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04/20のツイートまとめ

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蛇足だが、ヴァールブルクが「みじめな共感魔術の手段と化した」として半ば揶揄するアグリッパ・フォン・ネッテスハイムの主著の挿絵二枚——私はわりと好きだ。今の時代にも黄道十二宮の動きを健康状態と相関させる神秘主義者はいるが、ミクロ/マクロコスモスの照応は「魔術」の基本だろう。
04-20 22:28

記憶術の観点からも『ムネモシュネ・アトラス』は興味深い。テクストよりも「図像」で整理した方が鮮烈に記憶に定着するというのはある。このパネル全体がArchitekturだとすれば、それは脳内の立体空間の壁面にパネルを配置するという形式で行なわれる記憶化の過程でもあるのではないか。
04-20 22:14

「パネルB」を講演草稿とみなした場合、議論過程は⑴ミクロコスモス⑵ルネサンスの黄金比⑶再魔術化、といったコンテクストによって概念を分節化できるが、⑶→⑴→⑵の流れで最終的に数学的定理の一般化へ再編することも可能。重要なのは、これら全てがただ「配置変換」のみで実現される点。
04-20 22:00

「パネルB」について詳しく読んで感じたのは、『ムネモシュネ・アトラス』が「イメージとして概念を記憶できるツール」として機能する点。テクストによってロジカルに概念が錬成されるのではない。「図像の配置」=「概念」であり、配置の座標変換によって概念自身も変化するという驚異的な宇宙図。
04-20 21:54

『ムネモシュネ・アトラス』が全体へと還元される統一体として捉えられない性格を持つ点は、ストラザーン『部分的つながり』やドゥルーズの「離接的綜合」にも密接に関係する。図像への物神崇拝的側面も含め、精神分析や「新しい人類学」、SRとの相性は非常に良いのではないか。
04-20 21:45

アビ・ヴァールブルク『ムネモシュネ・アトラス』所収、田中純「ヴァールブルクの天球へ」読了。90年代以降、世界的に再評価が高まり続ける彼の思想の総決算にアプローチする上での最良の道案内。ディディ=ユベルマン「アトラス」展への透徹した批評や図像のハイパーテクスト性など、極めて刺激的。
04-20 21:36

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