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04/21のツイートまとめ

afterfinitude01

「静寂とは、たえず拝みつつ神の御前に立つことを意味する。イエスの想起が汝の呼吸と結びついているようにせよ」(ヨアンネス・クリマコス『天国の梯子』)——異なるのはもはや固有名だけで、実践面で重視されてくるものはヨーガと全く変わらない。
04-21 22:45

私がヨーガの達人に非常に深い敬意を抱くのは、彼らが「ノイズ」に満ちた環境下こそ「瞑想に相応しい」とみなせる点。高速の脇、パチンコ店やライブハウスの中、その他都市の喧騒は総じて瞑想に最適である。瞑想の基本にあるのは、「今・此処」にある環境の全てを瞑想の訓練場として利用する精神。
04-21 22:35

カトリックではミサ聖祭が基本で、こうした各自の黙想(瞑想)は修道院単位か、個人の実践に委ねられている。私自身もカルメル会の黙想会に何度か参加したが、射祷も含め、ヨーガの実践と相性が悪いわけでもない。良い瞑想法は洋の東西を問わずキリスト教の祈りの実践へと吸収していきたいところ。
04-21 22:24

先刻の瞑想の最中、呼吸のリズムがゆったりして自分でもそれに気付き、心地よい気分になっていると、ある光景が瞼の裏に浮かんできた。どこか異国の林の中、象や猿の顔をした僧たちが樹々にもたれて各自瞑想している。燦爛と彼らの頬に木漏れ日が射し込んでいる。私は彼らのそばの樹に座っていた。
04-21 22:15

アトスの修道士たちは瞑想中の幻視を禁ずる。許されるのは「穏やかで静かな光の囁き」(auran leptēn phōtoa eirēnaian)と呼ばれる微弱な光の像のみ。他方、ヨーガのある修行者は瞑想中の想念を無理に排除せず、逆にそれを利用せよと説く。想念の観察が重視される。
04-21 22:09

東方キリスト教のアトス静寂主義がヨーガの瞑想行法に近いことを知り、食後にヨーガの実践指南書で言及されている呼吸法で5〜10分間、グレゴリオ聖歌を流しながら瞑想を行う。
04-21 22:01

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