† キリスト教神学 †

中世の修道女マクデブルクのメヒティルトの代表作『神性の流れる光』について

Tamie Beldue

Tamie Beldue

キリストの花嫁

中世の修道女マクデブルクのメヒティルト(Mechthild von Magdeburg)が本書『神性の流れる光(Das flieBende Licht der Gottheit)』で展開しているのは、「愛」論だ。
私は本作を読んで、改めてカトリックという女性的な信仰の魅力を強く印象付けられた。
だが、それはこれまで読んできた中でも、ほとんど随一といっていいほどこの上なく美しい木漏れ日に溢れた愛論である。
メヒティルトという女性は、「愛」は神との「法悦」を伴う「合一」であると考えた。
私が非常に衝撃されたのは、メヒティルトの以下のテクストである。

聖母さま、さらに私たちに乳をお授けくださらねばなりません。
貴女の御胸は、貴女が枯れ果てることなど、とてもありえぬほど、なお乳に溢れておいでですもの。



メヒティルトは、聖母マリアさまの本質を、このように「乳」という概念で表記している。
「乳」は女性性の象徴であり、聖母マリアさまの幼子イエズスへの「授乳」のコードへと繋がっている。
メヒティルトは、どうやら聖母マリアさまの「御胸から豊かな乳が流れている」幻視体験を持ったようだ。
彼女は恵みとしての「聖なる御乳」「聖なる御胸」という概念で信徒たちに光を与えようとしている。
メヒティルトが残した中核的な思想は、「gebruchunge(愛の悦び)」である。
これは母性愛的な彼女の考えが結晶化したものだ。
メヒティルトは、ひたすらイエズスとの愛に燃えている。
それはどこかバルトのいう「恋愛のディスクール」を感じさせるものだ。
だが、これを読んでいると、私は非常に心がやさしくなれるのだ。
信仰を通して、時代の異なる一人の女性とこうして意思疎通できるということは、この上なく素晴らしいことである。メヒティルトにとって、イエズスさまは「恋人」であり、「最愛の御方」であると同時に、「乳を与えるべき幼子」でもある。
神の子キリストに、自分の乳房で乳を与えられることは、一体どれほどの幸せだろう。
メヒティルトはきっと、イエズスを息子として、そして愛人として、救世主として想像し、愛し焦がれていた。
その輝かしい信仰の情熱が、極めて強く伝わってくるのである。
「キリストの花嫁」という美しい概念――それは、現代世界のあらゆる孤独を覆い尽くす光である。

私があなたを久しく愛するのは、私の永遠性のゆえである。
私には始まりも終わりもないのだから。




「収録文献」

中世思想原典集成〈15〉女性の神秘家中世思想原典集成〈15〉女性の神秘家
(2002/04)
上智大学中世思想研究所

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