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09/22のツイートまとめ

afterfinitude01

「別様の自然法則」が明日にでも生起する可能性があるという議論をガブリエルのように「金融危機」で比喩化するのではなく、「亡霊のジレンマ」に接続する神論の方向で語る方がはるかに本質的だろう。この場合「来るべき復活の神」とは、「必然性」消滅後の「天使」であるセラフィタに他ならない。
09-22 00:44

注記すると、『セラフィタ』の思想的背景はスウェーデンボリとサンマルタンであり、セラフィトゥス=セラフィタの言説を考える上で彼らからの影響を除外することはできない。とはいえ、少なくとも私がメイヤスーに感じた思弁性に近いものが本書に流れているのも事実。バルザックは常に新しい。
09-22 00:36

バルザックの神秘主義の内にメイヤスーの議論(事実論性だけでなく「亡霊のジレンマ」のプロトタイプまで存在する)が折り畳まれていた点に不思議な一致、符号を感じる。同時に、長らく執筆中のメイヤスー論のタイトルと、全体を締める最後の論調のインスピレーションを与えられた気がする。
09-22 00:29

セラフィトゥスは神の「必然性」消滅後に「絶対的な偶然性」(事実論性)が支配する点を少なくとも共有している——換言すれば彼はキリスト教の神の終焉以後の「奇蹟」として自らの存在論的な矛盾を内包する。彼の身体性は「別様の自然法則」の顕現であり、いわば事実論性の「展開」である。
09-22 00:22

『セラフィタ』第4章「聖所の雲」では汎心論と唯物論の超克を企図した弁神論が展開される。メイヤスーやガブリエルの問題設定に驚くほど接近した考えが、霊的存在であるセラフィトゥスの口から語られる事実に驚きと眩暈を覚えた。
09-22 00:15

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