† 小説草稿 †

夜のレストランにて






 その日、僕は十数年ぶりに中学時代の友達である島原と再会した。お互いにあの当時は考古学者になってエジプトを冒険するなどと語り合ったものだが、今から考えればそれは『インディー・ジョーンズ』に影響を受けた笑い話だった。二人とも、今は平凡な会社員である。路線が違うとはいえ、朝から満員電車に乗って世界一駅内が過密する新宿という魔の巣窟を経由する点でも、僕らは共通していた。島原とはその夜、銀座のレストランで食事をしていた。話題は近況報告から次第に学生時代の想い出に移っていった。
「なあ斎藤、お前最近楽しんでるか?」
 島原はワインを飲みながら笑顔でそう尋ねた。
「いや、そうでもないよ」
 僕はそう微笑みながら返した。
「思うんだが、あの頃とはもう楽しみ方が根本的に違うよな。先日、連れとディズニーランドに行ってみたんだが、昔みたいにあの世界に没入できなくなっていたよ。どこかで距離を置いてしまうんだ。特に、小さいガキンチョたちが満面の笑顔で楽しそうにはしゃぎ回っているのを見てると、ちょっと寂しい気持ちになるんだ。ああ、俺はもうあいつらの親の世代になりつつあるんだなって……」
 島原は刑事ドラマに出てくる人情派の俳優めいた妙に渋い表情でそう言った。
「島原、最近怖い夢とか見たりするか? 怖いって感情を持ったことでもいいが」
 僕は不意にそう質問してみたくなった。島原は意外な面持ちで首を傾げた。
「いや、夢もめっきりみなくなったよ。そういや、怖いって感覚も日常であまり感じなくなったな。ホラー映画を観ていてビックリすることはあるんだが、それは恐怖ってわけじゃない。普通に椅子に座ってるだけだしな」
「実は俺も同じなんだ。三十代になって、急に世界に対する新鮮味のようなものが抜けた気がする」
 僕がそう共感すると、島原はうんうんと頷きながら身を乗り出した。
「だよなぁ……。もちろん、心配事とか苛立ちとか多少の嫉妬とか、そういう基本的な喜怒哀楽はあるんだよ。でも、それも少年時代に較べたらミクロなもんだ。それだけ生き易くなったってことか? でも、同じだけ無味乾燥になったってことでもあるよな。どっちが良いんだろな……」
「大人の方が楽しいに決まってるさ。考えてみろよ、もう一度あの窮屈な学校生活を繰り返すんだぜ?」
 僕が笑いながらそう言うと、島原は顔を大袈裟に顰めてみせた。こういう愛嬌のあるところは昔と同じだった。僕は更に続けた。
「あの頃が新鮮だったのは何も知らなかったからだよ。経験がないから全てが新しかっただけさ。俺がお前にさっき怖い夢を見るかって尋ねたのも、そういうことだよ。感覚が鋭いから、怖さも物凄いわけだ。カーテンのほんの些細な影が怪物に見えたりする。知らないことが多過ぎるから、そのぶん恐怖がそこかしこにあるわけだ。よく怪我もするし、失敗して泣いたりもする」
 島原は腕組みしながら頷いた。
「まあ、そうだよな。こと恐怖に限って言えば、確かに耐性ができたよ。ホラーでも、百本観たらもう耐性ができてしまうもんな。仮に幽霊みたいなものを見たとしても、何かと理由を付けて解釈するだろうし」
「恐怖は封じ込められていく……」
 僕は斎藤の向こうのテーブルで今にも泣き出しそうな少年をぼんやり見ながらそう囁いた。そして、「それでいいんだ」と付け加えた。
「例えば、今ここで俺の顔が急に変形したら怖いと思うか?」
 僕は今度はそう質問してみた。
「いや、それはないだろ。それって、『寄生獣』みたいにってことか?」
「何でもいいんだ。急に顔が鳥類っぽくなったり、眼が巨大化し始めたりしたら……」
「眼が巨大化したらさすがにびっくりするだろ」
「だよな。でも、内心でお前は顔の変形を見て面白がるんじゃないか? たぶん、あの頃から変わってないものが一つあるとしたら、それは怖さを楽しむ心だよ。恐怖って、実は楽しいものなんじゃないか?」
 











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