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11/21のツイートまとめ

afterfinitude01

《花開蝶自来図》は「花開けば蝶自ずから来る」という銘句に因んでいるが、これは応挙的な哲学として心に刻んでおきたい。無理に開いても蝶は来ない。かといって咲くべき時機を逃すと蝶は気付かない——何事にも「時熟」がある。
11-21 21:24

前景のオブジェクトを細部まで描きこみつつ、背景に何も描かない(あるいは抽象化)点は西洋画との比較において根本的な問題だと思う。日本的な眼は対象を感覚的に掴み取って、いわばそこに全神経を注ぎ込む。だからその分、遠景で「余興」が生まれ、ラフになる。そこに私は優雅な和の音楽性を感じる。
11-21 21:24

応挙は西洋的な遠近法を採用した「眼鏡絵」で四条河原を描いているが、ここで西洋画に馴染んだ私は懐かしさを感じた。同時に東西の方法論の差異について考えさせられる。最も違いがよく現れるのは衣装の襞。全面的に応挙は影を描かない。
11-21 21:23

応挙はこの点でデリダの「コーラ」、あるいは『絵画における真理』の「パレルゴン」とも通底する。絵画空間を構成する「余白」の美。ゆったりした間の取り方は和室の空間構成を暗示しているかのようだ。あえて描かないことで「間」を醸し出す作法に惹かれる。
11-21 21:22

《雪中山水図屏風》で左側に設けられた「何も描かれていない空」に、京都で観た竜安寺石庭を想起した。屏風絵では往々にして「余白」を大幅に採用することで、全体に不在として現前する音楽的な統一感を与えることがある。
11-21 21:21

応挙の天才は、1780年代の《山水図》のように具象と抽象のバランスを心得ていた点にあるだろう。主題となるメインのオブジェクトは前景でリアリスティックに描かれ、後景の山は水墨画的に淡く簡素に描かれる。リズムがある。常に全体のバランスを考えている。だからどの細部も有機的に活かされる。
11-21 21:21

応挙の《写生図帖》を始めとする観察記録は今回の展覧会最大の見所の一つだが、江戸時代にあれほど「写真的」な写生が実現していたことに感動した。落ち葉の変色、腐蝕の過程や微妙なグラデーションまで応挙の目は見逃さない。レオナルドのスケッチのように細かいメモ書きまで添えられて。
11-21 21:20

《牡丹孔雀図》はその羽毛の精緻極まるリアリズムに驚嘆したが、興味深いのは応挙とルドゥテの描く薔薇の親和性。応挙の植物画はそれ自体で西洋のボタニカルアートの殿堂に匹敵する。実物を前にした無数の写生は近代的な科学的観察眼の萌芽を感じた。
11-21 21:19

昨日は円山応挙展(根津美術館/南青山)。応挙は様々な絵画的方法論を取り入れ、独自のスタイルで昇華。その様が実に見事で、西洋画に馴染んだ私にとって日本画を見直す最大の契機だった。「気韻生動」は中国画に学んだ彼の理想の境地。根津家の日… https://t.co/pY3SlhQuSG
11-21 21:18

RT @lunar_shirayuki: 初の根津美術館にて円山応挙展。「写生画」を極めつつ更なる高みを目指す細やかな描写に感嘆した。庭園は趣がある広大な空間で紅葉も素晴らしかった! https://t.co/MorPs9kVJs
11-21 19:48



RT @lunar_shirayuki: 「牡丹孔雀図」では圧倒的な気品に惚れ惚れし、動植物図鑑かと見紛う筆致の写生帖には当時の暮らしに思いを馳せられ素晴らしかったな❇︎ https://t.co/XHowjb8TNY
11-21 19:48

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