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03/22のツイートまとめ

afterfinitude01

人間中心主義について考える時になぜか「仲間外れになった猫」とか、人間でも獣でもない「孤独な獣人」などの形象が思い浮かぶ。救済を占有化させる宗教的な暴力への抵抗、あるいはそれとは別の方向での救いを模索する上で、案外ヨーロッパ中世が生み出した「驚異の動物たち」の姿は有効かもしれない。
03-22 15:11

ホーリズムに還元されないものとして、動物や植物の個別具体性まで含めて共生の可能性に参入させる後期デリダは、確かにハーマンのオブジェクトの概念やVdCの動物への横断性と通底している。小泉義之も『現代思想』で最近の動きはある程度、後期デリダがカバーないし準備していると言っていた。
03-22 15:05

デリダの宗教論を摂取しつつ、私のカトリックとの繋がりも踏まえて一度本格的に宗教論的なものを書いてみたい意志が少しずつ高まっているのだが、その時に重要になるのは読書ノートに書き留めた、派生的に考えたり自由に想像したことになっていく気がする。構想の種の段階で、未だ発芽していないもの。
03-22 14:50

『信と知』の「メシア的なもの」(messianicité)の概念に繋げると、本書では赦しえぬ他者、共に帰属しえぬ他者(特に動物)との共生の可能性が模索される。こうしたアポリアをまず可視化させながら、時には反省的に論を進めるデリダの思考方法はぜひ今後見習っていきたい。
03-22 14:43

ジャック・デリダ『最後のユダヤ人』所収「告白する——不可能なものを」読了。リフレインとなって思考され続ける「共に生きる」(vivre ensemble)ことの可能性を問いつつ、国家の根源的暴力やユダヤ教の「テシュヴァー」概念の批判的検討、84年のイェルサレム訪問などを語る。
03-22 14:35

RT @marenostrum2: 車輪を手にする聖カタリナさん。すごくかわいい。14世紀 Oberösterreichische Landesbibliothek Cod. 20 f.7v https://t.co/2EHiEGVcPw
03-22 09:17

RT @marenostrum2: エゼキエル書1 章。エゼキエルが幻視したテトラモルフ、そして車輪。じっと見ているとグルグルとめまいがしてくる。すごい。14世紀 BnF Français 1 f.262r https://t.co/0GjEovPKyr
03-22 09:16

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