクチンは主に脳下垂体で産生、分泌されるペプチドホルモンであり、乳腺発育の促進、母性行動誘導が様々な動物種で確認されている。哺乳類にはプロラクチン受容体が存在し、乳腺等におけるプロラクチンの情報伝達を介している。ラット脳においては妊娠後期からプロラクチン受容体の発現量が増加し、以後、授乳期間中は高レベルに維持される。授乳中に乳仔を離してしまうと発現レベルは速やかに低下し、乳仔を戻すと再び発現量が増加する。このように脳におけるプロラクチン受容体の発現は母性行動と密接に関連している(日本生理学会)。
プロラクチンは女性特有のホルモンではなく男性にも分泌され、作用には男女差がある。成人男性の基準値は3.6~16.3ng/ml・成人女性の基準値は4.1~28.9ng/mlである。男性で基準値を超えると性欲の減退、インポテンスなどの性機能障害、無または乏精子症等が検査対象となる。一方、女性は、妊娠・産褥期以外の時期に何らかの原因により高プロラクチン血症が発生すると、乳汁漏出とともに排卵が障害され、無月経や不妊が招来される(岡山大学医学部)。
オキシトシン
乳児が乳首を吸う刺激によって母親から分泌されるオキシトシンというホルモンは、母親自身に幸福感や恍惚感を与えるため、愛情ホルモンとも呼ばれている。(妊娠・育児大百科)

「母性看護学上の母性」

看護学には「母性看護学」という分野がある。母性看護学上の母性とは、「次世代を産み育てる」という女性に備わった生理的・身体的機能の特徴のことを指し、生物学的特性だけでなく、女性が成長していく過程で形成されていく精神的、あるいは社会的特性もその概念に含んでいる[1]。こうした母性に係る女性の健康事象の全体を対象とするのが母性看護学で、女性の各年代における母性の特性をとらえ、母性としての機能が健全に発揮できるよう、女性の一生を通じてはたらきかける看護を、実践し、研究している。


「心理学上の母性」

心理学者の河合隼雄は子育てにおける伝統的な父母の役割の違いを、それぞれを父性的、母性的と呼び、父性は善と悪を区別して指導する傾向、母性は善悪の分け隔てなくすべてを包み込む傾向のことと説明している。なお、これは、父親が父性のみを、母親が母性のみを有しているというものではなく、たとえば母親が激しく子を叱るときに父親が子を擁護する側に回るというような場合がよくあるが、この時、一時的に父親が母性的な役割を果たしているとみなすことができるとしている。


「働く女性」にとっての母性

「女性=母性」ととらえ、経営者としての女性から「母性」を「万人に降り注ぐ愛の力」だと積極的に認識することで仕事に活かそうという経営思想がある。男女の性差を、むしろ自然から与えられた素晴らしいものと考えることで、かえって社会で女性(=母性)の力を発揮できる、ということである。また家庭においては女性が自ら「子育ては100パーセント母親の責任」と考えることで、かえって父親のサポートの一つ一つを心から感謝することが出来、その結果として、結局「半分・半分の育児」を口で主張するよりも多くの父親のサポートを得られ、子供からの尊敬も受けられる、ということである。母性の重視は「働く女性」を否定するものでないのと同時に、また「働く女性」を家庭の家事や育児に専念する専業主婦よりも価値を高いと考えるものでもないのである[2]。


「母性の個人差」

近年、少子化の影響もあり「女性は自らの生物学的『性』をもっと大切にせよ」というメッセージを積極的に発する著作も見られる[3]。一方、医学・動物学の観点からも、母性には他の本能と同様に個人差があり[4]、普遍的な母性の強調は、「『身体が発する声』に耳を傾けようと試みても、そんな声などいっこうに聞こえてこないタイプの女性」や「妊娠・出産がさまざまな要因でかなわない女性」たちへの配慮に欠けるとする意見もある[5]。


