† 文学 †

ジョルジュ・サンド『愛の妖精』

愛の妖精 (岩波文庫)愛の妖精 (岩波文庫)
(1959/01)
ジョルジュ サンド、宮崎 嶺雄 他

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『銀河鉄道の夜』に匹敵する素晴らしい物語

私はサンドの作品を初めて岩波文庫の邦訳で読んだのだけれど、これがなんと非常に面白い。
まだ全部読んでいないけれど(もう少しで読み終わってしまうのが辛い)、これは正直、私が読んできた数少ない本の中でも、屈指を争うほどの名作だと想う。
タイトルは『愛の妖精』という感じで、ヤンチャな心をまだ隠し持っている青年たちには少し抵抗感があるかもしれないけれども、開けて読み進めれば、どれほど面白いかが解ると想う。
実は、これは「甘美な」とか「セレブな」といった表現が付く作品ではない。
むしろ、トム・ソーヤの冒険とか、ハックルベリー・フィンの物語に近い、いわば少年少女の輝かしい冒険なのだ。

冒険、といっても、テーマは「愛」である。
誰が読んでも魅了される、というより、可愛いと感じると想うのだが、本作の主人公はファデットという「魔女っこ」である。
魔女の孫娘で、野生児で、いつもみすぼらしい襤褸切れをまとって村人から嫌われている。
そんな少女が、ランドリーという村の少年と、少年同士みたいな喧嘩をしたり、悪口をいいあったりしながらも、ゆっくりと相思相愛になり始め、やがてファデットも「野生児の少女」から「女性」へと目覚めていく――そんな素晴らしい物語である。
サンドの感性が邦訳からしか私には伝わらないけれど、彼女はこの上なく少年心理の描写に長けている。
というより、サンド自身が男装をしているような時期もあったようなので、これは非常に卓越した面白さを持っている部分だ。
そして、ファデットがランドリーと「友達になりたい」と想い、やがて「愛している」という気持ちを学び始める瞬間の、その輝かしい「羽化」――ここに、サンド自身のこの上なく天才的な愛情が放たれているようで、極めて感動的で、私にとっては革命的なほど元気が出る小説である。

サンドの小説の最高傑作として名高いようだが、この作品で、私はサンドという女流作家に大きな関心を抱いた。
サンドといえば、ショパンとの恋愛も有名で、ショパンといえば「華麗な」という印象が音楽から伝わるのだけれど、なんとこの本の野生児ファデットは、サンドの少女時代の姿らしい。
つまり、モデルにかなり自分が入っているらしい。
これは二重の意味で作家への関心の高まりにならないだろうか?

心が疲れたときや、人ごみの中でストレスに悩む人に、一度この作品を開いてみることを御勧めしておきたい。
私の中では、『銀河鉄道の夜』と並ぶほどの傑作であり、(児童文学とも大人の小説ともいえないような良さがある点でも似ている)作品の中で人物が本当に、間違いなく呼吸している瑞々しい音を聴ける、数知れない名作の一つだと想う。

「最後まで読んだ感想」

世界には数多くの「恋愛小説」が存在するが、この作品はその「原型」といえるのではないだろうか。
無論、サンド以前にも、例えばラシーヌの『ベレニス』や、オウィディウスの『変身物語』など、数多くの古典が存在するのだが、サンドの『愛の妖精』は、やはりその一つであると思われる。

相思相愛の者が、愛し合うがゆえに「別れる」ことを選ぶ、その美しく劇的な別離の接吻に関する描写や、少女から恋心を知った女性へと羽化していく丁寧な心理描写など、多くの点で、この作品は「恋愛小説」の基本的な形式であるように思われる。

また、本作では「善きキリスト教徒とは何か?」を知る上での教訓にも富んでいる。

私が最も素晴らしい、と感じたのは、サンドがこれを書いていた当時の社会が、極めて暗く暗澹たる不安に満ちていたという事実である。
彼女は「暗き時代」だからこそ、芸術にその救いとしての「光」「木漏れ日」を与えようとした。
本作で精神的な病を患っていたランドリーの双子の兄シルヴィエが、ファデットの「福音」を得て、兵士として逞しく復帰するのも、おそらくは当時の社会情勢を暗示している。
シルヴィエとは、おそらく人間の不安の具現化なのだ。
対して、初めはじゃまもの扱いされながらも、やがて立派な一人の自立した女性へと成長していくファデットは、本作で彼女が敬虔な信徒であることからもわかるように、一人の「聖女」として描かれている。

サンドは自然を愛し、自然の中での生活にこそ、人間の暗い不安を癒す力があると確信していた。
この物語の舞台は、サンドの故郷であるフランス中部のノアンである。
晩年のサンドもここで孫娘と暮らし、周囲の人たちからは「La Bonne Dame de Nohant(ノアンのやさしい奥様)」と慕われていた。




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