† オペラ †

ヴィヴァルディの幻のパスティッチョ・オペラ《メッセニアの神託》について





 神奈川県立音楽堂の開館60周年記念特別企画として開催された、ファビオ・ビオンディによるウィーン版《メッセニアの神託》(1724年、アントニオ・ヴィヴァルディ)を鑑賞したので、その記録を残しておこう。

【ヴィヴァルディの幻のパスティッチョ・オペラ《メッセニアの神託》について】

 まず、pasticcio(パスティッチョ)とは、色々な作曲家の名曲を寄せ集めて再構成したものであり、ヴィヴァルディでいえば《バヤゼット》もこの形式に当たる。基本的には、ジャコメッリの《メローペ》が使用されているが、《バヤゼット》からの選曲、あるいはバロック・オペラのスーパースターだったカストラートのファリネッリの兄カルロ・ブロスキの曲が使用されているという見解もある。ちなみに、ファリネッリはエピーディテ役だったので、ファビオ・ビオンディはこの役柄に超絶技巧の歌唱力を有するヴィヴィカ・ジュノーをキャスティングしている。ただし、映画『カストラート』では、ファリネッリが歌っているアリア「私は船のように」は、トラシメーデ役が担当しているので、こちらもカストラート(カッファリエッリという人気カストラートの名前も挙げられる)が起用されていた可能性があるだろう。
 このパスティッチョ・オペラはヴィヴァルディの最後のオペラである。ヴィヴァルディは理髪師をしている父親の息子として生まれた。この父親がサン・マルコ大聖堂のオーケストラでヴァイオリン奏者もしていたので、彼は音楽の才に目覚めることになった。庶民階級の人間がのし上がるための常套的手段として、ヴィヴァルディも聖職を志し、カトリック教会の司祭となる。しかし、彼の魂には「神への志向性」だけでなく、「芸術への志向性」も同居していた。こうしたことから、ヴィヴァルディはピエタ女子養育院でオーケストラの指揮や作曲を活発に展開した。やがてヨーロッパでもその音楽的な実力が知られるようになり、劇場経営にも携わる。しかし、晩年になるとオーストリア継承戦争が勃発し、人々はオペラを聴いているどころではなくなっていく。劇場は経営不振となり、ヴィヴァルディは貧困と病の中でこの世を去った。
 ヴィヴァルディがこのような悲運を辿る直前に構想していたのが、愛していた年下の作曲家であるジャコメッリの《メローペ》をベースにしたパスティッチョ・オペラであった。台本は既にアポストロ・ゼーノによるものが仕上がっていたので、ヴィヴァルディはいわば自作も含めて混ぜこぜの選曲をしたのだった。ヴィヴァルディはウィーンでの上演を目標にしていたが、先述したような経緯の末に他界してしまう。《メッセニアの神託》の成立背景を公式パンフレットなどから素描すると、このようなものになるだろう。その後、バッハが再評価される時代に入って、彼が先達であるヴィヴァルディに多くの影響を受けていたことが発見され、ヴィヴァルディにも注目が集まる。そして古楽が再評価され始めた現代になって、ファビオ・ビオンディが1742年のウィーン版から《メッセニアの神託》を「復元」した。そして今回、神奈川県立音楽堂で世界で初めてこれが上演された。
  
【オペラという「美的体験(aesthetic experience)」】

 私は現段階で、以下のオペラを鑑賞してきた。

・モーツァルト《魔笛》(新国立劇場)
・ヴェルディ《アイーダ》(大阪フェスティバルホール)
・プッチーニ《トスカ》(東京文化会館)
・ヴェルディ《仮面舞踏会》(東京文化会館)
・ワーグナー《さまよえるオランダ人》(新国立劇場)

