† 小説草稿 †

ピカレスク






「仲間に入れてもらえませんか?」
 斎藤は血を流しながら俺にそう言った。俺はしゃがみ込んで目線を合わせた。
「その前に用意するものがあるだろ?」
 俺はこの少年については今日の夜まで何も知らなかった。ただ、峰岸という男が俺に七十万の借金があり、そいつが拳銃自殺したのが二日前で、その遺書に金は斎藤が全額支払うと明記されていた。出会う前まで、まさか高校生くらいの男だとは思わなかった。
「金は……体で払います」
 俺は相棒の五十嵐と顔を見合わせて笑った。五十嵐が吸っていた煙草を斎藤の頭に投げ捨てた。
「お前に何ができる?」
「何でもしますよ……」
 その言葉に五十嵐が苛立ちを露わにした。
「じゃあお前、明日銀行でも襲って金作れるか? 別にお前の内臓を担保にしてくれてもいいんだぞ?」
 五十嵐がそう言うと、斎藤は下を向いて黙り込んだ。
「お前、家族は?」
「いません。いたらこんなふうになってませんよ」
「そうだな。で、何ができるんだ?」
 俺はもう一度、今度は真顔で斎藤に言った。
「知り合いに山城って奴がいます……。前に働いていたクラブの経営者です。そいつが隠してるヤクの居場所を知ってます」
「金庫とかに入れてんじゃねーのか?」
 五十嵐が冗談めいた笑いを浮かべながら尋ねた。
「どれくらいになる?」
「たぶん百五十万にはなるかと」
「嘘つくなよお前」
 俺は表情を変えずに斎藤の瞳だけを見つめながら言った。
「嘘じゃないです。嘘ついてたら死にます」
「死なれたら困るんだよ馬鹿野郎。死ぬんだったらさっさと内臓売って金作ってから死ねや」
 五十嵐がまた毒づいたので、俺は右手で牽制した。
「おいおい、そんな怖がらすなよ。こいつまだ十七くらいだぞ」
「このまま帰していいのか?」
 五十嵐が俺を見ながらそう言った。俺は斎藤の瞳の奥を見つめていた。一瞬だけ、昔死んだ弟の顔が脳裡を翳めた。高校の頃、バイク事故だった。
「盗んで来い。それで許してやるよ」
「渡したら舎弟でも何でも使ってもらえませんか?」
 斎藤は嫌に執拗にそう言ってきた。
「理由は何だ?」
「森さんに惚れてます」
「はぁ?」
 斎藤の返答に五十嵐が露骨に不愉快な顔をした。
「お前、誰か知ってるのか?」
 五十嵐が俺を指差しながら挑発的な眼差しで斎藤を見つめている。
「俺の憧れの人です。学校辞めてから、少しずつ、少しずつ近付いてきました。森さんほど兇悪な人はいませんから」
 斎藤が真剣な顔でそう言った。俺はしばらく沈黙していた。
「お前……前にどこかで会ったか? 普段は何してる?」
「週三でホストやってました。二ヶ月前にクビになったけど」
「その前に会ってないか? 俺に憧れる奴なんて、そうざらにはいないぞ」
「ここら辺りだと、森さんたちの組は悪名高くて有名ですよ。中一くらいの頃に暴走族に囲まれて、あなたの従兄弟だって笑いながら言ったら全員真っ青になって引き返しましたから」
 五十嵐が俺の顔を見つめた。俺はしばらく沈黙していた。妙に馴れ馴れしい奴は信用できない。だが、斎藤の瞳には何か獣じみた強靭な意志が感じられた。あの瞳の輝きは五十嵐や他のメンバーたちにもない特異なものだった。
「働き次第だな。お前が仕事を終えたら考えてやってもいい」
 俺がそう言うと、斎藤の顔に無垢な笑みが溢れた。
「いいのか? こんな胡散臭いガキを」
「仕事で判断しよう。うまくいけば金が倍で返ってくるんだ」
 五十嵐は渋々頷いた。

 二日後、斎藤は約束通りヤクを持参した。俺は早速、使いを送ってヤクを捌いて元金の倍以上の利益を得た。世の中、所詮は金が物を言う。一昔前は忠義や義理人情が重視されたが、俺たちの世代にそんな考え方はない。人情とは金で買うものだ。それを肌身で感じれば感じるほど、この世界では生き易くなる。俺の出世が早かったのも、金しか信頼しなかったからだ。仕事はどれくらい利益を出せるかで判断する。そして、斎藤はこの最初の条件をクリアした。異例の若さだったが、俺は斎藤の仲間入りを認めることにした。
 斎藤は昔の俺に似て残忍だった。都合上、暴力での脅しが最も効果的な状況下での彼の身振りはひとつの芸術ですらあった。爪を剥いだり、バーナーで足首を丸焦げにしたりする時も眉一つ変えなかった。相手を恐怖で怯ませる場合、たいていの人間は顔付きが変化する。激痛で歪んだ顔を見るとサディスティックな笑みを浮かべたりするわけだが、その引き攣った笑顔が逆に素人ぶりを露呈させるのだ。プロには表情がない。街路を歩く無表情な通行人の顔で人を殺すことができる。そういう種族には独特なにおいがあるのだが、俺は斎藤からそれを濃密に嗅ぎ取った。正確に言えば、斎藤以上にそのにおいを放っている者は他にいなかった。年齢や出自とは無関係に、このにおいだけは個人の資質であるとしか言えない。斎藤は一匹の獰猛な獣だった――あたかも神の掟のように俺の命令に忠実に従う飼い馴らされた猛獣。










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