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04/17のツイートまとめ

afterfinitude01

ヘブライ語の「彼はある」(イヒイェ)が一文字を除いてヤハウェと一致し、語として酷似していたので、神の自己規定におけるI am who I am.を最初に「発案」した神学者は確実に実在したが、彼ないし彼女の名は後世に残されていないという『一神教の起源』の言及は非常に魅力的だ。
04-17 18:56

興味深いのは、ムハンマドが「遅れて登場したこと」を自認していた点。彼はイスラームこそがアブラハムに回帰した「最も古い宗教」であると強調しなければならなかった。因みに、allāhがイスラエルの民の神el、erohim、eloahと同根である事実も、より広く認知されて良いだろう。
04-17 18:12

グニルカが最重視するのは、双方がユダヤ教的なアブラハムを契約の祖とする点。ただし、キリスト教が自由人サラとの息子イサクの系譜に立つのに対して、イスラム教は女奴隷ハガルとの息子イシュマエルの系譜に立つ。アブラハムは三つの世界宗教の共通の根であるため、ここに「共生」の地平も開かれる。
04-17 17:55

キリストの神は歴史に連帯するが、アッラーは歴史から絶対的に分離する。換言すれば前者は個人に働きかける救済宗教であり、後者はコーラン中心の律法宗教である。イエスが説いたような「愛敵」の戒めはコーランには存在しないが、マリアの処女懐胎は受容され、イエスにも非常に高い敬意が払われる。
04-17 17:44

本質的差異は、まずイエスを「神の子」として受容するか否かに求められる。コーランではイエスは一人の預言者であり、ムハンマドこそが最後の「預言者の封印」と規定される。ゆえに受肉(Inkarnation)の概念は存在せず、神はコーランに書物化(Inlibration)したとされる。
04-17 17:36

本書の魅力は副題にもあるように、聖書とコーランの「どこが同じでどこが違うか」を単に理路整然と解説するだけでなく、双方の共生のために必要な観点を読者に探らせるところにある。カトリックであることが研究に一定のバイアスをかける点を無論自覚した上での、極めて誠実な比較研究の成果。
04-17 17:28

ヨアヒム・グニルカ『聖書とコーラン』読了。ここ最近の読書では後期デリダの宗教論と並んで非常に豊かな収穫があった。著者はポーランド生まれのカトリックの新約聖書学の碩学。今日の国際情勢の根底にある宗教間対立の問題を理解する上での基礎文献として必読。
04-17 17:21

RT @Situations01: 「私は敗北を語り、孤独な心や現実に押し潰された運命を描くのが好きだ。...私のどの作品も、もう一つの作品を隠している。私の本当の映画は、まだ実現していないが、ヴィスコンティ家の過去と現在についての映画だ」ルキノ・ヴィスコンティ(『Il Mon…
04-17 14:43

RT @Situations01: 「私は子供の頃からずっと神を信じてきた。…ある存在、我々の外部、内部の何か、或いは我々自身を信じている。個人よりもより神秘的な大きな力を信じている。だが個人が、その神秘的な力と同じくらい大きな存在であることを否定しない」ルキノ・ヴィスコンティ…
04-17 14:41

RT @lunar_shirayuki: ヴィスコンティのヘルムート・バーガーの伊達男っぷり https://t.co/cXoBrUrztZ
04-17 00:37

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