 この数はけして多いものではなく、オペラの審美眼を修練するためにはより多くの重要なオペラを鑑賞していく必要が今後もある。とはいえ、僭越ながら告白すれば、ヴィヴァルディの《メッセニアの神託》は、私が初めて鑑賞した《魔笛》に匹敵する、否、それ以上の、正真正銘の「至高の美的体験」の醍醐味を教えてくれたのだった。まず、ヴィヴァルディがバロック・オペラに属し、私がこれまで観てきたオペラ作曲家たちが、モーツァルトを含めて「モデルニテ」(近代)以後に属しているという時代的な分割線が挙げられる。モーツァルトのオペラをフランス革命以前の、「近代的市民感情」の萌芽とみなす研究者も多く、私にとってモーツァルトはひとつの「基準点」だった。ヴィヴァルディはこれよりも更に古い。しかし、《メッセニアの神託》には、どこかモーツァルトの《後宮からの誘拐》のコンスタンツェのアリアや、《魔笛》の夜の女王のアリアに類似した、極めて軽やかで優雅なアリアが存在したのだ。ヴィヴァルディがモーツァルトにも重要な影響を与えた点は、ビオンディもインタビューで明確に言及している。そして、私はモーツァルトの音楽に、これまで審美的体験の「極致」を感じてきたので、今回、ヴィヴァルディとモーツァルトが繋がったことは重要な出来事だった。
 また、これも後に詳述したい点であるが、私は今回、音楽監督ファビオ・ビオンディ、演出彌勒忠史によるこのオペラの上演中に、ホール内に何か研ぎ澄まされた「緊張感」があることに気付いた。より正確に言うと、これはホール内の観客と演奏者、歌手の全員が、ひとつの「世界」の形成のために一体となり、いわば集合的な「意志」がひとつに凝縮されて、身動きすらとれないほど眼が離せないといった感覚である。このような経験は、実は《魔笛》鑑賞時にも断続的に生起したのだが、《メッセニアの神託》の場合は、より「高みの次元」での「意志の集合」が起きていたように感じる。私はこの時の音楽体験を、どのように表現す べきなのだろうか。
 ここで参照すべきなのは、ハンス・ゲオルク・ガダマーが『真理と方法』第一巻で定義した、美的体験(aesthetic experience)の概念である。ガダマーは、単なる知識獲得のために絵画や小説に触れる「教養体験」とは区別して、「美的体験」を以下のように規定している。「体験者を芸術作品の力によって、一瞬のうちに生の連関の外へ引きずり出すと同時に、彼の生活全体との関わりを改めて創り出す。芸術の体験は溢れるばかりの意味に満たされており、それは特定の内容や対象に付帯する意味であるだけではなく、むしろ生の意味総体を代表するものである。美的体験は常に、無限の全体についての経験を含んでいる」(ガダマー『真理と方法』Ⅰ、99~100p)。ここの説明で重要なのは、彼が「美的体験」を、体験者の存在を「変革」させるものとして把捉している点である。換言すれば、「教養体験」では、主体の変化までは生起しないが、強烈な力を持った芸術に触れた時に伴う「美的体験」を経ると、主体それ自体に根本的な変革が生起するというのだ。
 例えば、今回のオペラの音楽監督であるファビオ・ビオンディは、インタビューで以下のような興味深いエピソードを告げている。彼は二十歳の時、アーノンクールが指揮したバッハの《マタイ受難曲》を鑑賞して、バロック音楽に覚醒したという。そして、彼自身はイタリア人であるので、「イタリア・バロック」というコンセプトを考えるようになっていったのだという。ビオンディはやがて「エウロパ・ガランテ」を結成して、世界中でバロック音楽を演奏するようになることを考えると、この若き日の鑑賞は、まさにガダマーが述べる「美的体験」であったことが判るだろう。《マタイ受難曲》は、いわば一人の青年の音楽的人生において、その決定的な進路を指し示したのである。その美的な力の強度の問題はともあれ、我々は生きていく上で、芸術に何らかの主体変化を伴う影響を受けてきたはずである。それが強い体験ほど、「美的体験」としての内実は豊かになってくる。このように、オペラを含む芸術の鑑賞体験においては、時に強烈な酩酊や深刻な精神的衝撃を与えるほどの美的体験が生起し得るのである。
 だが、ここでは私自身が《メッセニアの神託》で体験した感覚を更に解明するために、もっと詩的な表現を採用してみることにしよう。ひとまず、私はこの特異な、オペラ鑑賞時において瞬間的に生起する「空間」自体が圧縮、収縮していくような強烈な吸引力の磁場を、「auraの磁場」と表現しておきたい。あるいは、通常の物理空間の内部に、何か感覚的にのみ把捉可能な、「聖なる美的空間」が現出した、とも言えるのかもしれない。
 それとも、何か霊的なものが飛び交っていたのだろうか。メロディーの波に乗るようにして、何かが、あの雨の日の音楽堂に降臨したのだろうか……。音楽の神が? あの、マルシュアスの皮を罰として剥ぎ取り、「彼の歩く姿は、あたかも夜のようであった」と伝わる、あの至高の音楽の支配者が……?
 

