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02/19のツイートまとめ

afterfinitude01

従来のカトリック的解釈では『天地』を一民話として軽視してきたが、ストラザーン以後は「土着化したキリスト教」を全体と相互補完的関係にある独立したテクストとして解釈していかねばならない。実際、聖霊の蝶への変容、イヴの犬への変身など興味深い「非人間」的主題がちりばめられているのだから。
02-19 18:45

『谷川健一全集11巻』収録「わたしの『天地始之事』」読了。谷川は本書の性格であるシンクレティズムをブリコラージュとして解釈しているが、これについてはストラザーンの部分と全体の相互包摂の概念も適用できるだろう。『天地』はキリスト教(全体)にホーリズム的に還元されない独立した部分。
02-19 18:40

『ヨブ記講演』はキリスト教の宗派を越えて読み継がれるべき熱い説教録だと思う。内村の無教会主義や、最後の「万象に神を見出す」といった観念にはカトリック的に留保が必要だが、これほど胸に迫る講演を私は教会で耳にしたことはなかった。いわゆる霊的読書における収穫は非常に豊かなものがある。
02-19 18:32

遠藤周作が『沈黙』で到達したのは、苦のcommunioがキリストを媒介にして生起するcaritasの原理だったが、内村鑑三もまた個人の担う十字架を神が分割/共有する考えに収斂していく。ヨブはキリストの来臨、信徒の復活を暗示するだけでなく、赦しにまで至ってキリスト教の礎を用意した。
02-19 18:27

内村鑑三『ヨブ記講演』(岩波文庫)読了。知恵文学の中で最も個人的な悲劇に急迫するヨブ記を、内村は過去の研究を踏まえつつ、19章で遂にキリストの来臨を個において予兆したと捉える。ヨブ記作者も神の救いを書きながら手探りで模索した点で、高度にパフォーマティヴな構造を持つテクスト。
02-19 18:11

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