FC2ブログ

† Twitter †

12/07のツイートまとめ

afterfinitude01

今回の原稿では、ゴーティエ・ダゴティの有名な《天使の解剖図》における身体の「開封」の問題を、ロココ文化の貝殻への「梱包」(縮約)の裏面として論じている。十八世紀のアナトミーアートとしては最も有名な画家。ちなみにロココ画家フラゴナールの従兄弟のオノレ・フラゴナールも著名な医学者。 https://t.co/859A4JwmPS
12-07 23:49

関東/西で暮らした経験から言えば、実感的に東京は冷酷非情であり、大阪は冷酷非情さに「気前の良さ」という化粧を施す点でいっそう性質が悪い。生粋の大阪人の私が言うから間違いない。
12-07 22:35

RT @0anamnesis1: 大阪人が交渉交渉でくるのなら、その上をいく交渉をしていかねば利にならんと体感したんやで…
12-07 22:25

人が誰かの心配をするのは、その人の未来を案じて心から助言するというよりも、実質的には本人の不安因子を除去したいから、その除去如何によっては将来的に利益が生じるからである場合が実に多い。だからこそ「相談に乗ってやる」派は常に一方通行的で半ば強圧的な態度を取る。
12-07 22:20

小説や詩は社会的に有用であるわけでも必要不可欠であるわけでもないのだから、それのみによって「自信を持つ」のは初めから困難であるばかりか、そこには欺瞞や恥辱が読み取れるということ。書き手がこの事実を隠蔽すればするほどテクストは正直に語る。
12-07 22:07

「今日はよく書けた」小説家の場合、彼は挫折した過去を幻想によって補充することに成功したのであり、社会からの単なる逃避に過ぎない自らの境遇を「崇高な悲劇」として審美化することに成功したのである。小説家は時に読者以上に「盲目」(ド・マン)だ。
12-07 22:00

承認願望の強い人間ほど、本質的に原抑圧の「代替の代替」に過ぎない「小説を執筆する」という行為を際限なく、時に幼児的ナルシシズムの傾向を垣間見せつつ自己正当化する。だが覆い隠せない書くことの無意味さに伴う苦悩と孤独が、正当化の強度の高い言及の節々から露呈される。
12-07 21:45

臨床心理士のような比較的取得が容易な社会的威信の低い資格(私の知人は単なる保険代わりに取っていた)がある一方で、精神分析はより文化、社会、芸術を読み解く上で効果的なツールだと考えられる。最近の主な論壇誌を眺めていてもそう感じることが多くなってきた。
12-07 21:39

コフマンのフロイト論だが、非常に丁寧な読みが展開されていて素晴らしい。随所にデリダへの言及もある。何より、ジュネのジャコメッティ論にある「美の起源には,,,」の下りを掘り下げる視座を与えてくれた点に感謝したい。
12-07 21:25

関連記事
スポンサーサイト
*Edit TB(0) | CO(0)



~ Comment ~















管理者にだけ表示を許可する

~ Trackback ~


Back      Next