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05/05のツイートまとめ

afterfinitude01

@contractio 私も『信と知』を推しておきます。脱構築の研究会のHPで充実した紹介があったと思うので、そちらも検索して下されば。また、Twitter上に、非常に優れたデリダ研究者である宮﨑裕助、西山雄二、ほか各先生方もいら… https://t.co/Un1z1zpQhJ
05-05 22:16

@contractio (一応、参考として)宗教論的な「免疫」の概念は『信と知』、政治的な文脈では『友愛のポリティクス』、『ならず者たち』、『動物を追う〜』などでもそれに類似する議論があったと思います。彼の著作が多岐に渡り、かつ部… https://t.co/pvtzQc1gjg
05-05 21:58

@contractio アブラハムの責任を論じた『死を与える』は代表的な宗教論ですが、私は無宗派的な「倫理論」として捉えています。『信と知』、『名を救う』、『最後のユダヤ人』、『生きることを学ぶ、終りに』、『火ここになき灰』、『コ… https://t.co/kVc5LU2TgU
05-05 21:17

@contractio 詳しいご指摘に感謝します。もう少し慎重に書くべきでしたね。最近は、宗教間対話、ないし啓典宗教の根源の問題にせよ、少なくともルーマンとデリダ、あるいはナンシーの宗教論を把握しておくことが必要であると感じ始めて… https://t.co/CvRJ9CdWEH
05-05 21:04

RT @contractio: アスマン(夫)はルーマン・ブックフェアのときは、迷いに迷ったあげく掲載しなかったものの一つでありました。https://t.co/JGVJ3DIwJxhttps://t.co/vM0zELXx6J
05-05 20:47

@contractio 先日ご紹介いただいた『社会の宗教』、ようやく読み始めました。7章「宗教の進化」でアスマンの議論を「歴史の神学化」の文脈で言及している箇所もあったりして興味深いです。『宗教社会学』と合わせて読んでいるところで… https://t.co/0plWuvtTlr
05-05 20:40

RT @contractio: 『社会の宗教』でどうだったか覚えてませんが、ルーマンもアスマンはよく参照しますね。『社会の理論』シリーズでも 多くの著作で参照されているのではないかと。
05-05 20:33

ちなみにreligioの語源的意味「再び結び付ける」をルーマンはドグマにおける包摂/排除の文脈で言及しており、ここで宗教システムの「免疫性」にも触れる。これはルーマン自身が後期デリダの宗教論を読んでいた、あるいはそれと並走、協働し、再活性化させる企図があった証拠でもある。
05-05 19:34

ルーマンのいう「世界宗教」(Weltreligionen)の概念の具体的実践は、例えばヨハネパウロ二世の人種、民族、地域的制限を越えた活動にも見出すことは可能だ。
05-05 19:27

道徳的コードと宗教的コードの差異化に言及する点は『信と知』も同様で、ルーマンはここにメイヤスーが「亡霊のジレンマ」で陥った神義論的アポリアの解決策を見出している。複雑多様化した道徳をすべて宗教に集約させ、代替できると考えてしまうことが、「紛争的構造」の悪因にもなる。
05-05 19:25



アスマンの議論をルーマンの宗教システムにおける「機能的分化」(funktionale Differenzierung)や「進化」(Evolution)の文脈で再構成するのも面白いかもしれない。ある宗教を別の言語に翻訳するということ。それに伴う「誤訳」の地平にモーセ論争もある。
05-05 19:21

ルーマン『社会の宗教』4、7、9章読了。「偶発性定式」(Kontingenzformeln)としての神の概念はメイヤスーの「事実論性」と接続するし、宗教システムの機能的分化のメカニズムではデリダのparergonや痕跡を、自己記述の概念ではド・マンも積極的に緩用している。
05-05 19:00

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