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05/01のツイートまとめ

afterfinitude01

アスマンの本には啓典宗教が立脚する歴史を衝迫させるような魅力——というより「空洞」があり、この欠落はエジプトとユダヤの双方が記録を抹消している側面も相まって更にロマンを掻き立てる。謎が謎を呼び、事実には触れ得ずにめくるめく「想起の空間」が立ち現れていく稀有な読書体験。
05-01 16:39

アクエンアテンの父アメノフィス3世が、癩者や異邦人を「東の荒野で強制労働させた」(マネトー)という王「アメノフィス」を指すとすれば、このコロニーにいたオサルシフが王の息子のAton崇拝を「漏洩」した可能性は十分にあるだろうし、時期的にも重なる。
05-01 16:24

一神教の起源を知る上で未解明な点が多いヒクソス(イスラエルの先祖)の歴史が鍵になる。ヨセフスによると紀元前17世紀に彼らがエジプトに侵攻して第15、16王朝を形成した時の神はバアル。バアルはセト神と同一視される。プルタルコスによればセトが生んだ二人の息子がイェルサレムとユダ。
05-01 16:16

アスマンの見解を整理すると、アメンホテプ4世のAton崇拝(最古の一神教)が「モーセ」と呼ばれることになるエジプト人によってユダヤ人に流用された際、「火山の神」に過ぎなかったヤハウェがこれと一体化したのではないか。そしてユダヤ人はエジプトの記憶を抑圧する。
05-01 15:59

モーセ=エジプト論争で言及されるOsarsiphが、もし後世に「モーセ」という人物に集約される歴史的事件の幾つかを提供していたとすれば、エクソドスに対する私の従来の考え方、イメージはコペルニクス的に転回することになる。そして一神教の起源に関係するアクエンアテンの底知れない魅力。
05-01 15:36

アスマンが概念化する「集合的記憶の中でのencryption」、ヴァールブルクのpathosformel、フロイトの「抑圧されたものの回帰」、デリダ『死を与える』でのパトチュカ論——諸々が繋がってきた。
05-01 15:30

ヤン・アスマン『エジプト人モーセ』2、6章読了。この一ヶ月で出会った本の中では最高の知的刺激に満ちている。本書を深く読む上でフロイトのUrverdrängung(原抑圧)とErsatzbildung(代替物形成)、あるいは対象aの概念を抑えておくことは必要不可欠だろう。
05-01 15:22

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