「社会学上の議論」

フェミニストの中には、母性は女性固有の能力であるため、これを基準に女性を評価する事が性差別、ジェンダー・ハラスメントに相当すると主張する者がいる。例えば、子供を産めない女性を「身体的母性の劣る女性」、子供を産まない女性を「精神的母性に劣る女性」として評価する場合などである。さらに、母性そのものを考えること自体が、性差別の根本的な原因であると主張するフェミニストもいる。

戦前世代のフェミニストの代表格である平塚らいてうらは母性を重視し、国家による保護を主張。これに対し与謝野晶子は反発、母性保護論争が起こる。

戦後フェミニストらは一般に母性の偏重、押し付けには異議を唱える傾向が見られる。

母性には、字義どおりの意味のほかに、社会の中での女性の位置づけ(ジェンダー)や役割(ジェンダーロール)と密接に関連して、多岐にわたる文化的側面が付随する。この意味では、フェミニズムや女性学にとって受け容れがたいものとなっており、さまざまな論点を用いて論争の的となった(アグネス論争を参照)。1990年代に入ってからは、母性をフェミニズムの立場から再定義し、積極的にフェミニズムの中に位置づけようという動きが、フランスのフェミニズムを中心に盛り上がりつつある。

女性に対する母性の押しつけが児童虐待につながることもあるのではないかというフェミニストの主張に対し、保守派の一部は、母性を否定する結果、出産や育児に対してネガティヴな印象を女性に与え、少子化や児童虐待の遠因となっていると主張している。

なお、アメリカやヨーロッパにおける母性観と、日本その他の国における母性観の文化的・歴史的な差異もあるので、一概に「母性」をひとくくりにして議論するのは極端な結果を招く恐れがあり、医学的・客観的な事実に基づいた議論を進めるために、医学と連携した研究の必要性が高まっているとしている[6]。


注釈

^ 「大辞林」第二版
^ 欠野アズ紗著『21世紀は母性の時代』(学習研究社)
^ 例えば、三砂ちづるは『オニババ化する女たち』で「女性が仕事だなんだと独身のまま、出産もせずに子宮を"空き家"にしたままでいると、将来はホルモンのバランスが崩れてオニババになりますよ」と記述している。
^ 『私たちの行動を決めるもの』第11章 学会出版センター
^ 香山リカ「いまどきの『常識』」
^ 『ジェンダーを科学する』松本伊瑳子・金井篤子編)

関連文献

【医科学】

前原澄子著『母性〈1〉妊婦・産婦』中央法規出版、2000年9月 ISBN 4805819677
前原澄子著『母性〈2〉褥婦・新生児・婦人科疾患』中央法規出版、2000年9月 ISBN 4805819685
看護国試編集委員会『母性看護』TECOM、2004年11月 ISBN 4872116534
キャサリン・エリソン著『なぜ女は出産すると賢くなるのか 女脳と母性の科学』ソフトバンククリエイティブ、2005年7月 ISBN 4797331240
【社会学】