初めてバロック・オペラに触れた点。そして、決定的に他のオペラよりもクラシック的で高貴な印象を持った点。
モーツァルトやヴェルディにも共通する「ブッファ」的なもの、喜劇的要素がなく、あくまで「セリア」の悲劇的原理によって進行する。劇場の緊張感が肌身で感じられるほど、研ぎ澄まされている。アウラが飛び交っている感覚。

【「天使=ひばり」への生成変化――ユリア・レージネヴァの持つ神の声】

 ファビオ・ビオンディによる《メッセニアの神託》には、特筆に値する極めて存在感のある歌手が何人も登場した。ひとつのオペラに、主役級の歌手が少なくとも三人以上混じっているというのは、まことに驚くべきことである。一人目は、メロペ役のマリアンヌ・キーランドで、彼女の身振り、その女王としての威厳と、悩ましく悲劇的な面持ちは、私に《魔笛》の「夜の女王」(特に、ディアナ・ダムラウ)を想起させた。「メロペ」と「夜の女王」の類似性については、台本についての考察の章で言及することにして、二人目に移ろう。二人目は、《メッセニアの神託》の主人公エピーティデを演じたヴィヴィカ・ジュノーである。公式サイトを閲覧すると、ビオンディはインタビュー記録の中で、ジュノーを特に押し出しているかのように見える。実際、先述したようにファリネッリもエピーディテ役だったといわれており、彼女の声に、「カストラートの天使的な声」を聴くことも可能だろう。だが、私が最も引き寄せられたのは、やはり第二幕第七場の「私は船のように(Son qual nave)」を歌ったトラシメーデ役の、ユリア・レージネヴァをおいて他にいない。いったい、彼女のアリアのどのような点が、私の魂の琴線に触れたのだろうか。言語では表現し辛い、この審美的体験を、あえて文字にし、あの時の感動の内実を、できる限り精緻に解剖してみることにしよう。
 まず、ここで最初に、アリアについての先行研究として、フェリシア・ミラー・フランクの『機械仕掛けの歌姫』を参照することにする。彼女はこの本の中で、カストラートの天使的な声が当時、trans-sensical(超感覚的)、天使、子供、あるいは鳥の中でも端的に、「空高く舞うひばりのように軽々と自然に何度も舞い上がり」などと表現され、絶讃されていた事実を紹介している。ここで注目したいのは、メタファーとして言及されている鳥「ひばり」である。《メッセニアの神託》の第二幕で、突如として舞台上に一人残され、薄い神秘的な紫色のライトを浴びながら歌い始めたレージネヴァの声は、まさに「ひばり」のようだった。そして私は彼女のアリアを聴いている間、確かにそれまで事あるごとにオペラグラスで舞台を拡大していた行為を、否応なく制止させられたのだった。実は、私の他にもオペラグラスを使っている観客は何人も存在したのだが、さっと周りや斜め前の座席を眼の端で捉えただけでも、ほとんど誰もがオペラグラスを使うのを止めて、ただ歌声に聴き惚れていたように感じられる。それほど、観客席は彼女の声に引き込まれていたのだ。
 ビオンディが、ジュノーやレージネヴァの声について言及する際に、「超絶技巧」という表現を用いているのだが、レージネヴァにおいては、何度も何度も繰り返し同じアリアを聴いていないと、彼女がテクニックを用いているということに意識が回らないほど、いわば「技術」が「自然」と融和しているように感じるのだ。技術の跡、努力した跡を「消す」ほどに「自然体」である状態は、まさに天才の成せる業である。実際、彼女のアリアはYouTubeにもアップされており、それらは生演奏とは比較できないほど音質が劣化したもので占められている(御存知のように、YouTubeに投稿する際にはmp3などに変換するので、自動的に音質が確実に劣化することが知られている)のだが、それにも関わらず、“Her voice is a gift from God.”などという絶讃を見かけるのである。そして、この「神からの贈り物」という聴く者の印象は正確である。私自身、彼女の声を、彼女がいる同じ空間で生で耳にして、同一の印象を持ったのだから。そう、その時、私はなぜ、あらゆる諸芸術の中で、最も「オペラ」に最高の美と崇高を感じるのかに気付いたのだ。
 おそらく多くのオペラは、確かに人間が制作したものである。だが、私の霊感に基づく確信によれば、ごく稀に、「人間ではないもの」が人工的なオペラに、ある介添えをすることがあり得るのである。この「人間ではないもの」は、先述したフェリシア・ミラー・フランクの、「天使」や「ひばり」を意味している。こう言ってよければ、ユリア・レージネヴァは、第二幕第七場の「私は船のように」のアリアにおいて、「天使=ひばり」的なるものへと生成変化しているのだ。彼女の身体ではなく、その身体から発せられる「音」が、である。前掲書によれば、元々、カストラートが成立したのは、教会のような聖なる空間では「女性が歌う」ことが禁止されており、代わりに中性的な声を去勢歌手たちが担当していたという。カストラートは、本質的には「天国の音楽」に属するのである。そう、マリアに受胎告知するために舞い降りた大天使ガブリエルに、もしも「声帯」があるとすれば、それはユリア・レージネヴァのあの瞬間の声になるだろう。


