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10/06のツイートまとめ

afterfinitude01

整理すると、バイヤールは読書の外延を拡張する(目次のみ、他者のレビューのみetc)ことで、従来の「最後の奥付まで読まないと読んだことにならない」タイプの読書法の堅苦しさを溶かし、「ネットワーク(内的図書館)」という新しい概念により「非読」を堂々と押し出したと言える。
10-06 07:15

バイヤールが定義する「教養」も、ある本をネットワークに位置付けられる(一冊の本の中で自分の位置を発見できる)能力だとされる。だからこそ他者のレビューのみを読むこともその本との出会いとして肯定される——「我々は多かれ少なかれ本の一部しか読まないし、時間が経てば消え去る」。
10-06 07:06

注意すべき点は、バイヤールの読書論が多忙な現代人に「速読のハウツー」を指南しているのではないこと。各章の素材テキストが極めて精緻に読まれていることからも分かるように、いわばネットワークを拡張する読書と、時間をかけて深化させる読書を使い熟す必要性を説いていると考えられる。
10-06 07:00

以上から導かれるのは、高度な専門的技術があれば「目次と書名のみ」でその本が書物全体のネットワークで占める位置を掴める点、すなわち「語る」ことも可能な点。少し長くても10分以下の「流し読み」で本質を掴んでその本の位置をマッピング可能な点。こうした方法もケースバイケースで必要になる。
10-06 06:55

この読書における中心点の不在はラカンのS(Ⱥ)からも説明できる。言語を用いる限り、そしてその網の目を通過する言語的主体である限り、読書空間のネットワークは本質的に精神病モデルにならざるをえない。バイヤールの視点がユニークなのは、いわば開き直って「断片/横断」的読書を推奨する点。
10-06 06:48

バイヤールの非読論の骨格にあるのは「非均質的な書物記憶のネットワーク」という断片の集積/連結から成る概念。読書が言語に依存する限り、ネットワークの「中心」が生成することはあり得ない。換言すれば読書とは断片的であり、読み手の主観によって必然的に誤読が起きる行為である。
10-06 06:39

ピエール・バイヤール『読んでいない本について堂々と語る方法』読了。著者はパリ第八大学教授で精神分析家。読書論として非常に斬新。いかに「読まずに語るか」という一見不可能だが極めて本質的な命題がヴァレリー、ムージル、ワイルドといった「非読家」を分析しながら展開される哲学的名エッセイ。
10-06 06:32

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