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12/11のツイートまとめ

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『群像』選者では他に蜂飼耳、堀江敏幸の意見も印象的。ちなみに熊野純彦は明治生まれの国文学者で歌人佐佐木信綱を挙げていた。蜂飼さんの「美しい日本語」という表現それ自体が「排他的」で「美しくない」という意見もまさにその通り。「美しい」という表現が持つ文化的多層性を改めて実感する特集。
12-11 21:07

『群像』(17年1月号)の「美しい日本語」特集。松浦寿輝が金子光晴を挙げながら言語の美を語る短評が見事。「美しい日本語は詩歌にしか存在しない」とあえて断言し、散文(小説)は本質的に「美」を破壊する機能を持つことに言及。とはいえ私には松浦文学の文体はやはり批評性と美を兼ね備える。
12-11 21:01

カント/熊野純彦訳『判断力批判』(作品社)が届いた。素晴らしく重厚な装丁。あとがきによれば「カントの最高傑作」であり、「西欧近代哲学の金字塔」。学術的に最も信頼できる訳文で、かつ現在最も手に入り易いといわれるのが、この熊野訳。『有… https://t.co/XFiY3xaEe1
12-11 17:18

ただ「好きな歌手だから」とか、その人が創り出す作品への関心もあるのなら、むしろ恋愛から切り離してその人を捉えるべきだと思う。単純に刺激を受ける、評価できる、という方向で。この点は創り手サイドも誤解すべきでないし、おそらくプロ意識の高い人ほどファンの愛情を恋愛と峻別可能なのだろう。
12-11 13:42

愛の最中にいるカップルほど愛や恋について無口になっていく。自分がどこかで満たされない、まだあの人に未練がある、そんな人は新しい恋を一刻も早く始めた方がいい。未練を振り切れるのは新しい恋だけだから。私もそういう夢のある前向きな人に希望を抱くし、そういう恋なら心から応援できる。
12-11 13:32

私の彼女は滅多に「愛」という言葉を使わない(私はほぼ毎晩口にするけれど)。だがさり気ない身振りで、優しさ、愛情、気遣いからそれが無言で伝わる。恋愛の絆を「育てる」経験をしていない者が洩らす愛が自己愛に過ぎないのも、彼らがこのさり気なさにまで降下した愛の表情を知らないためだ。
12-11 13:22

愛は本質的に触知的なものだろう。眠る前、互いの肌がぴったりと触れ合い、二匹の猫のようにじゃれ合う。他に何もない。ただ彼女の肉体がある。そうやって毎晩眠ることは実にありふれた、普段は言葉にせず肉体が記憶しているもの、だがそれゆえに反復される確認、絆。言葉だけの愛などガラスの城だ。
12-11 13:15

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