【「美的体験」から「聖なる体験」へ】


 先述して、我々はガダマーによる「美的体験」の定義に言及し、オペラではこのような体験がしばしば生起することを挙げた。だが、単なる美学的解釈に留まらない、もっと人間の生き方の根本に関わるような宗教的な力が、実はオペラにも潜在しているのではないだろうか。オペラをあたかも「聖なる体験」のように表現することはけして珍しいことではない。代表的な例として、E・T・A・ホフマンは『カロ風幻想作品集』の中で、モーツァルトの『ドン・ジョヴァンニ』の、ドンナ・アンナの声を耳にした時の美的体験について、以下のように表現している。

「まるで私のこの世ならぬ夢が、いつか叶えられるという昔からの約束が、本当に現実のものになったかのようであった。まるで、恍惚とした魂の抱く最も深遠なる思想が、音楽の内にがっしりと固定され、神秘的な音の連なりを通じて最高の知を開始したかのようであった」(p150)

「御身の魅惑的な幻の環の中に、我を迎え入れたまえ。御身が恐ろしくも友好的な使者として、地に繋がれた生き物のもとへ遣わした夢。眠りが体を鉛の絆に縛り付ける時、その夢が我が魂を霊妙なる沃野へと連れ去らんことを」(同)。

 ここで重要なのは、近代以降、価値観が脱中心化されたキリスト教における「聖なるもの」が、オペラ鑑賞時の美的体験において代理されているという点である。換言すれば、「聖なるもの」を感じにくくなった現在、芸術がその補完的な存在として機能しているということである。これをもう少し祭儀的に考えてみると、例えば日本の地方にはそれぞれの地域的な「祭り」が定期的に開かれている。「祭り」において、我々は魂を更新させ、新たな生命力を与えられる。それは単なる地元の保守的なイベントではなく、もっと宗教的で精神的な内実が込められているのだ。それと同じで、オペラ鑑賞には、「祭り」への参加に似た、祭儀的側面があるのではないだろうか。慣習化した生活の均質性から解放されるための舞台として、我々はいわば、オペラの舞台に「自己の霊的分身」を無意識に配置しているのである。これによって、我々は舞台の人物に自己同一化し、同時的に神話的世界を体験することができる。そして、オペラがギリシア悲劇に本質的な原理を持っているように、そこでは往々にして「カタルシス」が生起するのである。


【ダ・カーポ・アリア、あるいは「差異」と「反復」】


 ビオンディがバロック・オペラに顕著な特徴であり、非常に魅力的な本質的構造であると述べているのが、da capo aria(ダ・カーポ・アリア)という形式である。これは17世紀から18世紀のバロック・オペラにのみ見られるもので、《メッセニアの神託》でも繰り返し採用されている基本的構造である。その本質は、〈AーBーA'〉として表記される。いわば、同一のメロディーを持つアリアが、微分的に差異化された形式を伴って繰り返されるのである。これをドゥルーズが『差異と反復』で展開した「反復」の音楽的展開として捉えることも可能だろう。この構造は、実はあらゆるオペラ体験にも拡大できるものである。例えば、ある映画を観た後、時間を置いてまた観たくなったとしよう。どれだけ視聴回数を重ねても、映画の映像それ自体は変化せず、同一性を保ち続けている。この場合、回数nに関わりなく、〈AーBーA〉の構造が維持される。しかし、オペラやバレエの場合、「公演」ごとにキャスティングが変わる。また、同じアリア一つ取っても、ダ・カーポ・アリアのように、歌手のその場の「即興性」によって「微分的な差異」が生起する。これが、「映画」と「オペラ」の本質的な差異である。バロック時代の当時の観衆も、この「変化」を楽しんでいたのだ。そして、今回の《メッセニアの神託》で披露された幾つかの重要なアリアは、基本的に「ダ・カーポ・アリア」の形式であり、そこには常にアリアの「変身」が伴われている。
 ここで、我々は「映画」は常に同一であり、「オペラ」はその度ごとに差異化するという点を強調した。だが、果たして本当にそうなのだろうか。実は、これは記号論的に考えると、以下のような図式が浮かび上がるのである。同じ映画では、常に「対象」が同一であるが、観ている我々の「解釈項」は、実はその度ごとに差異化している。これゆえ、たとえ何度同じ映画を観たとしても、「解釈項」の図式は、ダ・カーポ・アリアと同じく〈AーBーA'〉になるのである。これはパースの記号論における三項関係の図式を採用した解釈であり、言語学では広く知られている。同様に、たとえ同じような一日であったとしても、我々の毎日への「解釈項」は、その度ごとに差異化する。このような「差異」が、とりわけバロック・オペラでは重要な概念になっているということである。そして、私がダ・カーポ・アリアに、他のアリアの形式にはない大きな魅力を感じたのも、「差異」を生み出す歌手の力に、いわばその場所に共にいるという「一回性のaura」を強く感じ取ったからかもしれない。おそらく歌手は、その劇場の雰囲気や、観衆の様子などから、こうした一回性の即興を瞬間的に作り出しているのである。