林道義著『母性崩壊』PHP研究所、1999年12月 ISBN 4569608817
林道義著『母性の復権』(『中公新書』)中央公論新社、1999年10月 ISBN 4121014979
文献あり
青木やよひ編『母性とは何か:新しい知と科学の視点から』金子書房、1986年10月 ISBN 4760832076
対談者:河合隼雄ほか、参考文献:p242~249
井上輝子ほか編『母性』(『日本のフェミニズム』5)岩波書店、1995年3月 ISBN 4000039059
ヴィレーヌ,A・M・ド(Anne Marie de Vilaine)ほか編、中嶋公子ほか訳『フェミニズムから見た母性』勁草書房、1995年10月 ISBN 4326601035
原タイトル: Maternite en mouvement、巻末に参考文献
大日向雅美著『母性愛神話とのたたかい』草土文化、2002年7月 ISBN 4794508492
大日向雅美著『母性愛神話の罠』日本評論社、2000年4月 ISBN 4535561567
大日向雅美著『メディアにひそむ母性愛神話』草土文化、2003年5月 ISBN 4794508700
加藤秀一〔ほか〕編『フェミニズム・コレクション. 2』勁草書房、1993年11月
各巻タイトル: 性・身体・母性 ISBN 4326698179
加納実紀代(編)『ニュー・フェミニズム・レビュー vol.6』学陽書房、1995年4月、ISBN 431384046X
各巻タイトル: 母性ファシズム 母なる自然の誘惑
河合隼雄著『母性社会日本の病理』(『講談社+α文庫』)、講談社、1997年9月 ISBN 4062562197
河合隼雄著『母性社会日本の病理』(『中公叢書』)、中央公論社、1976年 ISBN 4120006603
グループ・母性解読講座編『母性を解読する:つくられた神話を超えて』(『有斐閣選書』)、有斐閣 ISBN 4641181667
参考文献:p263~264
高良留美子著『家族・3人著作集. 3』亜紀書房、1985年11月
母性の解放 / 高良留美子著
田間泰子著『母性愛という制度:子殺しと中絶のポリティクス』勁草書房、2001年8月 ISBN 4326652578
文献あり
バダンテール,エリザベート(Elisabeth Badinter)著、鈴木晶訳『プラス・ラブ:母性本能という神話の終焉』サンリオ、1981年12月
原タイトル: L'amour en plus
バダンテール,E(Elisabeth Badinter)著、鈴木晶訳『母性という神話』(『筑摩叢書』351)、筑摩書房、1991年5月 ISBN 4480013512
『プラス・ラブ』(サンリオ1981年刊)の改題、原タイトル: L'amour en plus
バダンテール,エリザベート(Elisabeth Badinter)著『母性という神話』(『ちくま学芸文庫』)、筑摩書房 ISBN 448008410X
原タイトル: L'amour en plus
繁多進、大日向雅美編『母性:こころ・からだ・社会』新曜社、1988年12月 ISBN 4788503204
姫岡とし子著『近代ドイツの母性主義フェミニズム』勁草書房、1993年1月、ISBN 4326600845
舩橋恵子、堤マサエ著『母性の社会学』(『女性社会学者による新社会学叢書』2)、サイエンス社、1992年3月 ISBN 4781906486
ロスマン,バーバラ・K(Barbara Katz Rothman)著、広瀬洋子訳『母性をつくりなおす』勁草書房、1991年1月 ISBN 4326601043
原タイトル: Recreating motherhood、巻末に文献
矢木公子著『イデオロギーとしての母性』(『城西大学学術研究叢書』9)、城西大学女子短期大学部、1991年6月

関連項目

母性行動
母性本能
母性原理
母性的養育の剥奪
女性ホルモン
育児
子育て
乳母
夫婦
女性学
父性
三歳児神話
母性保護論争
山田わか
平塚らいてう
与謝野晶子
エレン・ケイ



「大文字の女性」について

では、これまで私が読んできたコーネルの二著『脱構築と法』と『イマジナリーな領域』をまとめてみよう。

まず、「大文字の女性」という言葉をコーネルが多用していることに注視したい。

大文字の女性とは何であろうか?

それはラカンに関係があるようだ。
ラカンは、「母親」の存在を「大文字の他者」と規定した。
幼児期にこれとの断絶が生起する。
しかし、断絶する以前は、母親とは「ファロス化」した母親である。
我々は、皆「原初的な喪失」を乗り越えて生きているというわけである。

「ファロスを持った母親」をコーネルは「失われたエデン」と表現している。

「大文字の女性」とは、ラカンの文脈で使われており、その意味するところは「母親」である。
そして、幼児期に母親との断絶がある以上、「大文字の女性」は以後、常に「喪失」として存在することになる。
こうして、失われた「大文字の女性」は、Holy Gral(聖杯)となる。

ラカンは「大文字の女性は想像的である」と述べていた。
また、これを受けてコーネルは、「女性的なものの<真理>は、消し去ることのできない大文字の他者への原初的な欲望に根ざしている」と規定している。
つまり、男性が、ある女性を愛するとき、彼は彼女に失われた「大文字の女性」の痕跡を見出しているのだ。
そのように解釈することは可能である。

