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03/24のツイートまとめ

afterfinitude01

キリストの洗礼を画題にした絵の中で——というより、洗礼者聖ヨハネを描いたものの中で私が最も大切にしている作品。Andrea del Sarto《Life of John the Baptist: the Baptism of C… https://t.co/cSG5Zjeg6C
03-24 23:35

@junichi_abe ちなみに、私はランニングしている村上春樹がかなり好きです。彼は三島のような自己懲罰的な身体酷使ではなく、もっと垢抜けたトレーニングの手段と精神性を身に付けている気がします。走ることと書くことが無意識の中で連合しているのかもしれません。
03-24 18:20

@junichi_abe 以前、知人の一人が彼はユングからけっこう影響を受けていると言っていました。反復、変奏されるテーマなどがあるのでしょうか。現代文学をポスト村上的な状況として捉えた時、abeさんが抱いている問題意識や相続への意志は私も興味深いです。
03-24 18:08

高山右近の列聖と同時代になり得るとすれば、私は今の時代にも希望、支え、快復を見出せるような気がする。聖ジャンヌ・ダルクの場合、1920年にベネディクト15世が列聖するまで列福から11年だったので、右近も今世紀前半に列聖され、今後多くの人が彼を洗礼名に持つことになっていくだろう。
03-24 16:12

RT @h2ropon: 6. 何年先かはわからないが、高山右近は列聖されるだろうと今日確信した。「殉教者」の信仰に優劣はない。しかし彼は他の福者、聖人にない、日本の迫害のカリスマとなりうる諸条件が揃っている。意外と早いかもしれない。その時は、中浦ジュリアンやペドロ岐部、金鍔次…
03-24 15:55

RT @mikunino_ie: 昨年マザー・テレサが列聖されたあと、三位一体のエリザベットが列聖されましたね。エリザベットの神の神殿となるという言葉と高山右近の列聖と沈黙の映画が皆繋がっているように思います。特に三位一体のエリザベットの列聖には大きな意味があるように感じており…
03-24 15:55

@junichi_abe 私はabeさんほど読んでいないのですが、彼の最近の文体は美しい気がします。老いることで、若い頃に開拓した様式が更に磨かれることもあると思います。逆にどんどんピュアになっていく人も。一人の作家を総体的に読むこと、追い続けることは今の時代に必要だと思う。
03-24 15:14

以前、神父から聞いて以来ずっと調べもせず謎のまま記憶に保管されている『マルコによる福音』に実はマルコ自身が記されている(イエスが捕縛された際、あまりの恐ろしさから衣服を全て脱ぎ去って逃げた臆病な男=マルコ)という説。自分を最も弱い存在として自画像的に書き込む準-私小説の試み?
03-24 08:43

20代前半の頃、私は一人称でしか私小説を書けなかった。実際に私小説は三人称でやった方がはるかに面白いし得るものが多いと気付いたのは、ジェイムズの三人称視点人物と、プルーストの一人称の意識の流れが互換性において極めて高いことを知った(中村真一郎の評論を経由して)からだと思う。
03-24 08:26

初対面で強烈に引き寄せられ、すっかり魂の奥底まで魅了した異性が、往々にして最も残酷な苦しみを主人公に与える。ヴィオネ伯爵夫人がその典型だったので、おそらくマダム・ド・モーヴにも一癖あるのではないかと考えている——ジェイムズが初登場時に審美化する人物にはたいてい裏がある。
03-24 08:17



人間の印象は変幻自在だ。ジェイムズの「モーヴ夫人」を読んでいると、最初はふしだらで道楽者の無教養なフランス貴族として悪印象を与えた男でも、会話の中に物語の重要な伏線を含ませて真理の一翼を担っているような予感がしてくる。
03-24 08:07

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