「カストラート」と「聖なる声」、「ひばりへの生成変化」、両性具有者の声が持つエクスタシス


【「音楽」が「台本」の遥か上空を滑空する時――「ベル・カント」の力】


 オペラの基本的な構造を台本、すなわち「言語」と「音楽」に分割した場合、この二つの関係性を探ることが重要であることは、既にフランツ・リストがその《さまよえるオランダ人》公演についての評論で、ルソーを引用しつつ指摘していた点である。例えば、《魔笛》の夜の女王のアリアでは、台本は恐ろしい復讐に燃え上がる激しいものであったとしても、モーツァルトの与えた音楽は実に軽やかで優雅である。これは《後宮からの誘拐》のコンスタンツェのアリアにも妥当する点なのだが、オペラ史では既に「ナポリ楽派」の方法論として知られたものになっている。ヴィヴァルディはヴェネツィア楽派に属しているが、スカルラッティやポルポラが含まれるナポリ楽派は、特にスペクタルでエンターテイメント性を重視したオペラを志向した。このため、ナポリ楽派は「台本」よりも「音楽」を優先させるという信条を共有している。言い換えれば、たとえ役柄の台詞が悲愴で陰鬱な表現で満ちていたとしても、そこに与える音楽は台詞とはほぼ無関係に、美しさや華やかさが追求されたというわけである。こうした方法が、「美しい、歌」を意味する「ベル・カント(bel canto)」に他ならない。
 私にとって最初のオペラ体験は《魔笛》だったが、特に夜の女王のアリアを聴いている時に感じた謎も、実は「ベル・カント」という概念によって解き明かすことが可能だろう。「台本」と「音楽」の構造的な不一致、分裂、齟齬という問題は、より具体化すれば、「音楽」それ自体の美しさを追求することで「言語」による束縛から解放されるという事実に存していたのだ。これはトラシメーデのアリア「私は船のように」でも採用されている。そして、私はこのような、「台本」の拘束力を見事に突き破った、「音楽」の優位性を示すアリアに、オペラの美の至高性を見出すのである。





「古楽にはヨーロッパ文化の源流があるはず」――ビオンディのエウロパ・ガランテは、カトリックの私にとっても魅力的なラインナップ。つまり、「ヨーロッパ文化の本質」に触れることと、「キリスト教的な音楽」を味わうこと、この二つが彼らには揃っている。ヴィヴァルディの存在も、「神への志向性」と、「芸術への志向性」が同居している。

「台本について」

 メッセニアの神託は文学的か?
 「二匹の猪」は、あくまで神託(シンボル)で、実はポリフォンテとその側近の女を意味している点。
 メロペは、私が観た限り、明らかにモーツァルトの《魔笛》の「夜の女王」の原型的存在。ファリックマザー、ヒステリックで苦悩に満ちていること、「家族を殺された」という過去を持つこと(メロペでは、息子と先代の王、夜の女王では、太陽の王とザラストロに奪われた娘)
 主人公が別人「クレオン」を演じていること。その「秘密」が最後にメロペにも判明し、いわば主人公が自己同一性を回復すること。つまり、「奪われていた自己」、「分裂していた自己」が、本来的な真の自己へと収斂していく物語。




 












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