このことを、ジュリア・クリステヴァは以下のように述べている。

「<母の身体>は象徴的なものの廃墟の中にのみ見出される」。

「廃墟の中」というのは、彼が出会う女性に見出す、彼自身の「大文字の女性」との始原的な記憶である。
コーネルの論述は、このようにMother喪失、という極めて母性的な原理から思考されている。
その理論的支柱はラカンであり、ラカンの「大文字の他者」という概念である。

大文字の女性が埋められていることについて

コーネルは上述したように、起源には「母親」という「大文字の女性」が存在したことを論述する。
だが、コーネルは「大文字の女性は埋められている」と述べている。
これはどういうことなのか?

決定的に解りやすく述べられていたのは、以下である。

「女性的なものは、女性についての属性の確定された集合ではない」(p434『脱構築と法』)



女性、というのはいうまでもないが、生物学的な意味における女性である。
雌雄でいえば、雌である。
だが、「女性的なもの」が雌に限定されるとは限らない。
これが極めて重要な視点であることはいうまでもない。
「女性的なもの」というのは、いわば「意味」である。
意味とは、「賦与作用」を経て、対象に添付されるものである。
生物学的には女性であるが、「女性的なもの」という社会からの「意味賦与作用」に窮屈な思いをしている人は、実はいるのだ。
コーネルは理論的に、「女性/the feminine」と「女性的なもの/the female」の「差異」を述べる。
換言すれば、一般的な意味における「女性」には、不可避的に「女性的なもの」という「意味賦与」が既にまとわりついている可能性が高い。

これを、コーネルは極めて適切に以下のように述べている。

「私たちは投げ出されている=配役されている(cast)のである」(p434 同書)



コーネルが述べていることは、「女性」が「女性的なもの」という扱われ方に支配されていることを解体する必要性がある、ということである。

ここで私が一つ思うことは、「聖母マリアは大文字の女性か?」という命題である。
結論からいえば、コーネルは「然り」という。
つまり、聖母マリアとは失われた「大文字の女性=母親」を、想像的に代補する存在である。
これに対して、バタイユが「宗教とは、母との根源的な関係である」と述べていたことをコーネルは引用する。
そして、コーネルはそれを認めつつ、「大文字の女性を宗教化することは危険である」と注意を促す。

女性性=女性的なもの、とは何なのか?

デリダは、「女性性」の概念を、「女性らしさ/femininity」や「有性性/sexuality」とは異なる概念であると述べている。
コーネルはデリダを敷衍しつつ、

「女性とは、明かしえぬ喪の共同体(unvowable community of mourning)である」



と述べている。
これは、何と神学的な表現であろうか。
更に、コーネルは同じく『脱構築と法』の第二章のデリダ論で、

「大文字の女性は、ヴェールに覆われたままに留まる」(p204)



と述べている。

デリダはこれを換言して以下のように述べている。

「真理において捉えられるがままにならないもの、それは女性的である」(p207)



ここで、私は「女性性」という概念が、実はデリダ的なコンテクストにおいては、「差延」であることを知る。
差延とは起源なき起源、原-痕跡であり、創世記の第一文字が「ベイト」から開始される、というユダヤ的な概念でもある。
ラカンの先述した文脈に戻れば、「大文字の他者」との接触が起源に必ず生起する。
この大文字の他者とは、コーネルの表現を使えば「大文字の女性/母親」である。
ところで、この母親とは、幼年時代に断絶が生起する。
こうして、起源としての「大文字の女性」が喪失、不在として痕跡化するのだ。

この母性原理の構造は、なんとデリダのいう「原-痕跡」概念と姉妹関係にあることだろうか。
デリダにとって、「女性性」とはラカン的な文脈で使用された場合でも、「差延/原-痕跡」概念と交換可能な間柄にある。
それを「明かしえぬ喪の共同体」と表現したコーネルは実に神秘的である。
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