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12/11のツイートまとめ

afterfinitude01

メルツァーを敷衍すると、デッソワーの円環的な美的範疇論の全属性もやはり無意識における大文字の他者(母親)を美学的に分解したものとして解釈できるのだろうか。しかし母の乳房も父の腕の温もりも知らずに育った幼児は、メルツァー的な美のトポスから「退却」を余儀なくされるだろう。
12-11 23:19

メルツァーは「乳房」という乳児の顔を覆うものよりも「乳首」の方が栄養を賦与し、養うという点で「力(権威)」を持つと規定しており、これに匹敵する美の起源的な場として同じく母の「眼」をあげている。だがこの辺りを厳密に理論的には説明せず、あくまで臨床例の記述に終始する。
12-11 23:12

メルツァーの解釈によれば母と子の関係はカフカ的な「城主」と「K」に対応する。つまり謎めいていて不安を与えるが美しく神秘的であり象徴的権力を体現するのが母(城主)。「美」にはこの「不安を与える」という不安定性(不確定性)の要素が属性として必須であり、ゆえに母こそが美の祖型となる。
12-11 23:07

ポスト・クライン派のドナルド・メルツァーは幼児期に触れる授乳時の母親に「一次対象」(美の起源)を見出しており、これはやはり幼児期にフォーカスしたラカンの鏡像段階を視野に入れると、それなりに説得的ではある。しかし美の認識の原型を母親にのみ集約して良いものだろうか。
12-11 23:01

RT @0anamnesis1: シュルレアリスム女流詩人、作家のジョイス・マンスール 薔薇十字社『充ち足りた死者たち』 https://t.co/JX8nFNhDGP
12-11 17:37

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