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04/19のツイートまとめ

afterfinitude01

イエス時代に「奇跡」を行ったとされる人物を時系列順に。・BC50頃/円を描く人ホニ・AD30頃/イエス・AD40頃/テウダス・AD50〜60頃/ハニナ・ベン・ドサヨセフスや『ミシュナ』も言及。当時ユダヤ人が奇跡ないし魔術を行うことはけして珍しいことではなかった。
04-19 20:58

サンダースの歴史的イエス像は以下。・生年はBC4年前後・20代後半、ガリラヤで洗礼者ヨハネの活動を知り感化・洗礼を受けて劇的に変化・1〜2年間、ガリラヤで活動・最後の2週間のみローマ属州エルサレムへ・処刑後、墓から遺体が消失・弟子たちによる再来(復活)思想の醸成
04-19 20:48

新しい預言者ないし救済の体系が世界の終末の気運高まる時期に往々にして出現するという見解は、イエス時代のガリラヤの場合、歴史的に妥当しない。
04-19 20:39

E.P.サンダース『イエス——その歴史的実像に迫る』第3章「政治的背景」によれば、ヘロデ大王は政治的には名君であり、その子アンティパスも共観福音書が描くような暴君では全くなかったという(ピラト、カイアパスも同様)。更にイエスの時代AD20後半〜30前半は終末論的な情勢でもない。
04-19 20:33

緑に包まれた春の図書館の和やかな風景が、私の魂の深奥におられる神の瞼を慎ましく閉じられる——あたかも、まどろみの彼方で小鳥の囀りを彼と共有するかのように。 https://t.co/0PXhtT8aWN
04-19 20:01

この街に無事越してこられたことを主に感謝します。ここにいる限り、少なくとも本には一生困らない。 https://t.co/VNe6J4wzWs
04-19 19:43

RT @Situations01: 「私には園芸の趣味がある。あらゆる土や腐葉土について知っている。私は花が長続きする草木や植物が好きだ。花が咲く低木も美しい。私は苗床を持っている。庭を歩き、空気と光を享受する。それから再び仕事だ」ルキノ・ヴィスコンティ(『Il Mondo』誌…
04-19 19:34

議論の構成上必要な引用もあれば、時間的余裕がないためにそれを読んだように見せかける画像貼付的な引用もある。それが信用度の低い二次文献からの場合、問われるべきはその人の学術的なセンスであり、それに無自覚であることが通用する行為者固有のハビトゥスだろう。
04-19 14:11

文字はイメージにおける誤読を惹起させ、漫画はそれを許さない。漫画がミニマルなイメージのみを採用した文学をadaptationしない傾向を持つのはこの証左だろう。絵画がなぜ高尚文化と結び付き、漫画はなぜこれに参入できないかを検討することにも意義はある。
04-19 13:35

漫画は想像力を細分化されたイメージの群れに固定化させる。漫画家がどれほどイメージを駆使してコマ数を割いても、それは読者に常に同一の画を提供し続ける。これに自覚的な漫画家は台詞を増加させる傾向を持つが、この場合、漫画である必要性が問われる。ここに通俗文化のひとつの限界がある。
04-19 13:28



ジェイムズ文学が至高の美を宿しているのは、彼が何よりもゴシップ愛好家だったからである。上流階級の痴情の縺れによる茶番劇は文学的にはmelodramaの形式を採用するが、これは文学を「悲劇」の世俗化だと認識する彼にとって最高の題材になる。
04-19 01:26

ユフィーミアがロングモアの愛を最後まで受け入れなかった理由をジェイムズは描いていないわけだが、これは無論、双方のハビトゥスの差異に対して彼女自身が自覚的であることは自明である証明になる。同じ理由はイザベルが同郷のブルジョワたちの求婚を受け入れなかった事実にも妥当する。
04-19 01:18

リシャール・ド・モーヴのようなフランスの伝統的貴族に、財産はあっても地位に欠けるユフィーミアが惹かれるのはこの世の理だろう。結果的にはオズモンドに対してイザベルが抱いた「失望」に近いものを彼女も抱くことになるわけだが。貴族に高潔さが伴うとは限らない残酷な教訓だろう。
04-19 01:11

ヘンリー・ジェイムズ『マダム・ド・モーヴ』読了。不幸な結婚をした男爵夫人ユフィーミアと、彼女の道徳的孤独に同情と淡い恋心を寄せる青年ロングモアの物語。主人公と今の私が同年であるためか、noblesse obligeに伴う繊細な感情… https://t.co/Dqu2h0wTeX
04-19 01:01

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