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09/09のツイートまとめ

afterfinitude01

女性を性的対象と見なさなかったジェイムズなのでヴィオネを脱がさなかった点は作家のパーソナリティからも理解可能。ただ、私がストレザーと同じ「使者」であったなら、その夜の膚に汗を流させる程度の冒険はすべきだったと悔いるだろう——「生とは強奪」(ヴィヴェイロス)なのだから。
09-09 20:01

結局、『使者たち』全体を通してジェイムズは今の私達に何を伝えたかったのだろう。「強く冒険的に生きてみた」ストレザーは最終的に「もうあんな女性はこりごりだ」と吐露する。ヴィオネとは何のアレゴリーだろう。あるいは、ヴィオネほどの貴婦人が夢中になっている青年チャドの持つ意味とは?
09-09 19:50

パリで美貌の伯爵夫人をその気にさせることほどの「冒険」はないという点でストレザーは確かに行為遂行的に先の信念を貫徹したと言えるだろう。だがアメリカ人記者が夢見たほどフランス上流階級は甘くはなかったということ。微笑の奥に幾重もの心理的な駆け引き、魔性の獣が潜んでいたのだから。
09-09 19:45

勿論、誰もが生きている。ただ壮年期に入ってストレザーはこれまでの人生の保守性、冒険の不在を深い憂愁と共に感じていた。だからこの場合の「強く生きたまえ」には劇構造のダイナミズムへと自己を譲渡し、悲劇を招来することも厭わない覚悟が感じられる。
09-09 19:38

『使者たち』のストレザーのモデルは二十代以来のジェイムズの恩人で編集者兼作家の人物らしい。彼がパリ郊外の園遊会で洩らした言葉が本作の骨格になった——「生きたまえ!力強く生きたまえ!」。本来的な意味で人生を生き損ねていたストレザーなだけに、この言葉は散種的に幾度も彼を賦活したろう。
09-09 19:33

RT @lunar_shirayuki: ポーの『黒猫』を思い出したけど、毛色自体は灰色なのかな https://t.co/S7tF0JMUz8
09-09 01:21

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