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04/13のツイートまとめ

afterfinitude01

シェイクスピア劇の魅力の一つは、政体論のアレゴリーとして捉えられる構造にある。マクベスもリアも共に政治を私有化したことによって滅びる。
04-13 21:52

NTLで鑑賞した時は演技に夢中で気付かなかったが、カヴェルの解釈で更に深まったのはグロスターが目を奪われた謎。「妾腹の子エドマンド」を持つことで彼は誰より社会的な「目」を恐れていた、だからこそ彼自身の「目」が奪われる。そしてこの喪失によって逆に「見える」ようになるものに気付く。
04-13 21:43

コーディリアの「沈黙」は、「愛するふり」をする者たちと己の真の愛を区別する応答=責任の所作として、悲劇の開始を告げる場面。「公然と愛するふりをすることは、愛がないならば容易である」。リアの悲劇は実質的に、この娘の愛をそれとして認知せず、「恥」に転化させてしまったことが招いたもの。
04-13 21:30

カヴェルが最も情熱を注いで論じるのは2章「愛の回避」の『リア王』論。ここで「悲劇」とは何かも掘り下げて考察される。曰く、悲劇とは「善と幸福の不一致」を条件とし、「悪が栄えて善が滅びる世界」——そんな世界を「裁く力」と規定される。ゆえにコーディリアの死の瞬間に「救済」が齎される。
04-13 21:17

『マクベス』の本質的なテーマが「歴史とは何か」の問いにあるとするカヴェルの指摘は重要だろう。魔女たちがマクベスを動かしたように、政治的なものは人目の届かぬ「秘法の場面」で隠密に決定される。この点で、マクベス夫人が妻としては不在であり、魔女として現前しているという言及も興味深い。
04-13 21:02

スタンリー・カヴェル『悲劇の構造』7章「マクベスの恐怖」読了。物事を停止(surcease)させたいにも関わらず、継続(success)させるよう動いてしまう「決定不可能性」の運動を具体化するマクベス。カヴェルはそこに人生の無意義性(insignificance)を見出している。
04-13 20:57

『大ジハード論』の基底となる教えは、宗派に関わらず「髭を罪で白くする前に」信仰を持つ意義を説いている。「歳を取ってからでは自己を浄化すること、美徳と敬虔さを身につけることは難しくなる」。自分はいったい何のために生きているのかが掴み辛い現代社会だからこそ、改めて読まれるべき心の書。
04-13 00:08

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