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04/27のツイートまとめ

afterfinitude01

A(♀)とB(♂)は秘密の関係で結ばれ互いに絶対的責任を感じ合う。彼らの言語は沈黙であり誰も介入不可能である。この時、Aに片想いするC(♂)に対して、Aは無責任にならざるをえず、ここで倫理的なものも停止する。『おそれとおののき』の成立背景に恋愛体験がある以上、この図式も有効か。
04-27 23:49

『死を与える』は恋愛論であるという仮説を提示しておくことは可能だろうか。tout autre(ひとりひとりの各自の他性)はtout autre(絶対的に他なるもの)である、というDの定言に従い、アブラハム/イサク/神の関係を一人の女性をめぐる二人の男性の三角関係に変換する。
04-27 23:43

おそらくアケダー論は何百年経過しても哲学、神学両面においてラディカルであり続けるテーマだろうが、私はこれに『ヨブ記』も加えるべきだと思う。啓典宗教が共に基礎を置く旧約をいかに論じるかが、これからの時代に重要だという方向性は見えてきた。
04-27 21:02

少なくとも前半部までの段階でデリダがブーバーやレヴィナスのアケダー論に本文で一切触れず、『バートルビー』に議論を迂回させるのはなぜなのか。根本的に90年代デリダは自身のユダヤ系としての思想的系譜に距離を置いているのか。それとも「誘惑者」としてキェルケゴールにより共感するためか。
04-27 20:42

前掲の関根本収録のキェルケゴール、ブーバー、レヴィナス、レイボヴィッツ読了。『おそれとおののき』での「倫理的なものの目的論的停止」に対するユダヤ系思想家勢からの明晰な批判に触れる。同じユダヤ系でもキェルケゴールに賛同し先鋭化させるデリダはやはり特異な存在と言えるかもしれない。
04-27 20:33

21歳のヘンリー・ジェイムズの短篇A Tragedy of Error(過ちの悲劇)読了。上流階級のある女性が夫に不倫がばれることを怖れ、彼の帰宅前に悪漢に暗殺を依頼。しかし絶妙なタイムラグ(通信上の遅延)により浮気相手が標的に。若書きとはいえ恐るべき緊張感と卓越した構成力。
04-27 20:25

オルフェウスにせよペルセウスにせよ、ギリシア芸術で定型化した身体表現が多様に文脈を変えつつも「残存」(GDH)ないし「体内化」(デリダ)され変奏されていくという点で、ヴァールブルクの諸講演は共通してくる気がする。同じ運動、文化相続のネットワークが見えてきた。
04-27 00:16

ヴァールブルク「デューラーとイタリア的古代」(著作集5)読了。pathosformelが概念として前景化する最初の重要作。《ラオコーン》発掘を過大視する研究者は多いが、彼はあくまでギリシア悲劇の伝統に即した身体表現はそれ以前から受け継がれ、デューラーにおいて結晶化したと解釈。
04-27 00:09

ヴァールブルク「怪物から天球へ」(著作集別巻1)読了。異教の魔術がより高次の宗教において体内化される過程を、9世紀バグダッドで活躍した占星術師アブー・マアシャル『大序説』(ルネサンスの神秘主義に甚大な影響)の図像などを中心に論じる。地域、時代を越えて次第に零落していくペルセウス。
04-27 00:03

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